text_hmiz01
置いては往かない。
浜←泉 | 『昔日の陽・後』と連鎖 | now;未明 |
the morningstar |
一. 1. この夜、泉はある人の携帯を鳴らしていた。別段用があるわけではない。ただその人の声を、電話を介して聴きたかったのだ。 浜田の電話越しの声が、泉は好きだった。とりわけ美声というわけでもないが、低すぎない分かえって曇らずにはっきりとその一語一語が受話器に当てた耳へ届けられる。そしてこれは本人には自覚のないことだろうが、電話口での彼は、対面している時とは違う独特な雰囲気を帯びていた。つまり、普段の喋り方とのあいだに開きがあった。どういうわけだか知れないけれども何度聴いてもそれは、直接耳にする声の印象の中にはない穏やかさだとか優しさを含んでいるようで、その違和感の正体を泉は、発声の仕方自体が少し変わるからかと推測している。それとも、もしかしたら常に変わらずそこにあるのに、いつも別の気掛かりが遮蔽物となってしまい、見つけられずにいるだけなのだろうか。 会っている最中はその人を取り巻く情報の量があまりに厖大だ。寝不足のクマ。新しく指に巻かれた絆創膏。距離を保ちたがる空気。いつでも一定以上の明るさしか感じさせない笑い声。上乗せされた、そうした要素が素地を霞めているのかもしれない。 なんにせよ、電話越しの応答のほうにこそその人の本性があるように泉には思われた。だから、目を閉じて聴いているとそのままゆっくり深海まで沈んでゆけそうな、柔らかで、静的な、誰も知らない本質に触れられているようで、他愛ない話を適当にしている一時が心地よかった。泉は浜田の特有の声にひとり密やかに浸るのが、好きだった。 この夜、耳に当てる携帯はなかなか繋がらなかった。 その番号は留守番電話に切り替わらない。いつまでもトルルルルと呼び出し続けるようになっていて、留守電の設定をしたらどうだとさり気なく提案したことがあったが、そうだねえの一言で流されてしまった昔を泉は覚えている。どうやらいまだに設定を改めずにいるらしい。 自分があの人に与える影響など一つとしてありはしないのだという気がした泉は終話ボタンを押した。なかば意地になって出るまで鳴らしてやれとばかりに忍耐強く待ったものの、そうまでして伝えなければならない内容を一欠片も持っていないという実情に呼出時間が長引けば長引いただけだんだんと気も引けてきて、何十回目かの虚しい音が響いたあたりでついに気概が萎んでしまったのだった。 一人相撲の後味を伴いながら網戸の細かい目に擦られた夜空を見た。長い雲が濃淡を作っている。 (ここからじゃ月の形が分からないな。) 寝ようとした脳裏にふと、向こうの携帯に一件だけ付いてしまった己の着信の跡が浮んだ。なにも繋がらなかった発信の分まで履歴として数える必要はないだろうと、便利な機能を恨めしがった、泉はやりきれなくなった。 遂げられない想いを胸に起こした行動までもが報われずに終わると、決定的だ。そんなふうに、受け取られない片想いの象徴みたいに自分の着信履歴を想像してしまった。 本来やるせない想いは目に見えないし、甲斐のない行為が形として残ることもない。それが具象化したら、悲惨だ。一方的な働きかけだということをまざまざと思い知らされる。不在着信という痕跡は、まさしくそれだった。 どこかへ着地したい。だから意地にもなった。それが高望みというなら、せめてどこまでもは行けないように、区切りを設けておいてくれ。だけど、その携帯は留守電に切り替わらない。そうして引き下がるきっかけを与えてもくれないくせに、見苦しい跡についてはきっちり残すのだ。 (いや、待てよ。) 一本しかない線は目立つが、上から多重の線で塗り潰してしまえば、それは何本もある線の一部分になり果てる。 (こうなったら、いっそ着暦画面全部埋めてやれ。) 