単発text01_3
此処に眠る。
| 視点Y( |
抱合 |
| <2.-カカシ- |
| 鋭角の殻 自滅する百合 |
3.-ヤマト- 「ヤマトォ!」 「わ。」 お昼だ、パンだ、真昼の焼きたてパン祭りだと、浮かれ気分で事務棟から出たところを久しぶりのイルカさんに見付かってしまった。ついてない。 「心の友よー!」 そこまで親しくなった覚えはないと思っているうちに走り寄ってきた彼は、 「久しぶりィ!」 「……ちょあ!」 早い地点で地面を蹴ると両手を広げて飛び込んできた。信じられない。この人は、カカシ先輩とは違う方向で頭がおかしい。 イルカさんは、僕の先輩の所謂恋人、かつ生ける時限爆弾だ。この身にとっては先輩が作った爆弾以外の何物でもない。下手に触ると爆発するのだ。しかもややこしいことに、イルカさん本人でなくて先輩の堪忍袋が。実際の爆発を俟たずとも紹介された時点でその仕組みを疑う余地はない。あのぶっ飛んだ人間が大切にしようと思ったものに他人が爪を掛けるのは、自殺行為と言っても過言ではないだろう。僕は優秀な後輩だから、手抜かりのためしも今のところはない。 そうであったとしても、こんな危険物は一刻も早く、是が非でも差出人の元へと送り返さねばならない。なにせ慎重に扱っているからまだ目の当たりにしたことはないものの、こいつは確実に時限装置付きだ。制限時間は、要するに先輩の許容の限度。時間切れとは、それを超えて爆弾を持ち続けたということ、つまりは、先輩からイルカさんを借りすぎたということを意味している。 この厄介な仕掛けが手元で爆発して、それにうっかり巻き込まれるのだけはご免蒙る。そんな結末は、僕があまりに不憫ではないか。まだ青春を謳歌していない。 「ちょっと、やめてよ。」 失礼を承知で言わせてもらおう、この人に絡まれるのはいい迷惑だと。 それなのに、彼は、先輩を介して挨拶を交わしてからというものとてもフレンドリーに接してくる。僕だって、先輩の執着の対象でさえなければもっと打ち解けて親しくなっていた。なにもイルカさん自体に苦手の意識を持っているのではない。ただ、この人は取りも直さずカカシ先輩の特別な人なのだ。 「俺は最強の引きを持っている。ラッキー!」 イルカさんはスキンシップ過多だ。それに、こちらのサン付けを崩さない意図は毛ほども気にならないらしい。真正面から豪快に抱きしめてくる。その瞬間に、修羅の右眼から出た光線に肝を刺された気がしてぞっとした。 「抱擁、駄目! 絶対!」 「暇?」 彼は期待に満ち溢れた目をきらきらとさせて、この肩を放さずに見詰めてくる。 「ううん、暇じゃない。全然暇じゃない。」 「へいへい、これから俺とお茶しないかーい?」 聞く耳を持たないイルカさんは人懐こくて、無碍に断れないから少々弱る。 「へこたれないなあ。しませんよ、だって先輩は居ないんでしょ?」 「うむ、そう。だから。」 重大な問題を力強く肯定しないで欲しい。 「むしろ居たら困る。」 「居なきゃ困る!」 厄日だ、今日は。 「今日は俺とヤマトのマンツーマンだ。やったぜ!」 「どういうことですか、変なこと言わないで下さい。」 (なんだろうこのゴリゴリ来る感じ……似てる……。) 「ふむ、大人だなあ。教室でならやったぜ! って、返ってくるところなのに。」 「まあ、大人ですよ。」 「うん、大人だな。悔しいがそこは認めざるを得まい。じゃ、さくっと行っとくか。」 「ええええ、突っ込みたいところが有り過ぎて……いやだから、先輩を挟まずに会うのはやめた方が……身の為ですよ。僕の。」 「大丈夫だって。」 「アンタはね! でもこっちは大丈夫じゃないの。」 「お願い。」 「ていうか、もしかしたら諸共だよ。前例がないからなんとも言えないけどさ。」 「すぐ済む、すぐ済む。」 掴まれた両肩は、出てきたばかりの館へぐいぐい押し戻されてゆく。 (センパーイ! ここです、僕はここです、早く助けに来て下さい!) 彼にしてみれば、こちらが貴重な情報源かつ相談窓口なのは分かる。それでもあの、血みどろの鬼を闇で飼っているのをおくびにも出さない感じの人を抜きにして進める事柄なんかに、関わりたくなどないのが人情ってもんだ。僕は安穏な日常生活でまで先輩にちなんだ修羅場に同席したくない。 (それなのに助けを求める先がその鬼神だなんて、この世の中一体どうなってんだ。) 「さっそく小部屋に行くとするか。な。」 「なんで? なんで五階に行くの? 食堂とか、もっとさあ、ホラ、公衆の面前に居ようよ。」 