「お色気の術!」
注意を引くのに十分な声量と派手な音、それから煙による演出が続いた。里に下忍として登録された者が初期に引き受ける依頼はAからDに振り分けられた難易度の中でも最下級の、比較的安全なものである。毎度のこと緊張感を欠片も要しない、その似たり寄ったりな任務内容にとうとう飽いたナルトが何の脈絡も無く、空き時間に郊外の森でどろんと女に化けたのであった。
監督も上忍師の職務に含まれる。カカシは部下の発した声に何事が起こったかと、開いていた愛読書をちょいと下げて眼前の状況を窺ったが、
「……。」
其丈の動きで他には別段目立った反応も示さずに本をすっと上げてまた顔を隠した、すると忽ちどろんと一つ音がした。
「ちぇ、カカシ先生には効かないのか。」
成果の程が知れた変化はどうやらさっさと解かれたらしい。元の姿に戻った少年は、唇を尖らせて居る。
「ハア。」
構って欲しがる童の相手をするのは面倒だと、事ある毎に吐く溜め息を出し乍ら親指を挟んだ儘で本を閉じると上忍師一年目のカカシは、詰まんねえやと言って頭の後ろで両手を組む小さい部下を見た。
「何なのよ、今のは。」
「イルカ先生の時なんか、すっげえ面白かったのになあ!」
「え。」
ゆらりと揺れた男から声が洩れて、今迄凭れていた木の幹と背中とは離された。
「ナルト、御前、その術の反応をイルカ先生でも試した事があるのかい。」
「ん? まあね。鼻血ブーって出してぶっ倒れて呉れたんだぜ。」
「ふうむ。」
読み掛けの頁に挿していた事も忘れて親指を、人差し指と共に顎に付けて男は思案顔になる。
「さて、あの女体変化の一体どんな点に鼻血を出したんだろうねえ。」
「む? さ、さあ。」
「『さあ』?」
「う、」
「『さあ』だって?」 「な、何だよ。」
変化して見せた時にはさっぱり関心を示さなかったというのに、今は一言毎にじりじりと寄って来る一風変わった上官にナルトはたじろいだ。
「全く。ぼんやりとした悪戯なんかしてるんじゃなーいよ。」
「へ。」
「やるなら、もっと有意義に。」
「お、おう?」
「二つ括りか。それとも巨乳か。尻派かしらん。」
然うした方面の開花は未だ少し先であるらしい少年の口はぽかんと開き、くりくりとして澄んだ双眼に、着衣より全裸派なのか等と不可解な事を口走る大人をクリヤーに映していた。
「どこに興奮したんだろう。ナルト、御前どう思う。」
「な、……ンなこと、知らねえってば!」 「ハア?」
里内随一の能力を誇るものの上忍師の適性が疑われる上忍と、聞き流すという対処法を身に着けていない成り立ての下忍はお互いに頓痴気な声で呼応した。
「は?!」
「それじゃ全く次に繋がっていかないじゃない。」
「い、良いだろう其で。――好いんだよ、其で。」
「如何して。」
「如何して、って。……イルカ先生には、もう悪戯なんか仕掛けねえし。」
「ふうん。」
思考の半分を何かに持っていかれているみたいな無感動さで、
「そう。」
と極簡単に相手の言を受け取った、直後に投げ返した一言で以てカカシは鋭く核心を突いた。
「何故。」
う、と小さく鳴いて答えに詰まったナルトは頬を赤らめ、下唇をむんずと結んで言いたくないという顔を作った。
「何でよ。」
感じ取った空気は踏み潰す性格の忍は、知りたい情報を手にする迄は其の科白を已めそうもない語気で重ねる。
「何でなのさ。」
「ああ、もう、しつっけえなあ!」
「ハハハハ、何でだろうねえ。」
笑い声はあからさまな棒読みである。
頭を押さえていた両手で髪を掻き乱し、癇癪を起したナルトが喚く。
「むあああ、……意味ねえからだよ!」
「…………。」
ぴたり、とカカシの筋肉は石膏像みたく固まった。
「…………御前……イルカ先生と、両想いなの。」
「んな、――はあ?!」
微動だにしない儘ひそひそととんでもない推理を始めた彼とあたふたするナルトの姿は、のんびりとした青空の下で見事な対照を成していた。
「だって、意味が無いと言うのは態態手間を掛けてイルカ先生の気を引く必要が無いってことだろう。」
「う、ん?」
「つまり相思相愛ということか?」
「やーめーろー、だから、何でそうなるんだってば!」
「何がだ!」
「カカシ先生、意味分かんねえよ!」
地団駄を踏み踏みブーブーと文句を垂れる班仲間と気持ちの悪い追窮を真顔でやってのけている部隊長とは程程に距離を置いた所から、 「帰って可いか。」
報復の事で頭が一杯のサスケは腕組みをし、
「私も帰りたいです。」
サスケの事で頭が一杯のサクラは腰に拳を当てて夫々が冷たい視線を、会話の錯綜が鎮まらない二人へと送って居た。
終. |