今日は第七班を率いて朝から里内任務に就くのだと言うカカシさんを、俺は彼の家の玄関先で送り出した。目覚めた時から既に暑い。早くも蝉たちは里に繁茂する力強い緑のあちこちで寸暇を惜しむように全力で鳴いている。
俺は、木々が繁らせた鮮やかで眩しい夏の葉の色に視界を染められるのも、凄絶な純粋さで鳴くことを已めない蝉の声に耳を占有されるのも好きだ。圧倒的な生命力で人間のしょうもない論理なんど歯牙にも掛けないところがいい。己が生まれ落ちたのがこの里で良かったと思う。木ノ葉は、緑豊かな郷だ。
ノソノソと緩慢な手付きでもって足元の装備を固めているこの人は、極端に暑い真夏も極端に寒い真冬も嫌いだと話していた。それでも里を愛する点では一致しているし、好きな季節は人それぞれだ。
そんなカカシさんは、去年からナルトたちの上忍師を務めている。俺は妙に居心地の好いこの家が気に入り、何となく居付いているうちに二週間、一カ月、半年と経ち、最近では我が家のようにほぼ毎日、此処で寝起きをして暮らしているという体たらくだ。その俺に彼は、是非居ろとも即刻出て行けとも言ってこない。
「自分の家には帰らなくていいの?」
「え、はい。」
「……そう。」
「あ、邪魔なら帰りますけど。」
「いーよ。」
「え。」
「そっちが帰らなくていいならウチは別に、居ても構わない。」
「はあ。」
そんな会話を初期の段階でしたことが、あったような気もする。
一応他人の家ではあるので、この空間にある俺の私物はどれだけ此処で日々を過ごしても一定以上には増えてゆかない。要らないと言う家主から借り受けた、肩幅位の横と指先から肘迄の縦がある二段棚に本を入れたのと、衣類を収納した行李が二合。それが、俺が自分で定めた上限だった。どうしても使う歯ブラシであったり剃刀であったりは憚り乍ら洗面台の隅に置かせてもらっているものの、専用の食器などは一つも置こうと思わない。そんな風に、なるべく俺の物で人の家を浸食しないように心掛けている。
自分の部屋には必要な物を取りに行ったり、此処で増えた分を置きに上がったりするのに月に数回帰るだけですっかりカカシ邸を根城に生活している俺ではあるが、それでも未だに、感覚的には湯治場なんかの逗留客と似た気分でいる。いつかは引き払って出て行かないとなあという気持ちを胸に、「只今」なんて挨拶して他人の家の玄関を開けているのだ。
こんな平日の朝っぱらには俺の方にだって当然職場が待っているわけだが、気軽に家主を「行ってらっしゃい」と送り出せるのは、偏にこの転がり込んでいる人間が合鍵を持っているからに他ならない。
俺が棲み付き始めて二週間ばかり経った冬枯れの或る日、夕飯時に二人で出た街でカカシさんの足が不図停まった。
「先に行ってて頂戴。十五分程で合流するよ。」
「はあ、そうですか。じゃ又、後で。」
俺は大して気にも留めず青果店、精肉、鮮魚、それから、惣菜屋の建ち並ぶ通りに向かい、彼はスッと横の路地に入って消えた。
暫くして何処からか戻って来たカカシさんは、道端で拾った小石を渡すように俺を呼び止め、握り拳を出すから何かと思ってこちらも出して開いたそこへ、きれいに光る塊を無造作にポトリと落としたのだった。俺が驚いて「何の鍵ですか」と訊ねたら「面倒臭いんで」と返された。
カカシさんは読書家にも拘らず言葉を尽くすことをしない。ややともすれば、前景の事情も背景にある己の思惑もバッサリ切った、結論部分や述語だけを端的に告げて言いっ放しにする癖がある。
「何が面倒なんです。」
「イルカ先生が家に入れない状況が発生する可能性が常にある点だとか、そうなった場合にその事態を解消すべく俺が急いだりだとかいう対処を、その都度講じたりするのが面倒臭いから。」
直球で訊ね返し会話を繋げると、省いた分もこうしてきちんと教えてくれる。ところがこちらがうかうかしていると、この人は、幾ら相手がもっと詳しく話して欲しい素振りをみせても、そこでプツンと会話が途切れても、空気なぞというものを一切酌量しない。木ノ葉でも随一の忍がそれを読み取らない筈もないが、周りが明確に聞き返す意思を示さない限りは自身の言葉はその場で諒解されたものとして、彼の中では捌かれてゆく。己の言が先方に伝わり切っていてもいなくても、それは先方の中での理解という働きの問題であり、話題に関する相手の反応具合に関してはまるで興味が無いように過ごしてしまう節があるのだ。
