企画text03
此処に眠る。
| - | 子供化 |
| 困らされる |
―― (一) ―― 1. 彼は対象者を抹殺して任務先から帰還を果たした。そしてその日の晩は、里にいた仲間に腕を引かれてモツ鍋屋に付き合わされた。二十代半ばの上忍であったはずの彼の体に異変が起こったのは、暖簾の前で皆と別れて就寝し、翌朝自宅で目を覚ますまでの間であったと思われる。 「本当に一人で行くのかい、カカシ。いきなり家へ行くよりもまずイルカを呼んで、ここで一度顔を合わせておいたらどうだい。」 「先方にも話がいってるんなら、なんの問題もないと思います。」 高い声に似つかわしくない大人びた口調でそう答えたカカシは――まるでアカデミー生の年格好の、少年となっていた。 三分の二に縮んだ外見にとどまらず、問題は、その中身までもが遡ってしまっているところにもあった。だからというべきか、大人であった自分が子どもになってしまった、という認識が本人に伴っていなかった。ために、布団を出たカカシは最初、起きた眼の左がどうしても開かないことに首を傾げて鏡の前に立った。その前に、大きすぎる服が体に纏わり付いていて、つんのめりそうになっていた。 映った顔面に、覚えのない縦傷が一本走っている。驚き、気味悪がりながら茶の間を通ると、その空間にもなんだか妙な違和を感じた。 どこかまだ夢の中にいるような居心地の悪さを携え、とにもかくにも着替えを取りに物干し場へ下りる。乾いている物を随時ハンガーから外して使うので、抽斗に畳まれてある分は滅多に日の目を見ない。ところが、この日は大人の忍服しか吊るされていなかった。彼は自然にそれを父の物であると思い違えた。朝っぱらから独りきりという点は意識に上らない。仕方がないから、家中の抽斗を開けて回った。何かがおかしいことにそこで気付いた。 自分の丈に合った暗部装束はついに一着も見付からなかった。それどころか、下着の一枚も見出せないのである。不気味な感覚に冒されつつもカカシは、それしかなかったダボダボの上着に袖を通した。 (俺という人間が、いなくなったみたい……いや……捨てられた……?) ぐるぐると裾を捲り上げたズボンは腰に回した帯でなんとか縛った。 外に出ようとしてみればやっぱり自分の分が、下駄箱にも一足もない。そこで大きな履物をつっかけてみたものの、擦り足になり、数歩進んだところで、これではとても辿り着けないと判断し、止むを得ず素足のまま服に埋もれる不自由さでもって、話を聞いてもらえる場所を目指した。 目に入る街の景観はがらっと変貌していて、どうにか火影室へ飛び込むと、いつもの白髭を蓄えた老人に代わって見ず知らずの女が目を丸くし、堂堂と尻を付けていた執務椅子から派手な音とともに立ち上がった。 彼はすぐに目立たない通路を使って秘密裡に病院へと連れて行かれた。そこで、医療忍術を極めた五代火影が人払いして直々に検査をした。椅子に座っていた女がそうである。 同時進行で聴取もなされ、一通りの慌ただしいあれこれを経て帰宅を許可された彼は、しかし、一人で生活することは認められずに適任と思われる相手、すなわちイルカの元に、預けられることとなったのであった。 面会の可不可より先に一連の事情だけを火影の側役に説明されていた男は、そうして里から「彼を監護するように」と言われていた。断れば正式にそれが命令されるだけである。 「あの、……ひとまず、こうしてまた、会うことが叶って……よかった、です。カカシさん。」 久し振りに見た恋人の変わりようを目の当たりにして、イルカはおおいに戸惑った。が、「お帰りなさい」と家へ上げ、今はカカシの口から改めて事の経緯を聞き直している。 「ああ。えっと、イルカ。」 「い……は、い。」 初めて呼び捨てにされた彼は、いきなりの出来事に動揺した。変わり果てたのは、どうやら本当に見た目だけではないらしい。 「何。」 向き合うカカシは病院で渡されていた資料から目を上げる。その表情のない顔は、まるでお面を付けているように動かない。 