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置いては往かない。

水→栄 水谷視点 水谷に彼女

愛と呼ぶには浅ましすぎて



1.

「栄口君と仲いいよね。」
その真偽の価値は、アンタにとっていかほどのもの。
「だから何。」
「え……。何って、訳でもない。」
自ら足を運んで此処まで逢いにきた、一組の彼女が戸惑いをみせる。
ああ、挙げられた名が、あの子でさえなかったなら。俺はアンタの望む通りを、きっと話してやれたろうに。
「御免、なんて言って欲しかった?」
こんな意地の悪い仕打ちをしてしまうのは、アンタよりもあの子のことが好きだから。

『栄口君と仲いいよね。』
そんな下らないこと。詰まらない。

「ねえ、なんて言って欲しいの。」
「……。」
ああ、俯いて仕舞って。知らない俺の態度に驚いたのかな。そうして、アンタは一体泣くのですか、怒るのですか。マァ、どうだっていい。どちらにしたって、面倒臭くてうんざりする。興醒めなこと甚だしい。
いま俺が気に掛かっていることは、あの子が此方を見ているか否かというその、一点だけだ。俺の世界はそれを措いて他にはない。

「俺もう、教室戻るよ。バイバイ。」
「え、」
「うん?」
「……っ、」
伝わったようで、何よりだ。アンタの不安は的中です。二週間と数日でしたが、お付き合い下さり有難う御座いました。突然では御座いますが、只今を持ちまして貴女との一切をお終いにしたく存じます。
『バイバイ。』

そうだ、一つ。
アンタは何も悪くないよ。俺の勝手で、急に左様ならしたくなっただけ。打っても良いよ。気の済むように振る舞えば。どうせアンタのすることに、心は一つも響かない。





2.

「告白されたからって、付き合ってもすぐ振る位なら付き合わなきゃいいのに。」
帰り道の木枯らしに首を竦めながら、君が優しいことを言う。
いとしい。
いとしい。
「振られたんだよ〜。右頬、未だ赤いもんね。」
「うう、痛そう。」
そう言って君は、隣を歩く僕を覗き込む。
「そのうち刺されるよ。」
こんな時にする、君の茶化した顔が好き。
「あはは、俺は言うほど酷くないよ。」
「はは、だよね。」
(そう?)
そう。
だって君には跪いている俺だもの。

「……その、教室で喧嘩したの? 一組に会いに来てただろ、二限の後。」
「ううん、ああ、会いには行ってたよ。喧嘩じゃなくて、地雷を踏んじゃったの、かなあ。」
俺の。
「ふうん。」
「ふうん? それだけ? 慰めてくれないの?」
足元ばかりを見て歩く顔を、今度は俺が覗き込んで催促したら、
「こっちの台詞だよ、『それだけ?』。一回そんな事があっただけで、別れちゃうもんなの?」
と、訝しがる眼が俺を射る。少しは本当のことも言おうか。
「心が狭いんだよねえ、俺の。」
「水谷の? ああ、話が掴めない。頭が混乱してきたよ。」
「いいんだ、栄口はただ『オレがいるよ』って、俺に言ってくれればいい。」
「馬鹿。毎回真面目に話を聞いていたら、損をした気になってくるよ。」
俄かに歩調を早めた君の、その心が欲しい。もしも俺から枯れ薄の様な大きな手が生えたなら、君の其処を確と掴んで持ち去れるのに、嗚呼。

「ねえ栄口、もうすぐ雪の季節が来るよ。」
俺の季節が来るよ。
離されないうちに半歩の遅れを取り戻して再び肩を並べた俺に、
「うん、そうだね。」
と、君は答えた。
「変な奴。もう失恋話はいいのかよ。ついさっきまで『慰めろ』だの何だのって、うるさかった癖に。」
と、君が笑う。
ねえ、栄口。
俺の世界は、君を措いて他にはないんだよ。


この子を、たとえばスノウグローブの中に閉じ込めたい。そんな風に思うんだ。
君が泣く夜は、俺が世界を引っ繰り返すよ。
貴方の頭上から光をキラキラと反射させた無数の雪が、辺り一面に降り注ぐだろう。時折見せる、どこか寂しげな陰影が君の顔から消えるまで、何度も何度も、君の世界を引っ繰り返してあげる。そうして天から降り注ぐような幸せを、この子に沢山渡したい。
だから早く、そんな風に笑ってないで俺に好きだと聞かせて頂戴。俺の腕を掴んで頂戴よ。あまつさえ足早になって俺を置き去りになんて、そんなことは企まないで。
「本気で言ってるのになあ。」
「どの科白のことを言ってるの。」
「うん? 栄口に好かれたいって件。」
「……!」
全力で走り出す君。否、逃げ出したのか。
「誰彼構わずそんなことばっか言ってるから振られんの!」
寒空の下で吐かれた息は白く流れて直ぐに散る。北風の所為。
「さかえぐち走ったら寒いって、ゆっくり帰ろうよ、ねえ〜!」
鬼ごっこ。
俺の世界、これこそが。
後は鬼に、いっそ大きな枯れ薄の手が生えればいい。










終.
毎度、自由にやらせてもらってます。
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