企画text05_4
此処に眠る。
| - | 遊郭 |
| <3〜4. |
| 守秘義務 |
5. 「ニワキ様。」 「おや、えらく鼻声じゃないか。どうしたの、風邪でも引いた?」 「……。」 「目に泣いた跡がある。」 台所の料理番に借りた包丁で玉葱を切って二階へ上がったイルカは、いかにもうち萎れたようにスンと鼻をすすった。 「……思わず知らず泣けてきて……。」 「ちゃんと眠れてる? ないって言ってた食欲のほうはどう。」 「相変わらず。私のことなんて、どうでもいいんですよ。逢えて嬉しい。」 「俺も。そうだよ。不落は、逢っていない間はどうしてたの。何か楽しいことはあった?」 「あるわけないでしょう、苦しいばっかりで。……眠ると、また一日が始まってしまう。」 「しんどそうだね。誰にも相談しないって気は、変わらないのかな。」 「前からお話している通りです。こんな胸の奥を見せるのはニワキ様にだけ。どうせ言ったって誰にも分からない。分かってくれない。分かってくれるのは貴方様だけで、それで、いいんです。」 「さぞかし辛いだろう、生きているのが。」 「ええ。手が空くと、消えることばっかり考えてる。心を許し合う仲間なんて一人もいないし……ほら、私は過去も捨てたって言ってたでしょう。生みの親とはとっくのとうに絶縁したし。ハア。」 「よしよし。」 「信じて尽くした男には借金を押し付けられて逃げられるし、親代わりなんて口ばっかりで、見世にはこき使われる一方だし。運がないんですよ。」 「なるほど、運に見放されているんだろうね、そりゃ。」 「貴方様だけが。一目逢えるだけでも。それだけが、今の私の救いなんです。」 「救い、か。」 イルカは、この役を演じ切るために食を抜いていた。それですぐに頬がこけるといった覿面の効果はないにしろ、弱々しい雰囲気作りには成果をあげているように思われた。実際に気力が出ない。彼は、カカシが廓にバカンス的な任務をこなしに来るより前から不落と名乗り、まほろ屋に潜入していた忍であった。 イルカの調査対象は、この馴染み客である。任務の級には最高難度のSが付けられていた。 調査対象であるニワキという男は流れ着いた遊里で、目を付けた遊女を唆しては死に追いやっている犯人と目されていた。 火ノ国の夜を担うこの街と彼との因縁は、現在から数巡の年月を遡る。イルカの潜入先であるこの一大花街において、ある年、ニワキの餌食になったと思われる犠牲者が立て続けに出たのである。 二名の遊女は別々の女郎屋に在籍していたが、どちらも同じ男を客に取ってから徐々に様子がおかしくなっていき、無残な末路を迎えた。しかしその共通点を女郎屋が把握して、こいつの仕業ではないかと目星を付ける頃には、潮を読むのに長けているのかその馴染みはぱったりと遊びに通わなくなっており、楼主たちは居所も掴めず終いという目に遭っていたのであった。 それから一年後に、似たような経緯での自殺事件が男の渡り歩いていた地方の遊里でまた起こった。他国のそこでも、男と事件とを結び付ける確たる証拠は見付からぬまま真相はうやむやになったという。 その風聞を臨時の寄り合いで共有した御三家は、何年か前に持った疑惑をいっそう深めた。 御三家とは、隆盛を極めるこの花街で遊女を扱う楼主陣の代表と、商品を蝶と呼ぶ商売人を纏める頭と、陰郎を置く娼館に最も影響力のある元締の三巨頭を称していう。 ここに持ち寄り、交換し合った情報をまとめると、どうやら何年かぶりに犯人と思しきその人物が元の――つまり御三家が治める火ノ国のこの――街に舞い戻ってきた、しかも以前は女しか狙っていなかったのに、今回はこれまでとは違う趣向の界隈に出没したという筋書きが立った。 過去の件については、表面上は遊女が自ら命を絶ったものとしてしか始末のつけようがなく、ニワキを責める決め手に欠けた。