単発text01_2
此処に眠る。

sideK(I,K,Y,K+Y,KxI;前,KxI;後) 抱合

<1.-イルカ-
鋭角の殻 自滅する百合



2.-カカシ-

カカシは早めの昼食を摂り終わり、上忍待機室に戻る階段を上がっていた。踊り場でくるりと体の向きが変わった彼を見て、上階から下りて来ていた上忍仲間のタウは、
「あ。」
と声を出した。その音に反応して目を上げるカカシにタウが続けて、思い掛けない台詞を落とす。
「今、そこでお前のワンコ見たぞ。」
「は?」
クイクイと天井を示す親指に注目しながらカカシは、起こる可能性がゼロに等しい相手の言を訝しんだ。使っている忍犬たちが主人の口寄せも無しに、しかも非戦闘区域に顔を出すなど有り得ない。それでも、空間が捩じれでもしたかと思い天井に視点を移した彼の足は停まった。タウが、続けて具体的な情報を出してきたからだ。
「一番でかい、」
脳裏に八匹のなかで一番の大型犬が浮かぶ。
「黒いやつな、」と足された項目は偶然にも、一番の図体をしている奴の毛色が黒いことと符合した。
(まさか、そんな……。)

「人型の。」
「オイ。」
すかさず突っ込みを入れたカカシは、折角頭の中で積み上げていた情報の積木を一思いに薙ぎ払い、真っ黒な滅却の谷へと残らずきれいに掃き捨てた。
それらの要件を満たす者は一人しかいない。その生物ならば、彼が呼ばずともこの界隈をうろうろしていることだってざらにあるだろう。
「要するに人じゃないの。」
要するに、人だからだ。
「んははあ、なんて名前だっけ。」
「イルカセンセー。」
「あー、なんか、そんなんだっけ。」
タウはイルカを見知っていた。この男は、季節が夏だった半年前に上忍待機室の戸口にしゃがみ込みカカシが出てくるまで忠犬のように待機するイルカの姿を目撃していた上忍のうちの一人だった。


「ちょうどエロ部屋を借りようとしてるところだったわ。」
「小会合室ね。」
待機所は、事務棟と繋がっている。というより、隣同士の連結は言わずもがな、里の中枢部にある主要な建物は大体が屋内移動できるように造ってある。その、事務棟の最上階には、同じ広さの小部屋が端から端までひたすら並んでいた。
ここは小隊が作戦会議を開くのに適している。のみならず気楽な二者面談にも用いられており、使用目的の幅は割かし緩い。実際にやる者が少ないとはいえ、飲食行為も本来自由だ。一名でも通してもらえるので、仮眠を取ることさえできる。当たり前のことながら、風紀を乱す行為は禁止されている。
階段そばに窓口があって、そこで利用者の帳面記入を受け付けていた。部屋数からして満室になることは滅多にないし、手続きも簡単だからぱぱっと済んでしまう。その短い場面を、タウはたまたま目にしたのだろう。
どの小房に入っても、アカデミーから流れてきたとしか思えない使い古しの木製机と椅子が四脚、机の角と角を合わせて配置してある。それから窓際におんぼろなソファも一つ。あとは、部屋によって移動式の黒板が一台あったり、どこかの課からのお下がりの本棚が郷土資料入りのまま据えられていたり、管理者が不明の段ボールで半倉庫化していたりする。
この最上階の正式名称を知る忍は少ない。打ち合わせ場所。相談室。仮眠所。エロ部屋。モハヤ第二ノ家。説教部屋。みな思い思いに呼ぶが、不思議とどう呼んでも大抵「ああ、あの階か」と了解される。但し、繰り返すが、風紀を乱す行為は大昔から禁止されている。

「いつかの超従順ワンコはっけーん、とォおーもーったらあ、」
タウには音感もへったくれもない即興の歌を直ぐに口ずさむ悪い癖がある。
「おーとこーとォ、ふーたーりィー。」
「普通に喋れ。」
とりあえず突っ込んだカカシは面倒臭そうに、なんにも気にしていない様子で答えた。
「ま、そういうこともあるんじゃない。」
始終楽しそうなタウは、軽やかに階段を下り始める。ほったらかして伸び放題になっている髪をくるくると指に巻き付け、そうしてカカシと擦れ違いざま冗談にならない言葉をぼそっと投下して、すたすたと去って行ってしまった。
「ちゃんと躾けてんのかえ。」


残されたカカシは一人、踊り場に立ち尽くした。目蓋の裏では、三日前にあった夕食後の団欒風景が上演されていた。
イルカは横で伸びた猫みたいになっていた。途中で大人の顔になった。背後に来てから何だか物凄い色気を放ち、その後は子どもじみた纏わり付き方になった。
そしてその翌日から今日まで、そいつはカカシの家に帰って来ていない。
(マアそりゃ、あっちにはあっちで元々住んでいた家があるんだから当然なんだけどさ。)