我ながらいい工作だと、やる気に火が付いた。 (よし、今日はそれを目標にいこう。) 完成したら、うすら寒い統一感が一面に、恐怖映画さながらに作り出されているだろう。 自分のこととして考えれば一大事だ。しかしその呪いの画面が人様のものである限り、笑っていられる。 これからの仕事の出来栄えを明日確認することにして、小悪魔は、同じ番号に再び電話を掛け始めた。 2. 「お前はストーカーか!」 と、あの人が言う。 「ちゃんとビッチリ、俺からの電話で埋まってた?」 なんて、俺が返す。 「ああ、もうそれは気持ち悪いほどに埋まっていたよ」と言うアンタにちょっと傷付きながらも、 「俺色に染めてやろうと思ってな」と間髪入れずに茶化す手際の良さを披露する。 「出られなかったのは悪かったけど、怖いからやめろ。」 遠慮のない言葉をわざと選んで巧みに無神経ぶる浜田。先輩。 (――なんてな。) 今日はきっと出ないんだろうと高を括った、迷惑な工作兵はまたトルルルルを頭の隅で鳴らしっ放しにして、教室で顔を合わした明日の朝にまずなされるであろう会話を予習しつつ細工に着手していた。 その時だ。雑音と人の声が、一応受話器を当てていた耳に突然、ぶつかるみたいに入ってきた。掛けていた側とはいえ、いきなり現実の空気に引き戻されて驚いてしまう。続けざまに嫌な単語が泉の脳天を直撃した。 「やめろー! お願いだから返してハルナちゃん!」 聴きたかった声だった。その声が、たしかに『ハルナちゃん』と言っていた。 恋はカエシの付いた凶器のごとく泉の体に刺さっていた。それは、抜こうとしたって無理なばかりか痛みをどうにかしようと足掻くたび、反対に奥へと深くめり込んでいく。 「も、もしもし!? どうした泉、なんかあったか!?」 心臓が一瞬にして、南極大陸の氷のように凍りつく。分厚く、広く、マンモスが空から降ってきても大丈夫なくらいに。予期せぬ衝撃にはこうして対処する。否応なしに突き付けられる絶望的な距離感に苛まれるよりも先に、自動的にカチコチに固まるように仕組まれているのだ。 なにも端っからそう出来上がっていたわけではない。その都度発火し、爆発しそうになった過去幾多の経験が、そうなる前に心を緊急凍結するよう仕向けた末の装置だった。燃え尽きてなくなってしまうものならそれもいいが、何度焼け焦げたところで消失の気配もなかったために。 「……あー、浜田センパイですか。」 「ええええ!? あ、ハイ、そうですけど……て、ちょっと泉、何その氷点下の声!?」 「いえ、夜分遅くにスイマセン。特に用事ってわけでもなかったんです。」 「待って待って、ちょっと落ち着こうか!? なんでそんな他人行儀になってるのかな!?」 そう言う声と一緒に、すぐ横にいるらしい〈ハルナちゃん〉の気配も受話器越しに伝わってくる。浜田がヒソヒソ声で〈彼女〉に何か抗議した。 蚊帳の外、というヘドロのような慣用句が、氷山の天辺からドロリと重く垂れ落ちてくる。 (痛い――、痛い――。) 追い打ちを受けた心が泉に訴えかける。凍らせたはずの心がヘドロの重さに耐え切れず、今にも音を立ててひび割れ崩れてゆきそうだ。 「お取り込み中のようですんで、もう切りますね。」 「いや全然、取り込んではないんだよ!? つーか何、取り込み中って! ホント全然、そういうアレじゃないからね? ただちょっと手違いっていうか、」 「それじゃオヤスミナサイ、『ハルナちゃん』にヨロシク。」 当てつけの社交辞令を最後に泉は、一方的に電話を切った。 二. 3. 「あの物体、何?」 朝っぱらからグラウンドを縦横無尽に走り回っている部員を視線で追い、いかにも面倒臭そうに阿部が言った。 「バーサクのかかった元イズミ。」 答えたのは水谷だった。 「何、バーサクって。」 「えー、知んねえの!? FFに出てくんじゃん、狂戦士状態のことだよ! ホラ、なんの操縦も効かない状態でひたすら敵に殴り掛かりに行く……。」 