「すぐ、すぐ。」 「二回繰り返すのは嘘って昔、くノ一が言ってたよ!」 板挟みは勘弁してくれと何度言ったら分かるんだと喉まで出かかったが実際のところはまだ一遍も口にしたことのない言葉を今回もまた飲み込んだ自分は、本当にお人好しだなと思う。それも仕方ない、僕はこの人のことも、先輩のことも好きなのだ。 それにしても、 「……疲れた。」 空いている一室を申し込んでドアを閉めるまでの緊張感ったらなかった。 入室早々脱力して机に突っ伏した、真横の椅子を引いてこちら向きに座ったイルカさんも左右の腕をにゅっと突き出すと、机上に投げ出した僕の二の腕を掴んで大きく揺すりながら喋る。 「なあなあ、あのさ、ヤマトに聞きてえことがあるんだって。」 「もう〜、なんなんですか。手短にお願いしますよ。」 こんがらがった配線を見たって僕では分からない。最終的には作った張本人に解除を願うしかないのだから、ここへ駆け込んでくるのはお門違いってもんだろう。 「カカシさんってさ、男と付き合ったことあんのかな?」 「あ〜、そういう感じの、話……。」 渋々むくりと上体を起こす。そうしないと、いつまでも不用意な手がこちらの肘に掛かっていそうだった。 「僕の知る限り、ないですね。」 「うーん、そっかー。」 「ていうか、誰かと付き合ったことなんてあるのかな。ていうか、人間に興味があるのかな。」 「ああ、ほぼないよな。」 「だよね。」 自分と同い年という親近感も手伝ってか、イルカさんは話し易い。先輩の、聞けば大半の人が失望したり幻滅したりするような一面についてもこの人はずけずけと言う。アカデミーで〈もっとがんばりましょう〉の判子を貰いそうなエリート忍者の裏話でつい意気投合してしまえるなんて、僕には相当珍しいことだった。 「うーん、じゃあ、やっぱり俺が受けて立つ、か。」 「何を?」 「ケツの開発?」 「ケ!?」 何の気なしに質問してしまった自分に往復ビンタを食らわせてやりたい。そういえば、この二人は付き合っているんだった。 普段はどちらもそういうニュアンスをちっとも匂わせないどころか喧嘩中なのかと勘繰りたくなるほど相手を顧みない素振りさえ時々見せる二人だから、どちらか一方と会っていても彼等と三人でいても、カカシ先輩とイルカさんが恋人同士だという実感はこんな話にでもならない限りあまり伴わなかった。直近では、「寝ている顔面に雑誌を落とされた」と一方が訴え、もう一方は「角じゃなくて平面だったという優しさになぜ気付かない」と主張していた。やれ「怒ってないから立て籠りをやめろと言ったくせに殴られた」の、「怒ってはなかったし、殴らないとも言わなかった」のと、いちゃつきとは認め難いいがみ合いをやっていた。この二人は恋とか愛とかいう力でくっ付いているのではなく、類は友を呼ぶ現象によってくっ付いてしまったと説明された方が納得できる。そんな人たちだ。 「いやあ、その内やらなきゃなあとは考えてたんだよ。」 「……ま、」 (唐突に何を言い出すんだ、イルカさん。) 雨漏りの屋根を修繕するような口調でそんなことをさらっと言わないで欲しい。この人は明け透けなところが玉に瑕なのかもしれない。 「うん、分かった。」 「ままま、」 「よし。」 「え、え?」 「ありがとう、ヤマトはいい奴だな、愛してるぜ。」 (だからカカシ先輩以外の人間にそういうこと言うなって! 危ないから! 言われた側の命がね!) 「下品な話をして悪かったな。」 「な、何それ、ひょっとして物の数分でもう総括に入っちゃってるの? ちょっと待って、なんなのこの有り得ないスピード感。」 「うん? もう決めたよ。こう見えても俺の中ではずっと燻ってた問題だったからな。」 「いや別にどう見えてもないよ。」 「まあまあ、後は始めるタイミングだけみたいなもんだったし。」 「それじゃなんだか僕が背中押しちゃった感じになってない?!」 「ふへ。」 「ふへ、じゃなくて。否定してよ。なに笑ってんの。」 「笑い事じゃないんだからね!」という僕の叫びを聞いているのかいないのか、がたりと椅子から立ち上がったイルカさんは、うんと伸びをしながら恐ろしいことを、まるで鍋に必要な食材の買い出しに行ってくると告げるように言いだした。 「俺、ちょっと地下街に行って必要なもん集めてくる。」 「ちょちょちょちょ、」 「ていうか、必要なもんってなんだろ。」 首を横に振ってボキ、ボキと鳴らしながらそんなことを呟いている。