が、だからといってなんの対策も講じず、そいつを野放しにして商品がみすみす殺されていいわけはなかった。 この大きな色街は自治の力によって保たれている区域である。でき得ることならば自力で駆除したい。けれども、どの旗亭にしても売り物をその男に付けること自体が危険過ぎた。 そうした話し合いが行われた末、御三家の意見は、外部に助力を願い出ることで一致した。その依頼先が、木ノ葉の隠れ里なのであった。 隠れ里の長は人選に苦慮した。見世の毛色に溶け込むのにもってこいの忍なら一覧を作れたが、任務内容を完遂するのに適しているかどうかには別の素養が必須だったからである。 「火影様。なぜ、私なのですか。」 「ううむ。」 「潜入先が難しすぎます。紛れ込む努力をしたところで、おそらく周囲から浮いてしまうことは避けられません。」 「ああ。しかし、その点でS級に振り分けられているのではないのじゃ。」 「はあ。」 「確かにお主よりももっと場所に向いている忍はいる。が、肝心なのはそんな技能ではない。人格特性に通じておって、対象を引き付ける性格になりきれねばの。付け焼刃の知識では勝てぬのじゃ。長期間の演技が本物になってしまっても、思考を誘導されてしまっても一巻の終わりぞ。心を操作されるふりをしながら、そのことに耐え抜く精神力が要る。それと、言うなれば、そうだの、何度も煮え湯を飲まされて徹底的に人間に冷めきって、なおかつ、それでも光を感じていられるくらいの根性がなくてはならぬ。」 「……俺は……そんな……大した経験していません……よ。」 「そうか」と言って、三代火影は顎に蓄えた白鬚をスイとなでた。「なんであれこの任務に関しては、はなから無理にと言う考えはない。駆け引きの機微に難はあるが、根で訓練された暗部を要請することも考えておる。」 「……。」 「受けるのか、受けんのか、それだけじゃ。」 任務の適性と成功率は、二番手、三番手と次へ回されるにつれ下がってゆく。それに比べれば些細な懸念を振り払い、火影による抜擢を忍の誉れとしてイルカは受け取った。 「――拝命します。」 「そうか。」 このような経緯で、彼は不落に変身すべく眉を剃り、体毛も除去して鼻に一本掛かる傷痕は肌の色に合わせて塗り隠し、仕上げに白粉をはたいた。 そうして眦と唇に紅を引き、楼主の見立てた衣装と髪飾りを纏って不落となったイルカが表から、連携する下忍一名は遊郭の風景に紛れ込んで裏から、ツーマンセルの体制で悪事の証拠を集め始めたのであった。 ためらい傷より薬の空き袋をたくさん仕込み、対象の前で無害の粉末を服薬してみせるときには「ただの胃薬ですから……」と嘘を吐く嘘を吐いた。イルカは、役作りとして爪を伸ばし、耳より下で髪を束ねていた。 「不落。今日は、お前にお願いがあってね。」 「ニワキ様が私に? なんでしょう。」 「お前の、髪が欲しい。」 「髪……。」 (きた。) 彼の心臓が跳ねた。 手始めに対象の棲み家に忍び込んだ下忍は、隅々を漁っていた。そして、潔癖の感が漂う家の中で押入れ上の天袋を開けた際、白木の箱を見付けていた。中身を確認すると、髪が何房も入っている。それは、遊女たちが二心のない証として捧げた品に違いなかった。だから正しくは何人分も、であった。だが、猟奇的な侵蝕性を持つこの家の住人にしてみれば、その箱は収集した単なる記念品を保管している箱に過ぎなかった。また、収められていたのはいずれも黒髪であったという。 そうした物的証拠の存在を押さえていたイルカは、髪をくれという発言がそれへと見事に繋がったこの時に、長かった任務の終点が目前であることを確信した。 (やっぱりこいつだ。こいつが一連の死を故意に招いていた。間違いない。) 「私の、誠を求めていらっしゃるんですか。」 「うん。」 「今?」 「今度でいいからさ。」 「ニワキ様が、お切りになるんですか。」 「普通はそうだけどね。