「い、いえ。あの、その体、自分で何歳だって、具体的に分かるもんなん、ですか。里からは、七歳だそうだと聞いているんですが。」 「うん。父がそろそろ駄目になりそうだし、それ以外にどう言えば伝わるのか分からないんだけど、この、自分の感覚がさ、そうなんだよ。けど、もう二十年くらい前の話なんでしょ、今? から言えば。なんだか未来に来た気分。」 「え……と……そう……です、ね……。」 「別になんとも思ってないからいーよ、そういう反応。散々病院でやられてもう飽き飽きしてるんだよね。死んだんでしょ、あの人も、三代火影も、皆。ていうか、またアンタと一からこの遣り取りすんの? そのへんのことはざっと聞いてるんじゃないの、上から。」 「はあ、そうなんですが、要領を得ないところが多々あって。どうしてこうなったか、心当たりはないんですか。」 「だから、それはあの女の人……が五代目を継いでるんだっけ、にも言ったけど。思い当たることといえば、ないでもない。」 この歳にはすでに大人を従えて任務に就いていたカカシは初対面のイルカにも慣れた口を利いた。けれど、そこに打ち解けた雰囲気は一切なかった。 「散々訊かれたことでしょうが、もう一度、俺にも話してもらえないでしょうか。」 「昨晩白いキノコを口に入れたんだけど、そのせいじゃないかって考えてる。」 「……。」 白目を剥いて半口を開けている大人に、少年は少し困惑した。 「なんなの、その状態は。」 「なんんスか、その訳分かんねえ展開は! 地表を摩擦ゼロで滑走してきた亀の甲羅と正面衝突したら縮んだ、と言われたに等しい不可解さですよ。どうしてそんな物を食ったんです。」 「鍋に入ってたものだから、つい。」 「へえ……。」 「……。」 「……。」 「イルカ?」 「エノキじゃねえか! エノキだろそれ。存分に食え! ああ、もう、俺の聞き間違いじゃなかった、アア!」 事前のふざけた連絡と本人の口から出た説明とに寸分の狂いなく、イルカは髪を掻き毟って悶えた。 「アアアア、もっとなかったんですか、他に変わったことは。」 「あの人……名前なんだっけ、も、そう言ったんだよね。じゃあ、やっぱりあれなのかなあ……いや、でもまさかそんな……。」 「なんでも言ってみて下さい、何か手掛かりになるかもしれない。」 「敵にグエエとなるような技を使われてなにくそと思いどうかこうかやっつけたんだけど、まさか……?」 「まさか? じゃねえよ、完全に原因それじゃねえかくそったれ!」 「ううん、なら、やっぱりそうなのかなあ。当たりどころが悪かったのかもしれないねえ。」 他人事のように喋る彼からの聴き取りはおそろしく難航した。 「かくかくしかじかと、こうなんです。話を聞いても全然分からない。天才のそれなんですよ。」 「ああ、こちらで事情聴取をしたものの、同じく。全く伝わってこないんだよ。『オエエって感じのやつがダーッときてグハッとなりました』って……なめてんのか! さっぱり分からんわ!」 パーンと書類を机上に叩きつけてから、綱手はコホンと咳払いを挟む。 シズネのまとめ方が下手なのだと思っていたイルカは、忠実に伝達してくれていたことを知って心の中で詫びた。 「まあ案ずるな、死にゃしないよ。あれは、本人が一番遡りたくないと思っている時点まで送られる術だ。」 「ええ、どうやらそのようだと、シズネさんから伺いました。それで、質問が幾つかあって。」 「ああ、そうだろうよ。だからここで一度会っておけと言ったんだ、あのチビめ。」 「済みません、お時間を取らせてしまって。」 「構わん。で、なんだ。」 「はい。その、巻き戻る時間は人によってまちまちなんですか。」 「そういうことだな。三年前程度なら、万が一そのままでも若返りってことで済んだのにねえ。」 「いやいやいや。」 「済ますさ。」 「さ、左様にございますか。では、それじゃ例えば、昨日が人生最悪の日だった人は、一日前に戻る、だけ?」 「そういうことだ。とりあえず検査は済ませたし、あとはもう経過を診るしかないと判断した。」 