「あー、俺ドラクエ派なんだよ、案外。」 「へぇ……案外、そうなんだ。」 「案外そうなんだよ。……て、そんで? 何かあったわけ。」 「宇宙の塵になりたくないから聞けない。」 首を振る水谷の後ろで、被ったばかりの帽子のツバをキュキュッと動かしながら栄口もそれに続いた。 「頭髪全部抜かれそうで怖くて聞けない。」 「お前らの中の泉って、どんな!?」 この日の朝錬は若干誇張された皆のイメージが先行した結果、(触らぬ神に祟りなし)を念頭に行われた。 教室に入るより前に体を動かしてやっと多少の気が晴れた泉は、自分の机に大きなカバンをドッと乗せた。そこへ、 「いーずーみ」と昨晩の電話の相手が、机小路を縫うように進んできた。 「ああ、ドーモ。」 今更ひた隠しにするでもなく、かといって殊更強調するでもない。このありのままの不機嫌さの理由を知るのは教室において、当人たち二人ぎりだった。 ひょっとしたら第三者は力関係を、強気な年下と威厳のない年上、あるいは、尻に敷いている嫁とヘタレた夫といった図式として捉えるかもしれない。しかし、その内幕を正確に把握できている者は今のこの段階では、教室はおろかどこにもいない。 「おはよ……。」 「ハヨーゴザイマス。」 手持ち無沙汰にならないよう、カバンから教科書やノートをわざわざ一冊ずつ取り出しては分かりきった表紙を確認し、丁寧に机へ入れる作業を繰り返している泉は、自分がこんな態度にでる筋合いのないことを十分に承知している。 (なんの権限もありゃしねえよ、ただの元後輩には。) ところが、これはいわば表向きの関係性のみを材料にしてなされた独白に違いなかった。 というのも、裏ではすでにそれが名目上の位置付けでしかなく、中学の頃に起こった〈脱線〉以降、実質的には〈ただの〉先輩と後輩ではなくなってしまっていることもまた、彼の脳裡にへばり付いている秘めやかな、それでいて揺るぎない事実の一つだからだった。 一方、浜田は浜田で提げてきたコンビニの袋を大きなカバンの傍らに置き、ガサガサと鳴らしつつ素知らぬ顔で席の主の心中を揣摩していた。大げさにいえば贖罪感と、相反するようにあり続ける愛着の渦巻きを胸の底に潜伏させて、そのうえであくまでも自然に、そうして二人の核心には触れないように接するのが、昔から一貫した彼の姿勢だった。 そんな彼らが同じ空を持っていたとすれば、制空権は今のところ浜田が握っているといっていい。けれど、それは当人同士にしか知れない機微であって、稀に近しい人間が元先輩の遠回しな牽制や、元後輩の強い視線に引っ掛かりを感じることはあっても、明白な形で見掛け上の均衡が破られることはなかった。 そんなふうに実際のところは浜田が、泉が生意気でいることを許容し続けている。そして泉は、自覚しながら最大限の不遜な態度でいてみせている。 受け取られることのない想いを、許される我が儘に変質させて投げ付ける。解っているから、せめてもとそれを受け留める。 それが、浜田が手探りの中で辿り着いたとりあえずの安定だった。そしてそれが、泉が我武者羅に手を伸ばして掴んだ暫定的な関係だった。 「今日ガッコ来る途中コンビニ寄ったらさ、焼きプリン、あったから買ってきたよ。」 浜田がコトリと机に置いたのは、泉の一番好きなメーカーの商品だった。 こんな時、泉の心臓はぐんと熱くなる。ときめきではなく、気を持たせるような言動へのむかつきによって。そして、まんまと乗せられ、それを罪滅ぼしの意味に取って脈アリかなんて希望的観測を始めようとする己への怒りによって。 振り向く可能性が微塵もないなら、再起不能になるほどの拒絶を一思いにしてくれたほうがいいとさえ思うこともあるのに、こうして餌を撒かれるとつい後を追っていきたくなってしまう。 マンモスだの天変地異だの、しょっちゅうしっちゃかめっちゃかな世界が、今度はぼうっと明るくなった。