企画text01
此処に眠る。

視点:K 女性陣

見守られる



甘味所が軒を並べる木ノ葉茶通りから、ずっと東へ入った町に映画館が建っている。その界隈に、新たに苺の菓子屋が開店した。苺の菓子屋と言い表わす以外にどう説明すればいいのか分からない。ケーキだとかパフェだとか、とにかく甘そうで、なおかつ何にでも苺を使っている。そんな今風の食品サンプルが入口に飾られている――菓子屋でなければ喫茶店が、春先にできた。暇さえあれば映画館に通う身としては、当然そのことを知っていた。いやでも目に入るそこは、外観からして主張が強いのだ。
ピンクの内装、白い壁、赤い扉に曲線を多用した造り。完全に女性受けしか狙っていない。端から男性層を捨てている。ある意味攻撃的でさえあった。だが、それで別段差し支えない、本来ならば。どうだって構わないのだ、その店がいかなる属性に立脚していようが俺とは一切関わりのない事柄だから。甘味欲求のない俺はノーダメージのはずだった――「ここ、一度入ってみたかったんですよねえ」――映画帰りの君がそう言って、可愛さを押売りする店のごてごてした入り口で立ち止まるまでは。

「えっと、ここ……って?」
「カカシ先生、見て下さい、この苺パフェを。」
ショウウインドウに指を立てた、その頬には高揚が見て取れた。
「完璧なんですよ。」
「は?」
「アイスクリーム、有り。生クリーム、有り。上に載っている乾いた菓子類、無し。苺以外の缶詰果物、ほぼ無し。何よりスポンジケーキではなくフレークが下層を支えている、これが重要!」
「……。」
そしてイルカ先生は、きりっとした顔付きで親指を立て、赤い扉をぐいっと指した。
「詳しい話は、中で。」
他へ行こうと俺が言い出すより先に、駆け出してきた店員(二十代女性)が、いらっしゃいませどうぞと愛想良く接客を開始した。
(待て、俺に説得する時間をくれ。)
ここは難易度が高すぎる。
(ていうか、お前もなんで普通に迎え入れようとしてるんだ、おかしいだろ。おかしいのはこの人だけで十分だ。)
「二名様ですね!」
「いや……。」
「あ。あの、カカシ先生が嫌なら……いいです……。」
「そう、俺は……、イルカ先生が入りたいなら……入りましょう、か。」
そうこうしている間にも、俺達は周囲から浮いてしょうがない。通行人(三十代女性二人組)が口元に手を当ててひそひそ言い合っている。黄色い声とともに去った奴ら(十代女性団体)は確実に噂を流しに走ったぞ。他に男といえば、同じように入店するかどうかを相談していた一組の恋人の片割れくらいしかいない。こいつは、自分がいま何を目撃しているのか理解していないらしく目をぱちぱちさせていた。蛸みたいにその腕に絡み付いている彼女の方は、にたにたしていて怖かった。


席に連れて行かれる時間は、やんわりとした地獄だった。まるで市中引き回しに処されている気分だ。
一瞬、店の中にサクラ(女子)の姿があったように思ったが、気のせいだったのかもしれない。なにせ、視界がごちゃごちゃしていてうるさい。細かい飾り物が多く、色は散らばり、ものの見事に女性客で埋め尽くされているけれども似たり寄ったりで個々の区別がぱっとはつかないのだ。
「甘い物は特に好きでもないっていうか、むしろ苦手なんですが、苺パフェにだけは目がないんですよね。苺大福も、別に食べたくはならないんですよ。苺味のチョコレートにも興味が無い。」
メニューを開く、君が喋る。
「あ、でも、ジャムで一番好きなのはやっぱり苺かもしれません。ショートケーキを食いたいと思うことなんかないのに、苺タルトは美味いですよね。俺、苺が好物なんですかね。」
「さあ。」
「ところでカカシ先生、何にします。俺はもう決まってますから。さて、それは何でしょう。」
「え、あれだけ熱弁を振るっておいて苺パフェじゃないことってあるんですか。」
「ないですね。あ、ここ、苺紅茶ってのもありますよ、ほら。」
そうしてメニューをくるっと回して、文字を読みやすくしてくれた。なぜそんな気遣いを怠らない人が、場違いな男二人で甘味所に突撃するという暴挙に出てしまうのか。
「ねえ、俺達、ものすごく見られているんですが。」
「そうですね、注目の的ですね。」
正面のイルカ先生はけろっとしている。

「もしかして鋼の心臓してるんですか。」
「別に男が甘味を食べたっていいじゃないですか。皆だって同じように食べてるし。そりゃあ、一人でここに踏み込む勇気はありませんよ。でも、……カカシ先生だったら……いいよって言って、一緒に付き合ってくれるんじゃないかなあとか、勝手に思ったり……。」
いつも俺はこの人の強気を圧し折ってしまうらしい。急激に失速してモニョモニョと小声になっていくから、慌てて俯き顔を上げさせる言葉を考えることになる。
「まんまと頷いてしまって悔しいけれど、道連れに選んでもらえて光栄ですよ。」
すると君が、ぐにぐにと妙な力を唇に入れてはにかんだ。その唯一無二の表情が面白くて、他の奴には譲りたくなくて、言いなりにもなるって話だと心の中で付け足した。


