単発text01_1
此処に眠る。
| 視点I(I, |
抱合 |
| 鋭角の殻 自滅する百合 |
1.-イルカ- カカシさんとはプラトニックな関係で構わなかった。不等式を組んだら、彼の傍に居る、大なり、一生誰とも契れない、だ。その際の誰ともとは、彼をも含む。カカシさんとさえ何もなくても、俺はこの先のそんな人生を後悔しない。俺にも人並みの性欲はあるがそれは一人で処理すればいい、そのことを特に不満だとも感じない。 彼の日常に俺が溶け込めていて、俺の普段の生活のそこここに彼が居てくれれば仕合わせだ。尊敬するところは山ほどあるし、夜を明かす理由は何も一つきりではない。彼と朝まで語り合っても話題は尽きない。尽きたら黙っていればいい。体を重ねることが自然であるなら流れに逆らわなければいい。しかし、無理をして形式に従うことはない。 同じ夜を過ごせれば、中身には拘らない。そうした基本が一致しているから成り立っている二人だと思う。ふざけ合ううちに度が過ぎて、しまいには殴り合いに発展した末、案の定俺が降参している日々に、俺は十分満たされている。世の恋人たちがどんな付き合い方をしているのかなんて俺たちのあいだには関係ないし、参考にする必要もない。 肌を合わせる機会に関しては、なけりゃないで困らないし、あったらあったで享受しようじゃないかと考え彼の舟に便乗して、行き先はすっかりお任せしていた。そんなようにして毎日の波間にユラユラしていたら、カカシさんは最近になって舵を切り、針路を変えた。時を同じくして、俺は自分の部屋へ帰らなくなっていた。 人の家でふてぶてしくゴロゴロしていると、ふとした時に目が合う。どちらも逸らさない結果、当然の形として見詰め合う刹那が生まれる。すると彼の視線は下に落ちて、俺の口元で止まる。美人に三日で飽きたのはどこのどいつだと思う。美形だなあとつくづく感心して、その造形がゆっくり近づいてくるのを見守っているうちに唇が重なる。俺は拒まない。最初は、唇がくっ付いたり離れたりするのを何回か繰り返して終わる口付けだった。 暫く経ったら、カカシさんは人の口の中に舌を侵入させてくるようになった。それで、どうする気だろうと思っていると、いつも急に、すっと止めて離れてゆく。そうして全体的には未練などなさそうに終わるくせに、眼だけは、寄ってきたときと同じ色でこの唇を名残惜しそうに見ている。いつも、きまってそうなのだ。 そこで俺は、言うなれば手元にある地図を広げて彼は一体どこへ辿り着きたいのかと目的地の候補を探る。彼との触れ合いは嫌でもないし、心が満ちるから拒む理由はない。ただ、どの地点まで行きたいのだろうかと思う。そうして、必ず途中で引き返してしまう相手の心中を推し量る。果たして彼のコンパスは決まった方角を指しているのだろうか。それに続いて素朴な疑問が頭に浮かんだ。 (カカシさんは、俺との接吻が気持ち好いのだろうか。) というのも、俺は正直、彼と口付けを交わしても大して気持ち好くない。どちらかの技量が云々という向上の見込みのある話ではなくて、おそらくは単純に彼の唇の薄いためだ。下手をしたらこれまでの人生で一番やり甲斐のない感触かもしれないくらいなのだ。 しかしそれも当然といえば当然だろう。端からそういう対象や基準で見て、それで彼が好きだと言っている訳ではないからだ。だから、そういう意味においてはやり甲斐がない。 ところが、別の意味では大いにあった。というのも、俺は粘膜接触にまったく新たな意義を見出し、それに尊さを覚えているからだ。欲ではなく仕合わせが膨らむ接吻は、それはそれでやり甲斐のあるものだった。 さらに程無くして俺は、唇を合わせれば合わせただけ比例して膨む仕合わせが欲をも高めるという公式に突き当って感動した。仕合わせは炎を鎮める水ではなく、薪だったのだ。心の暖炉にどっさりくべられると、欲望はしっかりメラメラと燃え上がる。燃えるさまがどれだけ醜かろうが、その色は絶対的にきれいだ。愛ってやつは、素晴らしい。 