お前のことを信じているから、俺は、目立たない内側の部分を切って束ねたのを後日受け取れればいい。お前の髪かどうかくらいは、見れば分かるよ。」 「私も、貴方様に煩わしい思いはさせたくないんです。どうせなら奇麗に洗って、ちゃんと時間をかけて手入れしたものを包みたい。」 「お前の黒髪は本当にいい。艶やかで、撚糸みたいに太くて。癖がない。真っ直ぐだ。力を感じる。」 「私の故郷では古くからこういう黒い髪に誇りを持つ男心があって、強さを表わすために、ご先祖様方は伸ばしていたんですよ。フフ、まあ、私の子ども時代にはそんな思想も廃れていた……。でも、だからね、それをこうやって誉められると、なんだか喜んでしまう。ねえ、ニワキ様。もしもですよ。もしものお話ですけれど、私があの世へ逝ったら、ね。そうしたら、その髪を私として、大切に、大切に、いつまでもずっと、肌身離さずに、いてくれる?」 「ああ。」 のっぺりした面に彫刻刀で付けた切れ込みのような目を、ニワキはさらに細めた。 「こないだもお話をうんと聴いてもらったけど……いいえ、なんでもない。もてなす人間がこんな暗い話……いけませんね。」 「言ってごらん、大丈夫だから。」 「……あの世にいったら……楽になれるのでしょうか。」 「大丈夫だよ。」 「本当に?」 「安心おし。俺には分かるんだ。」 「なぜお分かりになるんです。」 「苦しい苦しいって、何度も言う奴を導いてやったことがある。」 「ニワキ様が? 導きって?」 「一人目は、今のお前みたいにあっちの世界で生きることを不信がっていたから、それを取り除いてやった。二人目は、ほんの一瞬を乗り越えることを怖がっていたから背中を押してやった。三人目は、もう楽になりたいって言うくせに本気じゃなかったから、俺が本気にしてやった。弱い奴に相応しい救済をしてやった時にね、ああ、これだって思ったんだよ。俺には、送り出す勇気が備わっていたんだ。だから何も心配することはない。お前のことも必ず楽にしてやれる。それが俺の使命だから。」 イルカは、倫理の観念が破綻している男の角ばった眉山に置いていた視点を外した。 「私も、その人たちみたいになれるでしょうか。」 「ああ。俺も、すぐに行くから。遅かれ早かれ皆行くんだから。行きたいと思ったなら、思った順に行けばいい。」 「……。」 死人に口無し。こんな自白めいた話を聞かせるのは、俺が誰ともまともな会話を持たず、塞ぎ込んで孤立していると思い込んでいるからだ。そして、そうなるように自分が仕向けたと自身のことを過信している。俺の命は掌の中にあると思われている、とイルカは読んだ。 ニワキには良心が無い。 イルカは別れ際、悲愴な覚悟の色を顔に浮かべて、 「今度、必ず私の髪をお渡し致します。そうしてその夜、旦那様の腕の中で……楽になりたい。こっそり剃刀を持って来て。」 「あはは、俺が血だらけになるじゃないか。ちゃんといい方法を考えてあるから、俺に身を任せればいい。」 「その目で、見届けて下さいな」とイルカは懇願した。 が、そんな日は来ない。 (これで、こいつと鬱々した心理戦をすることもない。――漸くだ。) 彼は、整髪料でいつでもきっちり七三分けにしている馴染みの後頭部を見送りながら最後の気力を振り絞り立っていた。翌朝に依頼人である楼主に証言し、髪の収集箱を渡したら任務は完了、ニワキに文を送っておびき出すくらいの手間はまだ残っているかもしれないが、そのあとケリを付けるのは御三家の仕事である。 膳を下げて新しく準備を整えるよう若い者に指示し、イルカは青い顔をしてソオドが待たされている廻し部屋への廊下を急いだ。 「ソオド様。」 「やあ。振られたかと思ったよ。」 当然あっちでもこっちでも乳繰り合っている、聞きたくもないのに丸聞こえの声やら音やらにグロギーなカカシは、心の底から助かったと思った。その一言に尽きる。 「随分お待たせを。