企画text05
此処に眠る。

- 遊郭

守秘義務



1.

「すみませーん、やり終わった時にみんなが幸せになれる任務くーださい。」
「えっ……ええと、ですね、はい。はい、ええ……。」
任務を振り分ける受付がたじろいだ。
「これ、カカシよ。」
目を白黒させる横で、もう一人は眼鏡を上げる仕草をしつつボンと煙を出して、長机の向こうに正体を現した。
「げ。火影。」
「お前という奴は。」
「ご機嫌麗しゅう。そこで何をなさっているんです。」
「お主のようにけしからん態度を取る輩の、ぬきうち取り締まりじゃ。係の者を玩具にして遊ぶでない。」
「風刺を効かせた口上のつもりでいたんですがね。火影様、この際だから申し上げます。私めの精神衛生面を考慮して、そろそろ大型連休を与えるか、せめてバカンス的な任務を所望します。」
「ふむ。」
「お?」
「あい分かった。」
「おお!」
「では、お主にはこの任務に就いてもらおう。」
「あっちゃー、任務に決定したー! 血も涙もない里長だよ全く。」
「朗報を待つ。」
「えーなになに、下忍一人、中忍一人のスリーマンセル。あ、任務地が歓楽街だ。そういうこと? それで。んー、妓楼から籍を抜かせてもらえない恋人との駆け落ち、か。……アー、と、この人……。」
「カフカ殿じゃ。」
「鹿深さん。余命が、半年ほどなんですか。」
「うむ。なんでもそれで決意したらしい。ここを訪れた段階で、素人なりに色々と考えて計画を練っているようじゃった。」
「あら意欲的。」
「なにぶん本人に時間がないからの。この任務は今朝一番に受けて、依頼主は今も下の階で人選の決定を待っておる。ほれ、ちょうどいい。さっさと発て。」
「そんな追い出さなくたって。」
「はよォ行かんか。」
「俺なんか要らない子なんだ。しくしく。」
「……。」
里内屈指の上忍に、火影が握った拳を震わせた。
「行って参ります。」
かくしてカカシは、下忍と中忍に依頼人である鹿深を加えた四名で、火ノ国へ入った。その道中で奪取対象との関係や、事ここに至るまでのあらましを聞いた。

鹿深より七つ下の奪取対象は、糸遊と名乗っている。本名を長良と言う。子供の頃は鹿深の家と長良の家の、両家が家族ぐるみで親交を結んでいた、いわゆる幼馴染であったらしい。ところが長良の家が、早い話没落して、離れ離れになってしまった。爾来十年の歳月を費やし、あちこち居所を尋ね続けた鹿深は、遂に花柳界で糸遊となった彼女を見付け出したのであった。
そんなことがあって暫くは足繁く通っていたが、先日、彼は突然、自分の先が長くないことを宣告されてしまった。それで、残りの時間を心から愛し合っている人と送りたいと思った、という話であった。依頼人はまだ三十路である。
「後先考えずに身請け話を申し出て、金を揃えました。なのに、提示された本来の額を用意しても、見世側はあいつを手放したくないのか、要求金額を釣り上げてきたりして。遅々として話が進まなくなってしまったんです。」
彼の左の薬指には金色の指環が光っていた。愛人を作ること自体に関しては、彼の一族は昔から寛容であったが、身分のある者が釣り合わない相手に入れ揚げてはならないという考え方もまた併せて言い聞かせられていた。要するに周囲の反対は明白である。命は短い。それで、とうとう駆け落ちしようと言う鹿深に糸遊も頷いたのであった。
その蒸発を成功させたとして、逃避行の末に彼らが新天地で支え合って暮らしてゆくのか、行き着いた果てで心中するのかはカカシの知るところではない。

「お願いしたいのは、長良を見世から取り戻したいというのは勿論のことなのですが、あそこのどこかには証文もある筈なんです。体と合わせて、そちらも何とか見付け出せないものかと。どうでしょうか。」
「取り返しておくべきだあね。」
そこで、内所で年季証文を探すという役割が中忍に当てられた。
「それから、どこからどうやって外へ逃げるのかといった、脱出の方法を。貴方がたに調べて頂きたいのです。」
「お任せあれ。我々の仕事です。加えて、現地で人手を賄うことになるかもね、少々ヤバい荷物を町の外れまで運んでくれる、金欠の人足が。」
というわけで、脱出経路の確保と、協力者の調達は下忍の担当となった。
「で、俺の役割はと言いますと。コホン。なにはともあれ糸遊さんと直接会っておかなければならないので、まずは鹿深さんにお伴して……登楼します!」
「そのことについてなのですが」と依頼人が発表を遮った。

