1.
これは、俺がナルトたちを受け持つよりも前の話だ。
面識のある上忍師と忍者学校教師が軸になって、特に上忍だとか中忍だとかいう括りもなく其々が適当な面子に声を掛けているとそれなりの数が揃い、別段どうという理由もない飲み会が開かれた。幹事は会の発端となる「今度飲みに」の会話をした、上忍師を務めるアスマ先生と忍者学校に勤め始めて二年目となる俺の二人だ。
名目もない割に、否だからこそなのかそこそこの規模になってしまった、この集まりに敢えて名前を付けるとしたら懇親会にでもなるだろうか。とは云っても参加しているのは上忍師と忍者学校教師に限らないし、顔見知り以外の者についての所属も階級も漠然とし過ぎていて誰とどう親睦を深めれば何の役に立つのかも良く分からない。
さすが、俺とアスマ先生が幹事をすることになった飲み会なだけのことはある。なんとかなるさというか、どうにでもなるさというか。アスマ先生は、しち面倒な揉め事なんかを起こさぬならば好きに飲めといったところか。
さて、幹事達の心構えの是非についてはまた別の機会に耳を貸すとして、自分も中盤までは滞りなくこの会がお開きになれば良いなと思いながら美味い美味いと麦酒を楽しんでいた。それなのに、不運にも宴も闌の頃に後方の席辺りで飛んだ「中忍なんだから何々を何たらしたらいいのに」という発言が自分の席にまで聞こえてきてしまった。すぐに振り返って見たが喧騒に掻き消されて同じ質の声は確認できないわ、どこかで場の空気が変わった様子も見当たらないわ、で生まれたムカつきは俺の中にだけ残って膨れることになった。
俺は、この形でされる理由付けを私的な場面に於いて素直に承知できた例がない。その一言が使われる度に「何々なんだから」の前半と「何々すべし」の後半が己の中で繋がらないので「何々なんだから」と言われると一々、思わず「だから何だよ」と返したくなってしまう。発言者に他意がないのを分かっていても、それ以外の後続を許さぬ排他的で強力な決め付けの語感が俺にとっては不愉快極まりない。
少し歳を重ねた今ではそれもまずまず流して済ますが、当時はどこにでも溢れてある言葉一つで反発的な感情が一瞬のうちに鷹揚な圏内を突き抜けた。
人知れず頭の線がパツンと一本切れた状態になった俺はこれを契機に、面白くない気持ちを散らすつもりで立て続けに麦酒を呷った。以降の酒が不味くなったせいか途中からちゃんぽんしたせいか、予想以上に酔いが回った。その位、普段のピッチを守れぬほどに聞こえた科白が癪に障ったのだ。
飲み会の終盤では、自棄酒で専ら誰かに絡んでいたような気がする。
夜も更けて、店員が最終の注文を取りに来た。それで、思い出したように俺は幹事の仕事を久しぶりに一つこなした。〆の挨拶を、もう一人の幹事に促したのだ。
それから、分け隔てなく全員を漏れなく座敷から掃き出す様に外へ移した。らしい。
大分前からもう完全に酔っ払っていたのだが思い出した幹事という役の責任感だけで立っていたものだから、後から聞いた話によれば、解散間近の俺は誰彼構わず生徒に対する教師の口調と態度そのもので一律の応対だったと云う。
この時の泥酔ぶりは参加者の語り種となり、巷の「忍々酔っ払い列伝」には否応無く俺の名が連なったのだった。
2.