相手がもしも任務における標的や対象であれば、彼はその反応の中身についてもしっかり観察するだろう。しかし、例えば任務中の作戦会議や報告の場では、不明確な点や意見があれば実際に声を上げて自分から発言しない限り、誰もわざわざ気を回してくれないのが当たり前だ。指揮や命令に対して不満があっても、聞いて欲しそうな雰囲気を出すだけでは上官は取り合わない。任務の実地にいる上官と忍者学校の教師とは担う役割の意義が違うのだから、上に立つ忍は教育者のように一々、物も言わず不平がるだけの輩に付き合ったりしない。場の空気がどうだと言い出した日には英断も下せなくなるし、個に気を取られていてはいつまでも全体が纏まらず隊は機能しなくなるのだ。
その要領を日常会話に滑らせてくると、必然的にカカシさんの会話の姿勢に辿り着ける。育った環境によって身に付いた口吻が、これなのだ。
「ああ、カカシ先生の家の鍵ですか。」
「合鍵だあよ。」
「ああ、へえ……なんか済みません。御迷惑をお掛けしてます。」
心底迷惑なら合鍵を貸すより追い出していると思うので、余り気持ちの籠っていない謝罪になる。「これは、出て行くときに返せばいいですかね。失くさないようにしねえとなあ。」
「出て行くときって……、返さなくていーよ。それは先生用にいま拵えてきたやつだから。」
「は? ……え、ああ……そう、それで居なくなってたんですか。」
手の平を見直すと、鍵は確かに真新しい銀色をしていた。
「アー、じゃあ、有難うございます。」
それから、夕飯となる惣菜をカカシさんが次々に指でさして大量に注文するのを俺は隣で「絶対にまた残す」という確信を持って聞いていた。そうなる結果は目に見えていたが、いつもの通りに自分が平らげてしまえば何ら問題は無いので俺は普段と変わらず、つまり特に彼の衝動買いを窘めるでもなく、色々な物でガサガサと嵩張る小分けにされた買い物袋の半分を提げて仮住まいの家へ帰った。
「お邪魔します。」
「『只今。』」
「お帰りなさい。」
「もう鍵持ってるでしょう。」
「え。」
「『只今。』」
さては、自身の分の挨拶ではなく俺にそう言わせたかったのか。犬の顔面を見ながら「お手」を命令する様に俺の顔をじっと見ている右目と目が合い、そう気付いた。
「ああ、……只今。」
「ん。そんなら、出掛ける時は。」
「あー……、と、『行ってきます』?」
「正解。」
「良し!」
ジャンケンに勝っても駄菓子の籤で当たりを引いても「良し!」と小さく喜べる、自分の慎ましやかな部分が思わず出てしまう。
その時から、カカシ邸でも俺は「只今」と挨拶し、家を出る時には「お邪魔しました」ではなく「行ってきます」と告げるようになったのだった。
カカシさんの背中が玄関から眩しい外界に消え、ドアが閉まるのを見届けると、起き抜けだった俺は自分も朝の仕度を始めようかと踵を返し掛けた。その矢先、ジ、ジジジ、ジジという音がすぐ外でしたのを聞いて、やれやれと脱力する。直後に今度は、ドンドンと拳で真後ろの戸を叩く音がする。俺には大方の想像が付いている。
今し方閉めたところだった玄関を少し開けると、出て行ったばかりの、いい歳をした大人がぬっと顔を出した。ちょうど生来の眼がある方の、僅か覆面されていない右半分が隙間から覗いたので、眠そうな彼の右目と寝起きの悪い俺の目が合う。続けて彼は手甲を装着した手で戸の縁をガシと掴むとグンと開けて、もう片方をグイと突き出してくる。その手には、一匹の蝉が捕まっていた。
(やっぱりな、想像通りじゃねえか。)
「蝉。」
俺は、折れた棒切れのような足が六本刺さった黒っぽい茶色な腹を見ながら、見りゃ分かるよと思った。
「何やってるんです、行ったんじゃなかったんですか。」
「うん。行こうとしたら、其処の壁に留まってたから。」
「留まってたら、捕るんですか。」
「ジージー鳴いてた。」
「そうですね、聴こえてましたよ、鳴いてたから捕ったんですか。恋の唄を唄ってるんです。一心に。妨げないで、帰してあげなさい。」
「……、……。」
自分から報告に来ておいて俺の反応に対してはうんともすんとも返さない、面妖な物を見る目付きでいる彼は、無言の儘に扉から手を放す。扉はスウとこちらに引き寄せられるように戻ってきてバタンと閉まった。黙って俺を見てくる彼の表情は、開いていた扉の幅が無くなるまで変わることなく、それは、「ハア?」という気持ちをありありと物語っていた。
カカシさんはそれきりで今度こそ出発した。仕切り直しの挨拶か何か、一言くらい置いて行けと本来言いたいところではあるが、そんな説教を今から飛ばし始める気にもなれなかった。俺はこのあと朝一から、終日否応無しに大声でガミガミやる相手どもの元へ出勤するのだ。蝉は、何処ぞなと放たれただろう。
「それにしてもあの顔ときたら。腹立つなあ。」
寝惚け眼で歯を磨く。俺なりの浪漫的な表現を、何もあんな目で見なくてもいいではないかと思う。それでも『いちゃパラ』愛読者なのかと疑ってしまう、読んだことがないからどんな世界観の小説だか知らないが。