部屋を片付けさせていますから、こちらへ。」 イルカも、ソオドの顔を見ると緊張がどっと解けた。 「ご無沙汰。来ないあいだに、部屋持ってたんだ。」 「お久しゅう。それが、糸遊さん姐さんがいなくなってしまったんです。それで待遇が繰り上がっていって。」 内実イルカは売れっ子だからではなく、任務をしているということで他にも色々と優遇してもらっていたのであった。 「あのお連れ様は、その後どうしていらっしゃいますか。うちは、糸遊さん姐さんとあの常連様のお二人を血眼になって探しているんですよ。」 「ああ、それね。さあ。見世の主人にも一階で尋ねられたけど、鹿深さんの家もてんやわんやの大騒ぎだよ。家族親族が八方手を尽くしてるんだけどさっぱりみたい。神隠しにでもあったみたいに、ふっつり音沙汰がなくなっちゃったんだってさ。」 「そうでしたか。どちらも似たような状況なんですね。」 「そのようだあね。ま、普通に考えりゃ駆け落ちしたんでしょ。」 「そこまで思い詰めていたなんて。」 「それよりアンタは無事だった? 遣手のババアに問い詰められて、折檻されなかったかい。」 「私がそんなことをする筈がありませんから。そう心を尽くして旦那様に話したら、信用して頂けました。」 「そう。」 「ええ。」 「……。」 「……。」 ソオドは杯をぐっと煽ると、不落にも酒を注いだ。彼も珍しくそれをぐいっと飲み干した。 イルカはにこにこ笑う糸遊を思い浮かべた。垂れ目がちの二重が庇護欲を掻き立てる、愛らしい人であった。そして、彼が見世で出逢った時にはもう、月下に翅を開くあのあえかな色白の蝶は壊れていた。 「……。」 ついさっきまで間近でおどろおどろしい狂気を感じていたことも相俟ってハアと深い溜め息を一つ。薄付きの御粉で抑えてある血色は以前と比べいっそう悩ましく行灯のぼうっとした明かりを受けていた。 「これくらいで、呑むのは止そうか。」 「え。」 「ちょっと見ないあいだに、というか改めて見たから気付いたのかもしれないけど、アンタ、やつれてない?」 「ああ。そんなことないです、ちょっと、今日は頑張って働いたものですから。」 「頑張って……働いたって、契ったの?」 「ふは。」 今晩、駆け引きに消費する集中力は全部ソオドと逢うまでに使い切ってしまっていたイルカは失笑した。「またそんなこと言って。それじゃ見世の思うつぼなんですってば。」 はがれかかったメッキから覗く、こういう不落の素っぽい態度がカカシのドキドキに拍車を掛ける。 立てられた屏風に脱いだ黒の打掛を掛けて自ら襦袢姿になった不落は肩を下げて大きく脱力し、敷布団の上でまたフウ、と一息ついた。 「どこか辛いの?」 言葉なく首を振る不落を見て、カカシの腕は自然に伸びた。真のバカンスで再訪している今の彼に、体の奥から突き上げてくる衝動を留まらせる抑止力はない。イルカにも、感情に則った言動を可能な限り押さえつけ続けていたせいで被る心的損傷の反動が生じていた。この日はお互いに変な気分になっていた。 旅の恥がかき捨てなら、任務地での恥もかき捨てか。不覚にも抱きすくめられながらイルカは、溜まった濁りを外へ排出して冷静な頭を取り戻したかった。 「いい匂いがする。」 「匂い袋ですよ。」 「ちょうだい。」 「……。」 イロに本気を誓う遊女の作法を利用してトロフィを集めていた男が脳裏をよぎり、胸焼けがした。「こんなモンが欲しいなんて。」 「アンタの物だったらね。」 おっかないような、面映ゆいような気分のイルカは、Y染色体の考えていることなど大同小異とも思い、この人は特別だとも思った。「……そっか。」不健康な生活と精神疲労で、やる気を出してみたところで今夜は出来ないだろうと感じていたのに、全身を包む体温がどんどん感覚を正常に戻していく。 「なら、後でもっといい物をあげます。」 「ふふ。」 密着しているソオドの笑いが微風みたいに伝わった。 