彼に何か話し掛けないと、今にも退室してしまいそうだ。 「そ、それは、先輩と行くの?」 「まっさかあ! 一人だけど?」 「だけど? じゃなくて! 何そのしれっとした顔。」 「だって、拡げ始めたところでどうせすぐには使えねえだろうし、」 「ひっ……。」 「そもそも使う気は、ないのかもしれねえし。」 「使わないならなんで拡げるの?!」 「いざって時の為?」 「いざ?!」 (もう嫌だ、この人は、本当に心臓に悪い。) 「せ、先輩は? 『ないかもしれない』って、もしかして何も知らなかったりするんじゃないでしょうね。」 「ケツの穴使います? それともカカシさんが拡げます? って、面と向かって訊けるか?」 「う……、……訊き方じゃない、かな〜。」 「じゃあ、どう訊いたらいいか教えてくれ。」 「……、……、う……。ち、ちょっと待って、まず、その場を想定するという峠が……。」 「ぶは! ヤマトったら、真面目さんなんだから。」 「……。」 「しなくていいって、気持ち悪ぃから!」 この時のイルカさんの男前な笑顔には惚れそうになった。 「――死んだ方がマシな屈辱に耐えるカカシさんの心中を思ったら、俺には耐えられねえよ。第一貶めたいわけじゃないんだ。俺も色々想像してみたんだけど、愛撫まではできてもさ、やっぱりあの人のプライドを傷付けるようなことなんか俺はしたくないんだよ。」 「はあ。」 処理し切れない単語の幾つかは聞こえなかったことにしよう。 「だったら俺が受けて立つ。俺、カカシさんのどこが好きって、プライドが好きなんだよ。」 「……。」 僕は、自分の尊敬するカカシ先輩にこんな答えを持ってくれているイルカさんをいいなと思う。 「うし! 覚悟はできた。」 そうだ、和んでいる場合ではない。しかしこの人をどの方面へ誘導すればいいのかはさっぱり分からない。空いた胃がきりきりと痛みだしてきた。 「俺の話はこれで終わり。」 部屋を出るのかと思いきや窓際へ移った彼は、ふおおと変な声を上げてソファに寝転んだ。 「この部屋のソファはフカフカだなあ。何号室だっけ、ここ。俺が借りるといっつも黒い革張りのやつの部屋に当たるんだよ。」 「そうなんだ、僕は滅多に来ないから他がどうなってたか、覚えてないな。」 「そっかー。ハー、俺もうここに住みたい。でも全室ブラインドってところがなあ。」 ここで寝たらいかんせん朝陽がどうしても、こう……と言いながらあっという間にイルカさんはこの空間を自分のものにしてしまった。 「コンセントは何口……まあそれはいいとして。ハイ次、ヤマトの番。」 「え。」 「なんかある? 言いたいこと。」 ごろりと寝返りを打ってこちらを向いた彼と目が合う。 「いや別に……。」 見事な寛ぎようだ。 「あ! ある、あった。」 「うん、どうぞ。」 「ねえ、先輩にさ、内緒で始めるのはまずくない? 相談して二人で決めた方がいいんじゃない?」 「え、なんで。」 「なんでって……、……分からない……けど……なんとなく。」 こんな時に、もっと的確なアドバイスができればいいのにと落ち込みそうになる。 「必要ねえだろ、俺の問題だし。他には? ヤマト自身の話。」 「……、……、……ない。」 「そっか。」 またもぞもぞと動いて仰向けに戻るとそのまま天井をじっと見詰めて動かなくなった、イルカさんに声を掛けようかどうしようか迷っていると跳ねるバネみたいに突然起き上がった、彼の態度はとてもさばさばしていた。 「じゃあ、俺はこれからすることがあるから、そろそろ出るか。」 廊下の始まりにある受付に鍵を返して、イルカさんとはそこで別れた。 「ヤマトの相談にもいつでも乗るからな。また遊ぼうな。」 「あ、はい……。頑張っ……て……?」 「おう! それじゃ又な。」 男気溢れる笑い方に惚れ惚れとした。 彼はその足で、本気で地下街に向かう気なのだろうか。 気圧されて思わず応援してしまったが、僕は全力で止めるべきではなかったか。 このまま触らぬ神に祟りなしでいるか、それともやはり耳に入れておくべきか。 上がってくるべき報告がなかったことが判明した時のカカシ先輩の怒気は筆舌に尽くしがたい。 イルカさんは先輩に話す必要はないとは言っていたが、内緒にしてくれとは言わなかった。 「……ああああ、もう〜!」 再び事務棟から通りへ出た僕は腹ぺこを我慢して、先輩の捜索を開始した。 -続- |
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