夏に向かう気候の、いい夜だった。
星空の下に出て各自解散となり、既に暖簾が下ろされていた店先からは五、六人で歩いて帰ったかと思う。顔ぶれは定かでないが、別に誰に何と思われてもいい、などとささくれ立った気分を引き摺り揺れながら前進していたことは覚えている。
その一方で、言われてみれば確かに他の気持ちも爆発させていた。則ちもう歩きたくない、家まで帰るのが面倒臭い、すごく眠い、の三拍子だ。当然のように酔っ払いは途中の道端で立ち止まる。一旦其処へ蹲ると此処で寝ると主張し始め、遂には梃子でも動かなくなったらしい。上述の件も矢張り、休み明けの職員室でした記憶の縫合作業の中で教えられたものだ。
「何て俺らしいんだ。そうなったら、本当に梃子でも動かないよな。」
然もありなむと頷き我ながら感心したように感想を洩らすと、その晩現場に居合わせて散々迷惑を掛けられたらしい同僚からは手加減無しの一発を食らった。
真面目な顔付で猛省したことは言うまでもない。
兎に角、酔い潰れて梃子でも動かなくなった俺はてっきり野晒し状態で放置されているとばかり思っていた。なのに、次の日の真っ昼間に意識を取り戻した俺が寝転んでいたのは、なんとカカシ上忍の御宅の寝台の上だったからさあ大変。即座に家の主が判ったのは本人が直直に、
「ちょっとアンタ、本当に起きないね。」
「いつまでもそうやって寝ていられると、そろそろ本気で困る時間なんだけど。」
「いい加減に起きろ、もう集合時間なんだよ!」
と此の身を叩き起こしていたからだ。
何だかとても急いでいるらしい声を尻目に寝起きの頭で、道理で記憶の抜けた黒い部分がフワフワとしている訳だと妙に納得していた。砂利道で寝たにしては、感覚に気持ち良さの名残がある。その上きっと内蔵のバネが違うのだ、バネが。寝台の。
(まあ……昨晩どれだけの気持ち良さを味わっていようと、今は猛烈な頭痛と胃の気持ち悪さに襲われている有り様なのですが……。)
「…………、」
(え、バネって何だよ、バネって……、)
「……アー……、」
(そうそう、しこたま飲んで……それで、)
「……ア?」
(カカシ上忍が居る――?)
しかも、片目しか顕わになっていないにしては凄まじ過ぎる冷たさをした眼光でこちらを見下ろしているではないか。
となれば、見事な二日酔いと布団がフカフカだという事実は措いておき、俺は取り敢えず状況をざっ……と、まとめて……みる、べき、か。
3.
昨晩はしこたま飲んだ。
そして、見ず知らずの上忍の御宅の寝具の上で朝を迎えている。
「目が覚めたんなら動こうよ。午だよ、午。ああ、また遅刻だあよ。」
今しがた見ず知らずと言ったところだが、実はこちらの方では一方的に存じ上げている。それも外見と氏名だけだが、そのうちの外見が符合しているからこの人はカカシ上忍だ。
ついでに、朝の箇所も午と訂正。
「……どうも、……初めまして。」
これが俺の、初対面の挨拶となる。
「寝惚けてないで、起きて出て行けって言ってんの!」
現在カカシ上忍は頗る機嫌が悪く、どうやら俺に御立腹のようだ。
それから、時間に追われているらしく、背嚢を足元に置いて出発の準備は万端という出で立ちで居る。ちなみに俺は、休日だった。
「……あー……、任務……ですか、これから。」
「さっきから何回もそう言ってるでしょう!」
成程、と俺は事態を飲み込んだ。
現状把握と共に必要最低限の覚醒を果たす。あと少し足りないと思い一目盛り、覚醒度合いの摘みを上げて微調整する。用意してできた余裕の部分で、俺は無礼にも密かに早口で立て板に水の如くこう毒を吐いた。
