単発text01_4
此処に眠る。

sideK(I,K,Y,K+Y,KxI;前,KxI;後) 抱合

<3.-ヤマト-
鋭角の殻 自滅する百合



4.-カカシとヤマト-

木ノ葉の里には数条の大路が、弓形に敷かれている。そのうち北の外縁から小路に入り、ちょっとした森をさらに北へと抜ける。木立のなだらかな坂を下ると、横に長く伸びる黒塗りの高い塀が見えてくる。一本道の先の大門を潜れば、色街だ。
欄干も格子戸も朱塗りの建物が並び、宵を迎えると提灯や行灯に明々と火が点る。妖艶な手招きと嬌声と、朱と黒とを基調にした郭の派手な店がまばらになる頃、頼りとする明かりもぽつぽつと少なになる。そして、目を凝らして寂れた景色の先を見る。そうすれば、今までとはがらりと変わった雰囲気の軒並みがまだ奥にあることを知る。

その界隈を指して、地下街と呼ぶ。文字通り地面の中に造られている、というわけではない。地上にある。だから頭上には空が確かにある。
ただ、近辺の傾斜した地形に加え、西側には岩肌の崖が広域に渡り聳えているために、まるで地下にでもいるような感覚になるのだ。土地の窪みの、日当たりの悪い崖下の町、それが色街の向こうにある地下街だ。
日没後に通称地下街から賑やかな方角を見上げてみたら、段々畑と同じ要領で造られた、揚屋などが密集する斜面の一帯が漆黒の闇のなか、やけに魅惑的に映るだろう。森のあちら側に発展しているはずの里の中心街は丘の平らな頂上部にでもあるように感じ、その台形の上空も日が暮れるにつれぼうと白むが、こちらは色街が煌々と浮き上がる時分には暗くなってひっそりとする。
こうした位置関係が、その呼び名の由来の半分になっている。


また、夜の繁華街にしても地下街にしても、厳重に隔離されている閉鎖空間というのではないし、通じている道も一本きりではない。そうかといって、では老若男女に開かれた娯楽の地かといえば、表の市街地との距離やこの地域ならではの空気から、やはり大っぴらな人の行き来は寡少といえた。
特に、里で一般的な生活を送っていれば、色里を下り切った低地にひしめき合うようにして形成された区画には足を踏み入れることなく一生を終えるのが普通だろう。

そして、この場所を地下と呼び習わす理由の残り半分は、お世辞にも健全とは言えない町の雰囲気そのものにある。
星星の煌めきと競うように繁盛する妓楼で働く者たちの生活は、昼夜が逆転している。そんな彼等にとって地下街は、わざわざ睡眠時間を削って上り坂の向こうまで買い物に赴かずとも日用品や食材の補充を済ませることのできる、近場の小さな商店街だ。歩き方を心得た近所の住人は比較的安全な一角を、そうして部分的に利用して帰るのだ。しかし、そうでない人間がこの界隈を訪れるとしたらそれは大抵の場合、町の裏の顔に目的を持っている。
ここに来れば、公にはできない流通経路で仕入れられた品々が手に入る。いかがわしい薬も、特殊な用途の道具も調達できる。専門的で需要の少ない武器を作る職人もいる。一見さんお断りの店や隠語で商談が成り立つ店があちこちにあり、看板を出していない店も多い。生薬局が毒薬屋であることを知っている忍がいても、その隣の手芸用品店が本当は何で生計を立てているのかは、そこを利用する別の者しか知らないことだった。

一歩間違えば、胸騒ぎを催させる湿り気を帯びた路地裏に迷い込んでしまう。清く正しい人生を営む市井の人には無縁の物品が人知れず取引されている、それがこの町内における日常風景だ。





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ところで、ヤマトはまだ、火影岩から見渡せる一般市街にいた。

「すみません、ちょっと確認したいんですが。」
先ずは受付に寄る。カカシが任務中で不在だったなら、全てが徒労に帰すからだ。
担当者に調べてもらった結果、本日は任務に当たっていないことが判明した。里のどこかにはいるはずだ。
駆ける。
上忍待機所を覗いた。いない。
また駆けて、木ノ葉病院へ移動した。空振りだ。
自宅の住所。この後輩はそれを知らなかった。
(長期任務のあいだに起こった火事の延焼で家が無くなって強制的に引っ越しがなされていて帰ってきたら全然知らない家屋が自宅になっていた、とか言ってたのは覚えてるんだけどなあ。さて。)