「何が『ハア?』だよ、こっちが『ハア?』だよ、全く。」
とは言え、こんなような突然の出来事はなにも今日が初めてというわけではない。俺には既に、耐性がついているのだ。
里の奥深い森のなかでも山側に位置する清流沿いをブラブラと散歩していた秋の日に、数歩前を歩いていたカカシさんが水中に小さな魚を見付けたことがある。
「魚。」
「え、泳いでますか、どんなのです。」
俺が返事をすると水際で腰を屈め、ピタリと止まった。形状やら種類やらを教えてくれようとして魚を観ているのかと思っていたら、次の瞬間に大きく振り上げた右手を素早く振り切り、水面を豪速でバシャリと払った。水しぶきが上がる。肉食動物の狩りにも等しい決断と結果の狭間にある、崇高な刻の輝きだ。彼の左側、小石の岸辺に、飛沫がキラキラと光る。そして俺が彼の元に追い付く迄に、左に撥ねた水の所から何かを拾い上げていた。
「こいつが群泳してます。」
その手の平を見ると、半透明の小魚がピチピチと跳ねている。勿論、干上がる前に水へ帰してやった。その、小魚を陸へ揚げた時の、彼の始めから終いまでには一切の無駄がなく、身のこなしは大変動物的であり、感動的な美しさを描いていた。
そんないきなりの行動に面食らっていた俺は事態を飲み込むと、平然と済まして立っている猫背の姿と寸前の彼の敏捷さとを対比してできる落差の開きっぷりに、腹の底から笑ってしまったのだった。
初夏に入った頃の或る晩には、「お帰りなさい」と玄関を開けようとしたところへ、カカシさんは自分の身よりも先に腕だけをぬっと差し入れてきた。
見ると、尻尾の生えた薄黄色で小さいのがその指に掴まえられていて、白い腹を俺に向けて可愛らしい手足を動かしている。
「ヤモリ。」
「ああ、まだ子どもですね。可愛いですよねえ。何処にいました。」
訊くと、片戸のすぐ横の壁を指差して「此処」と答える。
「あ、いま掴まえたところだったんですか。」
「食事に来てたのかも。廊下の、この灯りがあるから。」
「ああ、そうかもしれませんね。それなら早く逃がしてあげましょう。まだ腹を空かせている状態なら、足留めするのは気の毒だ。」
「うん。さ、行け。」
どうやら、カカシさんには目に留まった物を何でもひょいと捉まえる傾向があるようなのだ。手から放す時にはそれに対する未練も見せないところからして、多分、捕るのに明確な理由は存在していないと思われる。彼の前では俺も蝉もヤモリも、皆違わない。揃ってひょいと捕まえられて、その手中に収まるのだ。
元々そういう性質が彼のなかにあったとしても、俺という人間に感化されていることは間違いない。普段の彼はとても大人で、頼り甲斐があり、冷静沈着でいて人格者の名に申し分ない器をしている。そんな彼がただ単に捕ったという物を一々見せたりするのは、俺だからだと思う。これが他の人間だったりしたら、カカシさんはそもそも蝉になど気を取られていないでとっとと集合場所へ足を運んでいるだろう。
一体どちらが自然体かを考える。してみるに、深層にたゆたう素の彼はきっと、蝉を捕る彼だ。
俺は、何でもない事を何でもない事として共有してくれる存在は、人間が今日も明日も在る為には大切な基盤の一つと思う。だから、どうでもいい事はどうでもいい事として受け止めたい。
無駄と不要に費やす暇もなく駆け足で大人になった、孤独が別段寂しくない自己完結に陥りがちの人や、無視と無関心の前提に慣らされてしまった奴が俺の前に広げて見せた事柄に、唯ウンと頷いて遣りたい。その下らなさや無意味さを、無条件に肯定して遣れる存在でありたい。
俺でなくとも誰かが認めてくれる上手に出来たことよりも、躓いた箇所を一緒に見詰めたい。何があっても俺から拒まれることだけはない自分、という絶対的な自信の一つを与えたい。どうしてもお互いに曲げられず衝突するものがあるときは、俺は己の凡てを賭して対峙するだろうがそれは滅多になくていい、なければ一生なくていいと思う。
少なくともカカシさんは、俺のその生き方を何となく捉えている。それだから、大人の彼が重んじている協調性も義務感も客観性も俺の前では背から解いて私的な己に浸り、幼い利己的な感覚で以て好きなように振る舞うのだ。そうして、己が目にした物を俺にも差し出して見せ、瑣末な事を共有してみようとする。そんな風に、心を開いてくれているのだと思う。
朝の仕度が整った俺は、他人の家の玄関を合鍵で施錠する。強い日差しに、蝉時雨。
辺りを確認するもカカシさんが捕った一匹は、案の定もう何処にもいない。お前はその命が尽きるまで、容赦なく、尊さを宿して、純粋に恋を鳴らせよ。
俺は、本日もなんだか居心地の好い此処へ、日没と共にお邪魔するつもりでいる。「只今」と言って。
蝉よ、俺は贅沢者だな。
終. |