ちょうど鍛冶職人によって焼きを入れられている刀身になった気分だった。熱くなったり冷たくなったり、生殺しの状態に翻弄されていると、泉はしまいに一発殴ってすっきりしたい衝動に駆られる。 「お。いーなー、泉。」 食べ物を見つけた田島が、単純に羨ましそうな顔をした。 同じ野球部でもある食欲旺盛な級友にではなく、級友になってしまった一つ年上の人に泉は、 「だから? なんなんスか」と、あえて敬語でにべもなく応じた。ところが、何を思ったかすぐさま、 「あ、やっぱもらっときます、あざース。」 とわざと棒読みの礼を述べておいてから、焼きプリンを手に取った。 「ん。」 「ほれ。やる。」 浜田が短く返事をするのと、泉が田島にそれを横流しするのがほぼ同時だった。 「オーイ。」 流石に可愛くないその所業を見過ごすわけにいかずに浜田が窘める。 「俺のモンをどうしようが、勝手ですよ。」 泉はそう口答えして黒目勝ちの眼をグリリと向けた。それから、ある箇所ごとにほんの微かにアクセントをつけて言い足した。 「あと、俺が『焼きプリン』好きだったのは『一年も前』の話です。『今』はもう、『全然好きじゃない』んで。」 (『アンタ』を好きだったのは『一年も前』の話で『今は好きでもなんでもない』、ってか。) それぞれに当てはまる適切な語句を選び終わった浜田は、「手が焼ける」と言う代わりに、 「一昨日もムヒャムヒャ言いながら食ってたの、どこの誰だよ」と言った。 「今でもめちゃくちゃ好きだろ」としか聞こえなかった泉は、その科白を掻き消せとばかりにガタンと椅子を大仰に鳴らして立ち上がると、 「便所。」 あからさまな怒気を含んだ声で低く言い捨てて、ズカズカと教室を出て行ってしまった。 三. 4. 高熱の鋼は冷却によってその硬度を増すという。硬さだけに特化した片想いは、常に哀しい脆さを孕んでいるのかもしれない。 浜田は、相手の剛情っぷりに呆れていた。 (こいつ、死ぬまで俺に「好き」って言う気ないんじゃなかろうか?) 自分が慕われていることはもうずっと昔から気付いていた。〈脱線〉して以降はそれが確信に変わったし、相手も開き直ったのかして、他人が勘付くようなあからさまな言動は避けるものの、俺自身に対しては用心を怠るようになった。というより、俺が感取する分については抑えるつもりがないという婉曲な手法を使って狙い撃ちしてくるようになった。 それなのに、と浜田は内心でぶつぶつと独語する。 (いまだかつてそれと思しき言葉を、ただの一度も耳にしたことがない。) 正しい先輩と後輩の関係が崩壊していったあの最中でさえ、泉は一言も洩らさなかったのだ。 だからといって、浜田にしても、そもそも告白されたところで付き合う気はないのだから、万が一その局面に立ったら困るのは自分のほうだった。 詮ずるに、あらゆるしがらみを悉く蹴飛ばしてやりたい熱情があって、泉を枠に押し留めておきたい躊躇がある。 そうした逡巡は、じわじわと枝葉を繁らせていった。くっきりしていた問題の輪郭が次第に暈けていき、ヘウレカとは言えそうもない。立ち現われる問いは抽象的になり、概念が不明確になる。 そうして、ぼやぼや考えているうちに大本にあった泉との具体的な問題は遠くに霞んで見えて、そこへは立ち返れずじまいになるのだった。 四十にして不惑と古の賢い人が言っていた。凡人は、ましてやたかだか十七の若造が、あと何年掛ければしっかりできるというのだろう。 目下のところ浜田は、これまでの自分が迂闊に軽薄な言葉を囁いていなくてよかったと思っている。成り立たせたい式に泉という名の変数を置くだけの度量が足りていない。 だから、相手についてどうこう言うのは自分のことを棚上げしているという自嘲もあったし、実際のところは泉がはっきりと気持ちを表明しないことで二人の仲は小康を維持していた。 