プラトニックな関係を貫くのも悪くないという構えでいる俺はまた、それと同じくらい一線を超えても良いと思っていた。カカシさんとその一点においてどうなるかという問題は、どうでもいいと言うと語弊があるが、まあ、どうでもいいことだ。断っておくが無関心とは違う。強いて表現するなら、相手の好きなようにさせる主義といったところか。 とはいえそれも、相手に丸投げするのではなく自分の意見は常に後ろ手に持ち控えさせておくというものだ。あくまでも甘やかしてやりたい類の寛容さでもって己より彼を優先してやりたいと思うのだ。 カカシさんは、何度も俺に口付けを仕掛けてくる。 そのうちに一晩で何海里も先へと進展する確率は、いつまでも何も起こらないより高そうだ。 必然的に生まれた心積もりに、現実味が帯びてくる。その場合の役割についてどうするかなど、思い巡らす内容は段々と具体的になりだした。 (交替制でいいのだろうか。) この問いに予め用意されている答えは以下の三つ。一、カカシさんが下になる。二、交替制。三、俺が下になる。どうやら三分の二の割合で、俺には下準備が要るようだ。 そんなふうに今後の自分たちについての見通しを立て始めた矢先、冒険の晩は到来した。晩飯を食い散らかした机の側で寝転んでいた夜のことだった。 いつものように勝手気ままに伸びているところへ家の主人が上から覆いかぶさってきて、視界を遮った。また口付けにきたのかと思っていた。そうしたら遂に彼の手が、俺の身体を這い回りだしたのだ。 こんな体格でも触ってもらえるのかと嬉しくなったから、それなら俺も、と思って互いの隙間に手を差し挟んだ。が、手の平を胸元で旋回させかけた途端に目にもとまらぬ早さで身体を離され、思い切り掴まれた手首はグイと横に制せられた。 「くすぐったい。」 その声の質で、彼が一気に不機嫌になったことを知る。突然の嵐を予感しつつ、 「慣れますよ」となるべく親切に聞こえるようにした返事も、 「不快なだけです」と突っ返された。彼は逆立ったボサボサの銀髪をワシワシと掻いて起き上り、それきり四方の空気はまるで座礁した船のように止まってしまった。 俺も解放された手首を振りながら身を起こす。 「カカシさん、分かりました。もうそこは触りませんよ。」 「ウン。」 「なら、機嫌を直して下さい。」 「別に悪くなってなーいよ。」 「ああそうですか。それじゃあ俺は後片付けでもしますかねえ。」 「……イルカ先生。」 なんですかと食器を集める手を止め、相手の方を向いた。 「……、…………、」 言い淀むのを見て、机から手を退き中腰をやめてしっかり坐る。 「なんでも言ってくれていいですよ。」 急く必要はないから気持ちを言葉に表して欲しいことを、態度でもはっきりと示す。 他の大人に対して取るには失礼かもしれないが、カカシさんには時折アカデミーの生徒に対するのと同じくらいの発信量が要る。彼は、自分の感情や思考を恐ろしく冷淡に抹殺してしまえる優秀な忍だからだ。こちらの意向を過剰に伝える機を見逃してはいけない。また、気付いていながら伝えないのは罪だ。それとて放任ではなく放置なのだ。一旦飲み込まれた言葉は二度と吐き出されないだろう。その前に、ちゃんと聞きたい。彼が何を思っているのかを知りたい。皿を洗うのは今この瞬間でなくとも出来る。 「俺は、人に触られるのが苦手なんです。」 「うん?」 密着していた数分前が思い返されて、俺は小首を傾げた。 「勝手な話なんですが、自分が触る分にはいいんです。人に触られるのが好きではないんです。」 では、今日までに何度も俺から抱き付いていたのは、その都度我慢していたということなのだろうか。 「俺、今まで散々触りまくってましたけど、もしかして耐え忍んでいたんですか。」 「いや……どう言えばいいのか分からないんだけど、概ね大丈夫なんです。」 「概ね大丈夫!」 俺は吹き出してしまった。こんな時には真面目な顔をして向き合っていたいのに、彼の言葉がたまに、極個人的な笑いのツボにどんぴしゃに嵌ってしまう。