「え。それって、なるようになるさって、ことですか。お言葉ですが、なぜ保護入院の措置が取られないんです。」 「脱走癖のある奴だぞ。探し回って監視を付けて、世話役に経費を割くより効率がいい。」 「あの、ですが、俺の意向は。」 「給料に色付けてやるから。いつまで掛かるか分からんだけに、こちらも頭を悩ませているんだ。頼む、持ち帰ってくれ。」 果たして自分が力になれるのだろうかと思ったものの、カカシを人任せにすることもできないのだから、イルカはやはり自分が身元を引き受けるしかないと腹を据えた。 「御意。それから、火影様。カカシさんは、自分は七歳だと言っていて確かにそれくらいの姿なのですが、その……記憶というか、そういうのは一体どうなっているんでしょう。俺のことを、全然知らないふうなんです。」 少年となってしまったカカシにとって彼はまだ出逢っていない人間であり、開いた資料に載っている大人としか思われていないらしいのである。 「うむ、頭の中の状態か。一応そういう個人的な、踏み込んだ容態については家族の者にしか話してはならん決まりなんだが。」 家族……、と心で呟いたイルカは、頭を下げた。 「……失礼します。」 「待て。」 彼女は「掛けろ」と応接椅子を勧めると自身もそちらに席を移した。 シズネが二人に茶を運んできてくれた。 イルカは、こうして大勢を守る枠組みから容赦なく閉め出される現実問題にぶち当たるたびに、どこにもぶつけられないむかつきと、情けない敗北感と、奥歯が潰れそうな悔しさに蹂躙された。 「お前は案外、交渉にゃ向いてないんだね。」 赤い口紅で艶々した唇が弧になる。はちきれんばかりの胸元で腕を組んで、綱手は続けた。「記憶に関してだが、身体的な能力と同様、その時点までの状態に脳内も組み換えられてしまうらしい。」 「え。あ、あの、教えて下さるんですか。俺に。」 「私が法だ。」 「この人ものすごく危ないこと言ってますけど、ちょっと、シズネさん!」 「そいつは私の愚痴に蝕まれないよう耳栓をしているから、無駄だぞ。ようこそ、クソッタレな職場へ。」 「……火影様、それ、最近行った賭博場で知った台詞ですよね、元ネタ知らないのに版権物の台を打って覚えて帰ってこられましたね、そういう使い方が一番叩かれるんですよ。」 「こほん。ええと、どこまで話してたっけね。そうそう、とにかく素人にも分かり易く、正しくない言い方をするとだな、あの姿の当時よりこっちの記憶や知識は、今は封鎖されていて使えないと思ってもいい。つまり、過去を克服するとか心残りを解消するとかに成功すれば、それで記憶の鍵は解除される、といった感じだよ。」 「どうして遡りたくなかったのか、理由を知って……それで例えば、後戻りした体の時期に思い残していたことを今やり遂げれば、元通りになれるってことですか。でも、そんなの今更不可能だってことだった場合は……。」 「ずっと巻き戻った状態で生きるしかないだろう。これは元々攻撃系の術じゃない、医療の場で施される術なんだ。だから私が知っていたんだよ。一度やったら中断や中止ができない、要するに、一気にパッと元通りという解術法は……ない。それで、普通は面談を重ねに重ねてから使う。神経回路を遮断して図面まで書き換えてしまう超高度な業だ。」 「は、はい。」 「そんなものをわざわざ戦闘の最中に発動させたって、術者には本来なんの得にもならんのさ。せいぜい嫌がらせにしかならん、最後っ屁ってやつだな。結局、術を掛けた前後の記憶をあいつからきれいに消し去ることはできなかったようだが。なんでよりによって消え損なった一部がエノキを食ったことなんだい、あのオタンコナス。おかげで話が余計ややこしくなってしまって、いい迷惑だよまったく。」 「なんてことだ……。」 命の心配はないというものの、聞けば聞くほど不安の石はイルカに重くのしかかった。 -続- |
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