たとえば今日みたいな場合には、泉にきちんと説明してやるのが優しいのかもしれないが、それはやはり、浜田にとって些か抵抗を感じる話でもある。 榛名の素性を明かすことは、浜田のごく個人的な事情を語ることに等しい。それを泉が関知する必要が、あるのだろうか。それに、中学時代を振り返らないようにして自棄になったり、青春の傍観者を決め込んだり、感傷的になったり、真面目に人生と向き合ったりした春夏秋冬は、朝のホームルーム前の二、三分にまとめられるほど乾いてもいなかった。 結局今の段階では、過ぎた昨日を、去年の一夜を、わざわざ蒸し返してまで、それも人目のある教室なんかで元後輩に報告する義理は、少なくとも傍から見た浜田にはない。それに、逃げ口上に聞こえるだけのような話ならしたくなかった。必死の体で年下に弁解する無様さを思えば誤解されたまま憎まれているほうが、彼にはよっぽどマシだった。 やり直しのきかないかつての選択や両者のポケットからバラバラと出てくる小石のような因子がガタガタと時間に押されて織り交ざって、そんな現状を形成していた。 「ったく。」 彼は腕組みをして、臍を曲げた後ろ姿を見送った。 「浜田がワリィ。」 空席を陣取った田島から手厳しい判定の一声を後頭部に食らう。その、どこかくぐもった声を不思議に思って振り返ると、ばくばくと焼きプリンを頬張るソバカス君と目が合った。 「て、おーい。なんで田島が食っちゃってんだよ!」 「こいつが所在なさげに俺を見てくっから。」 「あーあー、普っ通さあ、ねえ、食う? 食いますか?」 切ない表情を作ってみたが効果がないと悟るや、けろりとなんでもない顔に戻して田島は透明の小さいスプーンを銜えたまんま言い放った。 「そもそも物で釣ろうって魂胆が、いけない。」 「食っといて言うかね。そもそも田島、お前なんで泉が不機嫌か、理由知ってんの?」 「いや。全然知らない。けど、浜田がワリィ。」 「なんでだよ! まあ、仮にそうだとしてもだよ、そういう決め付けは良くないと思うなあ、おニィさん。」 「ホラ見ろ、そうなんじゃん。何があったか知んないけど、泉の幸せのためだ、我慢しろ。」 ちゃちなプラスチックをビシッと向けられて、全力で泉の側に回られてしまった浜田は心の中で苦笑しつつも勢いよく、 「浜田の幸せは!」とツッコんだ。 「泉の幸せが浜田の幸せなんだから、お前の幸せはどうでもいいんだよ。」 椅子の背凭れにウンと背中を預けると両の手を頭の後ろで組んだ田島が、至極当然の面持ちで言ってのける。 「えらいこと言いだしたよオイ!」 これがカリスマ性というやつか。暴論も格好良く見える。とんでもないえこ贔屓にツッコミを入れつつも、浜田は田島ってすごい男だなと少しばかり感心した。 今はまだはっきりと見えないけれど、それは、時が来ていないからだ。 夜が白けてゆくのを待てば、明けの明星が天に輝く姿がみえる。 そんな朝が来たら、その時に見る光はきっと、泉なんだろう。 そんな予感で、浜田は泉を見ている。 ただ、今はまだ夜明けには少し早い。 それだけのことだ。 「なに言ったんだよ、田島?」 勢い任せで飛び出した泉は、廊下の水道で意味もなく手を洗い、いつのまにか帰ってきていた。濡れたままだった両手を浜田のTシャツの後ろで勝手に拭き拭き、自分の席を見る。 「ギャー! 何してんだお前! 人の服で拭くんじゃない!」 「プリンぐらい泉に百個でも二百個でも買ってやれよ甲斐性なし! って。感じのことかな。な、はまだ!」 「え、ああ、うん、そうね、ちょ、それどころじゃねえよお前。ここビショビショの上に皺々になっちゃってんじゃん!」 「フン、ギャアギャアうるせえんだよ。ほっときゃすぐ元通りだ。」 それだけのことなのだ。 終. |
逆に聞こう、ハマイズって何かね? |
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