えっちらおっちら峠を越えて一路火ノ国へ、街道を進む。
「実は身請けの話を持ち掛けたり、居続けをしたり、長良……いえ糸遊への想いの丈と言いますか、そういう、熱心さが裏目に出たせいか、近ごろ見世側が私の登楼を禁止することも検討しているというような警告をこっそり受けまして。私自身が見世に出入りできなくなるかもしれない危機を感じ始めているんです。」
「おや、大変だ。」
「ええ。そこで、貴方、はたけさん、はたけさんには私と同じく、長良の御座敷で共に遊んで頂きたいのです。」
「と、共に、とは。」
「はい。長良……糸遊は、自分の持ち部屋と座敷を見世から許されている蝶なのです。といっても私室には客を通せません。なので、座敷で逢うことになります。私共と割床状態になってしまいますが、勿論二組の布団は離しますし、一つ一つに屏風が立ちますから。」
「アー、へえ。そう、なるの、ね。」
「ええ、少なくとも二人きりの密室という形を避けていれば、監視の目もこれ以上厳しくならないのではないかと考えまして。しかし安心して下さい。我々は、そうして屏風の裏で寝るように見せかけて、本当は駄目なんですが隣の私室へ、朝まで移ります。なんとも勝手な話なのですが。御座敷には貴方と、貴方に付いた蝶が残ることになります。」
「いやあ、なあに、こちらはあくまで仕事であって、遊びで登楼る訳じゃないんですから。」
アッハッハと、カカシは乾いた笑い声を出した。
筍の露天商の前を通る。
「そうですか。仕事だと、そうおっしゃって下さってほっとしました。なにせ、生まれてこの方ずっと女性だという蝶は一人もいない妓楼ですから。」
「……はい? え、だって……彼女……。」
下忍は「ぐふっ」と喉を鳴らして、吹き出さないようほっぺをプウッと膨らませていた。中忍は左胸をさすっていた。
「え、糸遊さん……え……?」
「あ、そうだ。それと、あいつにはまだ忍の方を雇うとまでは言っていないのです。この依頼を受けてもらえるかどうかも分からないで来ましたし。」
ただ鹿深は、人の手を借りて近々ここから必ず救い出すと恋人に誓っていた。
変にそわそわされてもやりにくいから、カカシは、素性は明かさないままでいいと答えた。


到着した依頼人の邸宅は部屋がたくさんあった。大きな表門のずっと先に二枚扉の玄関口があり、館内へ招かれると、踊り場から左右に割れて二階へ伸びる幅広の階段が正面に見えた。古い時代に築かれた豪邸である。
世人に扮した三人の忍は、出張だと口裏を合わせていた主人から広々とした客室を与えられ、事と次第によっては火ノ国観光を望む客人をその出張先から招待すると言いなされていたお手伝いらによる至れり尽くせりの歓待を受けたものの、敷地の内は任務についてじっくりと話し込むには不向きであった。なぜなら、依頼人の鹿深には既に正妻がいたからである。
この夫人が、愛より財の流れてゆくのに我慢ならない性格で、夫の命の残りより資産の行方にばかり気を揉んでいた。そして、さっそく周辺の情報集めに取り掛かっていた下忍が、この妻の命によってうろちょろしている探偵の存在を発見した。
「私の動向と、あるかもしれない遺言状でも調査しているのでしょう。」
小金で遊ぶ分にはいいが、莫大な財産を他人に取られるのだけは嫌ということである。これでは別宅を設けて妾として囲うという選択肢も生まれ得ない。依頼人との綿密な打ち合わせは、街を流れる大きな河の小さい舟着き場から周覧にかこつけて貸切り舟を出し、水面に浮かぶ細長の空間で行った。










-続-
2.>
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