注文した品を待つ間にも客(全員女性)はころころ入れ替わる。商売繁盛はいいが、全く落ち着けない。変化のない卓上の備品を意味もなく点検し直していたところへ、パフェが運ばれてきた。
「お先に頂いても宜しいですか。」
「何言ってるの、食べなきゃ溶けるじゃない。どうぞ。」
「頂きます!」
イルカ先生が元気に合掌する。それからは目にも留まらぬ早業でパフェが掘り崩されていった。
「うんめぇ、五分あったら余裕で完食できるわ、コレ。」
さながら突貫工事のようだ。
「何だ、コレ、百点満点の味がする!」
「そんなに美味しいんですか。」
「まさに理想の味なんですよ。一口食べてみ……」と、言い終わらないうちに君は、マスクで塞がった俺の口元を丸くした目で見て、アイスクリームを掬った細長いスプーンをこちらへ差し伸べたまま固まった。
「す、すすすみません、カカシ先生、外で食べられないんだった。どうしよう、俺、あんまり見慣れてるもんだから、気付かなくって……。」
そこじゃないでしょ、それより前に「あーん」はないでしょ、と思ったことは言うまでもない。
(絶対にやっちゃ駄目でしょ。)
公衆の面前で、といった場所の云々ではなく、俺が問題にしたいのは何をおいても、どういう気持ちで、という一点についてだ。
「大丈夫ですよ、メニューで隠れますから。それよりも」と、話を進めた時だった。こちらへどうぞと案内されて空いた席にやって来たのは、里の長(女性)と近習役(女性)だった。

二人で腰を浮かそうとしたのに対して火影様は軽く手を上げ、挨拶はそれで省かれる形になった。それにしても、火影様の半笑いの顔が不気味だ。シズネに至ってはどこか達観した目付きでいるところが腹立たしい。俺は再び最悪な居心地に引き戻された。
「あのさ、イルカ先生。貴方は、周りの視線が痛くないんですか。」
「疾しいことは何もしてないから平気です。表に男性客お断りとも書かれてなかったし、ちゃんと通して貰えたじゃないですか。」
「ううん、いやあ、やっぱりズレてんだよねえ、この会話。」
周りから変な誤解を受けても、とさえ口にできればもっと正確に伝わるのだろうが、変な誤解が誤解ではなくなるような発展を望む本心があるだけにそうとも訊けず、どうしたものかと頭を捻っていたらそこで目の前の人がフフ、と思い出し笑いをした。
「今日は入れたから良かったです。あれ何年前だっけなあ、昔、俺ね、友達と街を歩いてて、ハプニングバーとかいう看板を見付けたんですよ。で、二人でどんなバーだろうなあっつって、バーっていうからには酒を飲む所だろってことで、入店を試みたんですよね。そしたら、受付のおっさんにばっさりと断られちまって。あっはは、何て断られたと思います?」
「え、ちょ、そ、ハ……?!」
「ハイ時間切れ。正解は、『満席で』とかいう理由かと思いきや、なんと『当店、男同士は無理です』だったんですよ。」
「当たり前でしょ、何やってるんですか貴方。」
「え、カカシ先生、中がどうなってるのかご存知なんですか。俺、後日いろんな人に質問して回ったのに誰も教えてくれないんですよ。それで、未だに謎なんです。男女の……うん? 女同士はどうだっけ……とにかく、組み合わせによっちゃ入れないバーが存在するなんて思わないじゃないですか。ハプニングって、一体どういう意味なんですか。」
「後で教えてあげますから、今後その話は封印して下さい。」
ようやく頼んだ紅茶の陶器が並んだ頃には、イルカ先生の大きなグラスは空になっていた。ちなみに、俺の知らないところで火影様からの目配せを受けたシズネが退席していた。

俺は苦手だった紅茶も飲めるようになった。君が好きだというから克服したんだ。
そんなふうに真面目に攻略してきたけれども、もう止めだ。
ハプニングの恐ろしさを思い知れ。





――この日の夕方。
「いいか、百合組(女性教員限定・裏連絡網)と、それから撫子組(女性暗部限定・裏連絡網)にも檄を飛ばせ。当時酒が飲めたということは遡っても最大で六年だ。そいつの素性と、故意か過失かを大至急調べるんだ。事は一刻を争う。」
「御意。それにしても、上手く引っ掛かってくれたものですね。」
「ああ、建設があいつらの映画館行きに間に合って本当に良かった。そうそう、それから、イルカの童貞臭い誘いを、心を鬼にして聞こえなかった振りで流した猛者連中には、健闘を称えて商品券を贈ることとする。頼んだぞ、シズネ。」
「万事お任せを。」
「よし。弟子はいるか。」
「ここに、師匠。」
「うむ。我々は本格的な夏の到来を前に、是が非でも成果を上げねばならん。邪念を捨て、あくまでも志高く、我が里の繁栄を希求し、経済をぶん回すこの極秘作戦に心血を注いでほしい。……里の為に……やってくれるか。」
「勿論です。引き続き、生温く、時に知謀の限りを尽くし、全力で二人を見守ります。」
火影室では緊急の指令が下されていたそうな。










終.
(2015.06)
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