仕事を終えたイルカの、アカデミーを出てからの足取りを想像してみる。
フラフラ、フラフラ。商店街の揚げ物の匂いに釣られて肉屋に寄る。民家沿いの通りよりも、草花の多い道を選ぶ。枯れたススキの原に何故か消える。躓き、転げてむっくり起き上がると薄汚くなっている。粗野な仕草で服をはたく。逞しく前進再開。橋のたもとから出てきた彼の、行く先は――。
(自宅。)
だったらいい、が。
(俺のあずかり知らぬ他人の家……だったら、どうしよう!)
考えがここに到った瞬間、白くなるまで握っていた拳を衝動的に壁に叩き付けかけたが、鍛え上げられた理性がそれを止めた。
(落ち着け、分かってる、大丈夫だ。)
肩で大きく息をする彼は、懸命に自身を鎮めた。

(だって、あの人は自分から俺だけのものになってくれた。)
カカシは、付き合っている人がいるのを知りながらイルカに告白した。諸々の事は追い追い処理すればいいと思っていた。なにも計算づくの思い切りで相手の事情を後回しにしたのではない。言うなれば意地悪に近かった。その時のカカシは、彼に腹を立てていたのだ。いつまでも殻から出てこようとしない頑なな彼に苛立ち、己の至れり尽くせりの好意が届かないことに歯噛みしていた。
(随分縮まっていた二人の距離を正視せずに、残忍な臆病さでこの俺を突き放そうとしやがって。)
繁った森の夏陰を歩く心地良さも手伝って、それで思わず告白してしまったのだった。
ところが、イルカは話す義務もない事実をわざわざ打ち明けてカカシのことを一旦振った。
そして、やろうと思えば出来ただろう二股を掛けずに清算してから、カカシの詰めていた待機所へ、今度は自分が告白をしにやって来た。
(これまでのあの人の人生はどうだか知らないが、俺には一途な筈だ。懐いてる……筈……だって俺は合鍵も作って渡したし、飯も美味いっていうモンを好きなだけ食わして………、………。)

脳の深みで先程の言葉が炸裂する。
――ちゃんと躾けてんのかえ。――
同時に、三日前のイルカを思い出した。
小暗い寝室と電球の点いた居間との戸口に凭れかかり、窓辺の鉢植えに水をやるカカシを見ながら、何とか言っていた。その肢体の輪郭はなぞれるのに、表情が逆光の黒さをしていてはっきりしない。彼は、何と言っていたか。
「確か……。」
確か、性的なことだった。
「そう……、……抱く……いや、抱かれる……だ。」


――誰かに抱かれたことがあるか?――

ダオン! と、大きな音を出して目の前の壁に穴を開けたかったけれど、結局カカシは実行には移せなかった。冷静さを身に付けてしまった忍は、こんな時に哀れだ。
「……小会合室だから……、あそこ……小会合室だから……。」
階段の踊り場で、拳と額を壁にくっ付け肩を震わしながら口の内でぶつぶつと物を言っている上忍の後ろを、ほかの上忍達は何事にも出くわしていない顔で素通りして行く。
「そういうの、禁止されてるし……っていうか部屋の許可とか禁止とか関係ないし……。」
ちなみに総務部から発表された今月のスローガン上忍用は〈どんな時でも平常心〉だ。
「なぜなら俺は断じて許可しないからだ! イヤていうかそもそも信じちゃってるから、行く気も湧かんよ! 俺の愛が廃る! でも気分が優れないのでこの壁叩き壊していいですか弁償しますんで!」
「いいともー。当方では責任を負いませんけどもー。」
独り言への応答にふと振り向くと、階段に腰を下ろして両の頬を包むように頬杖を突くタウがいた。
「……ア?」
「おう?」
「お前、どっか行ったんじゃなかったの?」
「さァあ、どうでしょう、か! タウかな? 俺、シイタ。」
「……ああ、どうも。」
「まーどっちでもいいよな。」
「うん。そこは、ご免。」
タウとシイタが双子なのか、それとも影分身の術が長きに亘って解かれていない状態なのかをカカシは知らなかったが、言ってしまえば正解には露ほども興味が無かったので本人の弁に乗っかっておいた。
「アー……それにしても……俺さあ、お前もしくはお前らのこと、嫌いだわー……。」
「いいんじゃなあい? 俺もぶっちゃけお前のことあんま好きじゃねえから。お前のこと、ワッ。」
碌な言葉を掛けられないカカシが遂にニコニコ笑い出した。
「裏・千年殺しをぶちかましたい。」
「ドンマイ。」
シイタも愉快げに笑いながらそう励ますと、立ち上がり、又すたすたと階段を下りてどこかへ行ってしまった。
顔から表情を消したカカシは凄まじく不機嫌になっていた。










-続-
3.-ヤマト->