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置いては往かない。

水谷視点 水→栄 合宿中

M.i.s.t.e.r S.u.p.e.r.s.t.a.r[5’04”]



1.

「水谷はさ、中学も野球部だったんだよね。」
「一応ね。」
高校に進学してゴールデンウィークになると、入部した野球部で合宿が行われることになった。で、山奥の一軒家……空き家だっけ、まあなんでもいい、とにかく高校でも〈野球部〉に所属してみた俺は今、その合宿所の古畳の上にいる。ちなみに、この春に設立されたんだったか新装開店したんだったかして先輩はおらず、部員はみんな同学年だ。
「うーん……。」
だしぬけに質問してきた部活仲間が唸るので、「どうして」と聞き返した。
「水谷が野球やってたって、なんか想像できない。」
(野球をやっていた――ねえ。)
正直なところを白状すると、まさに俺は高校で身を入れて部活動をする気なんてさらさらなかった。
(想像できない、か。)





2.

中学では、確かに三年間〈野球部〉にいることはいた。けれど、うちの中学で野球部といえば、職員室では溜め息か、さもなきゃ苦い笑いとともに話題にされる、校内の掃き溜めみたいな位置付けのものだった。
荒れているというより乱れている、目立った素行不良はないものの落ち着きがないという生徒たちの溜まり場が〈部室〉と称されている部屋であり、グラウンドはさしずめ放課後に野球をして遊ぶ広場といったところで、そんな〈部員〉が使うんだから、昭和を感じる貼り紙の「女人禁制」の四文字も空しく、狭い部室に不健全な臭いが漂ってしまうことなんか珍しい秘密事じゃなかった。そういう時には、本人がいれば本人をからかい、いなければ推理しながら皆で換気と消臭の効果について研究したりした。おかげで「部室の臭い」といえば汗臭いよりも、制汗スプレーや香水、お菓子といった甘い匂いのほうが思い浮かぶ。今まではそうだった。
俺が過ごしていた場所は、いつでも学校の中で一番やかましい、そんな一角だったんだ。

野球をするために集まったというより、集まったから野球でもするかといった感じで、もちろん最弱小。入部届に野球部を選んで記入する奴は、代々みんな野球以外のことに興味津々だった。だから、本当に野球をやりたい生徒は学外でする、というのがうちの校区内の、各ご家庭に根付く常識だ。
何年も後になって大学に入り、どちらも〈サークル〉という名を冠していながら部活動と呼ぶに相応しいサークルと、それとは一線を画してあるイベントサークルとを知った時に、俺は、中学時代の野球部を躊躇なく後者と同じ範疇に放り込んだ。
それぞれに〈野球より楽しいこと、試合より熱中するもの〉を持っている連中で、締まりがないくせに一方では膨大なエネルギーを充てて〈面白いこと〉を探して回っていた。集中力も、持続力もないわりに、探し回ることには飽きない輩ばかりがいた。


二年生の時だったか――、自転車で隣の町まで練習試合へ行くのに、川沿いを走る道があった。そこで誰かが魚が光ったと言ったが最後、俺たちは一目散に土手を駆け下りて水遊びに興じてしまった。案の定試合には遅れて、いろんな大人たちからめちゃくちゃに怒られた。そして、それでは済まずに真面目に反省しろと、さらに雷を落とされた思い出がある。

紅白試合だといって部活動に励んでいるように見える時でも、たとえば弓道部と兼部していた某君は、「そろそろ的が空くから戻るね。後でまた来るわ」と言って途中で抜ける。そして不在のまま平気で帰って来なかったりする。けれどまた、それを気にする部員もいないで、攻撃の回には自分の番がきたらバッターボックスに入る、それ以外の時間はほかの遊びで盛り上がっている、という具合だった。始終その調子だから、元から十八人の人数がきっちり要るわけでもない。俺たちは外野が一箇所欠けていても構わず、そのことを楽しみながら打って、守って、そうして、明るい側面ばかりを共有していた。


顧問の先生は新任で、野球に一切興味がなく、ずっと校舎にいる人だった。それでもごく稀に、背に負う夕陽が顔を分からなくさせる時刻に、そろそろ片付けて帰りなさい、と言いに来たりした。
それを見て、「押し付けられたんだね、外れ籤を引いてさ」という意見で満場一致した俺たちは、顧問というよりむしろ社会科の若い先生に、同情した。
廃れるまでの歴史なんか知らないけれど、どうやら俺の学年より何代か前の時に、大人たちはこの野球部という領地に干渉することを止めたらしい。羽目を外しすぎて叱られることもあるにはあったが、卒業する三年の間に各代それぞれほんの数度で、俺たちの代には学校側からも野球部員の方からも、双方で、形式的あるいは書類的な、平和といえば平和な交渉しか持たなくなっていた。


そこが、放課後に俺がいた場所だった。

だから、栄口が持つ感想は正しい。
彼も、俺も、同じく「中学三年間野球をしていた」が、実態が異なりすぎている。
俺は高校に入学して新設の野球部に顔を出しはしたものの、飽きたらいつでもやめる気でいたんだ。面白くなければ、ほかの楽しい場所を探す気でいた――君が俺の名を呼んだ、あの瞬間までは。





3.

「水谷が野球やってたって、なんか想像できない。」
連休を使った合宿の夜。膝をつき合わせて、俺の差し出したイアフォンを片耳に当てて流れる新曲を聴いていた栄口が、独り言のように呟いた。
「うん。けど、これからはちょっと本気でやるつもり。」
そう答えると、なぜか君のほうが少しはにかんで、目を伏せ小さく笑ったんだ。










終.
迷路の出口が分からない。
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