「何が、おかしい。」 「『後で』。」 「は?」 「『今』って、言わないんだ?」 「あ……。」 「アンタのバキバキに勃起したコレより『いい物』かな。」 「う……。」 ねだる腰つきだとカカシが吐息混じりに耳元でからかうと、火照る不落はビリッと痺れてまっとうな判断力は焼き切れ真っ白に飛んだ。 朝を迎えて床から起きた不落は、文机から小刀を取り出して地髪を掴むとぞんざいにザリザリ、一束になる量を切ってしまった。 「アンタ、何してるの。」 仰天してカカシは夜着を撥ね退けた。懐紙にそれを包んで抽斗に仕舞う。残りの一部を同じように別の懐紙に包むと、 「御達者で。」 と呟きながらソオドに贈った。 「どういう意味?」 「後でいい物あげるって言ったじゃないですか。指切りと同じ。」 「そうじゃなくて。」 「新しい一日が始まった、……そういう意味ですよ……。」 それっきり、不落は遊里から消えた。楼主に聞いても、風邪の次には鞍替えしたとしか答えてくれなかった。 6. それから幾年か経たある日のこと、カカシは使役する忍犬八匹とともに、木ノ葉の隠れ里が演習場として管理している広大な森の外れで昼食を摂っていた。食後に水筒の水を飲みながら独り言のように、 「こういうのを甘酸っぱい片恋っていうのかなあ。青春の一頁ってやつ?」 と、時折思い出す昔の任務のことをつらつら語り、お守り袋に大切に入れていた思い出の品を近くの一匹に自慢げに披露した。「ほら。髪をもらったんだよ。」 くんくんと鼻を寄せていたそいつがクルッと風上に首を回し、ちょっと契約者を見上げた。それが突然走り出すから、忍犬使いは慌てた。 「ちょ、ちょ、ちょ、どこ行くのよ、ちょっと! お前たちはここにいてよ。」 すぐさま後を追っかける。と、演習場に張り巡らしてある金網の出入り口付近で立ち話をしている忍の足元でぴたっと止まった。 (ん?) 止まった途端にワンワンと不躾に吠えだすから、なおさらカカシは訳が分からず狼狽した。 「あ、こら、なんで里の人間に吠えるの!」 吠えられたほうも戸惑っていた。 「え、え、何、俺なんかした? 俺は不審者じゃねえって。シー、シー。落ち着いて!」 「すまない、いつもはこんなことする奴じゃ……。」 「いえ…………え……!」 カカシの右目しか晒さない覆面と銀色の髪を見たその忍は、目玉が飛び出しそうなくらいびっくりしている。それによって、対するカカシの注目も具体的に開始されてしまった。 (俺に見覚えがあるのか。なぜ驚いている、驚きが表わすもの、こっちは相手を知らない……。) 「ん。」 ふと、忍犬が鳴きやんで大人しく待機していることに気が付いた。それが賢い瞳で使役者を見上げている。 「お前が吠えたのは……この、髪を……。」 カカシは手の平のお守りと、イルカの顔を何度も交互に見返した。「ふら……、……んん?!」 自分の人相をつぶさに確かめている人の手に載る髪の一房にぎょっとして、イルカは顎が外れそうなほど口を開けた。 「……ソ……!」 「…………アンタ……え……?」 「エ、エビス先生っ、俺……!」 その場に居合わせていた忍の胸に鍵束をぐいっと押し付けるが早いか「直帰します」と叫びながら、まずイルカが全速力でそこから逃亡した。 「どうされましたイルカ先生!」 「非常事態です、限りなく個人的な!」 「は、話が見えませんぞー!」 「御手柄だ。」 当然カカシも、忍犬の頭をぽんと触り「今日解散ね」と付け足し終わると追跡に上忍の本気を出した。 「ここで会ったが百年目ー!」 彼らがお互いの本名と本職を知るのに、時間はそうかからない。 「……何が……あったんでしょう……。」 エビスと忍犬とが残された原に、夏の風が吹いた。 終. |
| (2016.05) |
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