カカシさん曰く初対面の時からずっと失礼な俺のことを、彼はとうとう不可解の三文字に要約しおおせたようで、爾来そういうものだとして俺のすることの殆どを一々気に留めなくなったらしい。前に、何かの折に本人の口からそう聞かされて俺は、一々気に留められていないという由々しき事実を知ったのだったが自分もまた大抵のことはどうでもいいと思う性分だったもので、その件は、まいっか、の一言で丸く収まった。俺にしてみれば、数々の非礼をあっさりと流せる彼の方こそ変人だ。だから、この告白にもどこか、カカシさんならと頷けるものがあり、衝撃的だとか意外なことだとは感じなかった。 要するにお互い様だと俺は常々主張しているのだが、今のところカカシさんは毎度のこと、一緒にするな、の一点張りだ。なかなかの強情でいらっしゃる。 「じゃあ、俺はカカシさんに触れないんですか。」 「触りまくるったって、お前のは体当たりとかブラ下がるとか、のし掛かってくるとかいう絡み方だろうが。」 「ぐへへ。」 「その変な笑い方、やめなさい。」 「はい。」 「――だから、とにかく……こう、他人の手の平にある熱が嫌なんだよ。」 「へー……、そうなんですか。」 「うーん。それに、何をされるか分からないっていうか、相手の動きを読み続けるのを止められないからストレスが溜まる。あと、触られている感触が皮膚に残ると……、こう……いつまでもそれがへばり付いて、頭の隅々に鬱陶しい影絵みたいなのがチラチラしたりベタベタ埋め尽くされたりするし、気分はヘドロの層に沈められていく感じになって不快。」 「ふうん……残念だな。」 「そう?」 「え?」 「残念なの?」 「そりゃあね」と返してから俺は話をまとめた。 「それじゃ、カカシさんが触るのはいいんですね。」 「ああ。マア、すすんで他人に触りたいと思ったこともなかったけど、……。」 喋り終わったのかまだ何かあるのかを見極めていると、彼は気まずそうに台所へ立ち上がった。そしてこちらに背を向けて、残っていた言葉を最後まで出した。 「イルカ先生は、触り倒したいです。」 呼ばれた名前に釣られるように近寄ると、表情を確認するまでもなくカカシさんの首筋と耳が赤くなっていた。そのわりに、 「不思議ですね」とまるで他人事のような感想を洩らしてコップに水を注いでいる。 その後背に張り付き、腕を回して抱き付いてみた。そのまま首を横に伸ばして聞いてみる。 「これは? いいんですか、駄目なんですか。」 「アー……いいけど、動かないで下さい。」 「ふうん。難しい人ですねえ……、飲むんですか。」 「は?」 「それ。汲んでる水。」 「ああ、ウッキーくんにやるんです。」 「ああ。」 「どいて。」 「ええー、どうしようかなあ。」 「どけ。」 「ええー、それが人にものを頼む態どフ……!」 カカシさんは、気難しい。 (恋人に肘鉄って、俺が女の子なら今頃泣いてんぞ!?) 「俺は警告を発しました。」 「ぐうの音も出ねえ。」 カカシさんは、平等に慈悲深く、容赦がない。 「ねえ、カカシさん。」 「ん。」 寝室の窓辺に立つ彼の、骨格を見る。色っぽい。非常に美しいとも思う。一度正直にその賛辞を送ってみたら、変態と罵られた。納得し兼ねたものの、いささか反論に回る勇気にも欠けて笑って誤魔化したら、その時も、その変な笑い方をやめろと窘められた。置かれた植木鉢に水を差す彼に、俺は気になっていたことを投げ掛けてみた。 「カカシさんは、誰かに……抱かれた経験、あります?」 「死んだ方がましです。」 「……分かります。」 「……。」 答えは聞くまでもないことで、とてもカカシさんらしいものだった。それにしても、その速さったらない。電光石火で死を選ばれた。カカシさんには長生きしてもらいたい。それならこっちが、来るべき日に備えて体を慣らしておけばいいかなと、俺は考慮に本腰を入れることにした。奔放さでは自分の方が上だと自負している。 -続- |
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