「次の日に予定が入ってるからって今更迷惑がられてもこっちも困るしそれなら打ち捨てておいて欲しかった、なのになんでこんな鬱陶しい塊を引き受けて帰って来ちまったんだろうこの人は、て云うか昨日へべれけだった奴が朝起きないっていうのはある程度見越せることだろうしそれを仕様がねえで済ませられずにそんな氷点下の眼差しを向けるくらいなら端っからこんなもんを拾うなよ、だから。」
それでも瞬時に身に無い物と床に点々と落ちている衣服類との照合を、始めながら制限時間の宣告を受けた。
「あと十分経ったらアンタの状態がどうであっても、家の外に放り出して俺は行く。」
「了解、一分で整います。」
自分の見積もった所要時間を答えつつ紺の上着を拾って着衣し、脚絆や緑のジャケットは手早く収拾して一纏めにした。以上で二十秒、掛かったろうか。
「済みません、お待たせしました。完了です。」
くちゃくちゃの服を小脇に抱え皺皺の身なりにボサボサの髪で、脳味噌も未だ半分以上は鼾を掻いていて二日酔いの為に気分は最低だがDランクの任務程度なら今からでもこなせるぐらいには完了した。
「頭は?」
「え?」
「髪。括るくらいの時間はあるよ。」
「ああ、別に構いません、お気遣い有難うございます。」
「……括るやつはどこへ遣ったのよ。」
「ああ! 済みません、そうですよね。探します、ええと……。」
そう謂えば他人の忘れ物は扱いに困ると聞く。恋人の居る場合は特に、其れが火種となって大喧嘩にまで発展する、こともあるらしい。九割の全力では枕の裏やズボンのポケット内を探し、残りの一割ではそんなことをぼんやり思っていた。
「あった。」
言ったのはカカシ上忍の方だった。何処にあったのか分からないが、振り返ると、見慣れた護謨の輪っかが親指と人差し指でチョイと摘み上げられていた。酔っ払いの行動は不可解だからな、と申し訳ない気持ちで受け取った。
「有難うございます。」
見付けられた上に返してもらっておいて束ねない訳にもいかず、手櫛で梳いていつもの位置で纏め上げる。
足早に玄関へ向かう家主に従い、俺がその背に重ね重ね済みませんとか何とか口にしている間にもカカシ上忍は黙々と足元の仕度を終えた。
玄関先に出ると、チラとこちらに目を遣り小声で、
「左様なら。」
と告げるが早いかその人の姿はもう何処にも無くなって俺は挨拶を返し損ない、それで二人の出会いは終了したのだった。
4.
帰巣本能を丸出しにして自宅まで無事に辿り着くと、俺はまたドサリと布団の上に倒れ込んだ。寝不足の頭と二日酔いの胸にフワフワ、ユラユラと心地良い寝具の感じを抱いたまま飛び込んだ結果、己の煎餅布団の硬さに胸を打つ羽目になった。
そしてその日は、日がな一日寝て過ごした。
休み明けの職員室では、謝罪と反省の弁を引っ提げ、抜けた記憶の捜査にあたって朝から先生方の机を回った。同僚に反省が足りないと頭を一発叩かれた時に、早くも噂を仕入れていた他の先生からは、
「イルカ先生、カカシ上忍に介抱されたそうですね。皆と離れてからはどうなったんです、結局?」
と聞かれたがどうもこうもない。
「さあ?」
「さあって!」
「気付いたら昼で、お世話になりましたと思っているうちに上忍は任務に赴くみたいでドロンと消えてしまいましたとさ、おしまい、という感じです。」
「何処で昼を迎えていたんですか、家ですか? あちらの御宅ですか? カカシ上忍と知り合いだったんですか?」
知り合いでも何でもない上忍の家で酷い初対面の挨拶をやったのだが、こんな第三者に面白がられること請合いの話など口が裂けても他言しない。噂話の餌食になるのだけは御免だ。俺は、興味本位で好き勝手に話を広げて本人の預かり知らぬところで盛り上がる類の、人に纏わる噂話をするのもされるのも好きではない。
「まあ、もういいじゃないですか、済んだことですよ。ハハハ!」
駄目だこいつ、と溜め息を吐いて周りの者は散ってしまった。
それから数年後、カカシ上忍はナルトたちを担当する上忍師となっていた。
終. |