他に思い当たる所など特になかったが先輩の居そうな箇所を無理矢理捻り出して、当てずっぽうに公園や本屋を飛び回りながら往来で忍に会う度にカカシの所在を尋ねて回る。
「すみません、人捜しの最中なんですが、カカシ上忍をどこかで見ませんでしたか。」
この質問を繰り返したヤマトは、何人目かの通行人から有力な目撃情報を得ることができた。

「カカシ上忍なら、鍬をぶんぶん振り回しながら町の外れに歩いて行きましたよ。」
青白い顔色のひ弱そうな忍が手首をクルクル回して、別の片手はズボンのポケットに突っ込んで猫背を作った。
「こんな感じでね、足取りも軽く。」
「そ、そんな……そんな猟奇的な光景がこの木ノ葉の里において、まかり通っていていいんですか!」
「いや私に言われても……。」
「そうですよね、申し訳ない。」
「ああ、そうそう、なんでも鼻歌を歌っていたそうです。」
白昼のもと出くわした異様な光景に肝を潰し、硬直したところで覆面の鍬男と擦れ違う形になってしまった善良な里人が、体の強張りが解けてから周りにそう話していたのを耳にしたと言う。つい先程のことだそうだ。
ヤマトの顔から余裕が消えた。脳内で響く何かしらの音楽にカカシが浸っている時は、危ないことを知っていたからだった。
「変わった方ですよね。」
「ええ。」
警務部隊に連行されておかしくない目撃情報に、そのいかれた男の後輩である彼も思わず気が遠くなりかけた。それをなんとか堪えて、やる気を絞り出してから、ご協力感謝します、では、急ぎますのでこれにて失礼と口早に述べると、彼は地面を蹴って小さい川を越えたところに広がる畑作地帯を目指した。
(居て欲しいけど、会いたくない気分になってきた。)

カカシの世界に流れる音楽の、作曲者も題名もヤマトには分からない。それは聴いた覚えのない旋律だったし、聴くたび違う楽曲に思われた。ただ一つ、他の音など何も聴こえなくなるくらいの大音量で氾濫するように鳴っているらしい音楽に支配されて動いている時のカカシが怖いことだけは、断言できた。
彼と組んだかつての任務でそれを嫌というほど経験していたけれども、まさか私生活において限界間近の状態にまで陥ることがあったなど思ってもいなかったヤマトは焦る。
(里の中でもなるのかよ――。)





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これから地下街に行くと宣言したイルカと別れて、即刻カカシの居そうな場所をしらみ潰しに当たっていたヤマトは捜索開始から三十分を過ぎた頃にやっとの思いで、やみくもに鍬を振り降ろしている自身の先輩を捜し当てた。
「もう。」
ここは、はたけ家所有の土地だ。
代々受け継がれている畠なのだが代々多忙を極めるものだから、隠居した先代がそろそろと作物作りに着手しても戦力外通知を受けた老骨では農作業も思うようには捗らず、なんとか形になったところで逝去する。そして任務遂行に明け暮れる次の代がもれなく枯らす。どの代も現役のあいだは気分転換の土弄りに挑戦しては台無しにすることを繰り返し、春になると一面にレンゲソウを咲かす、里の人たちからは万年休耕田というあだ名が付けられている一画だ。一画といっても、一朝一夕で耕し終えられる規模ではない。

「先輩!」
「ア?」
可愛がっている後輩が土手を駆け下りて来る。早春の空の下、振り降ろした鍬の先をまだ硬い土に食い込ませ手を休めたカカシは気分のままの刺刺しさで応じ、顔を上げた。
その様子を見て一先ず安心したヤマトは、話を進めれば進めただけ難しくなる抗議を先にしておいた。
「僕はお腹と背中がくっ付きそうですよ。」
土と草の匂いがする。
「あらそう。」
雑草ごと鋤き始めていたカカシは再び両腕を振り上げ、振り降ろす作業に戻る。
「そんなことを一々言いに来るな。」
ザク、ザク、と鳴る音の合間に言葉を繋ぐ。
「俺は、お前の、お母さんか。」

「僕をこんな体にした責任は後日にきっちり取ってもらいますからね。」
腹を空かせて尚更気が立っている後輩はぷんぷんしているが、先程から一人の時間を邪魔してくる後輩に、先輩の方も苛立ちを募らせていた。
「何その処女みたいな言い方。引っぱたいてやろうかしら。」
「もっと分かりやすい所に居てくださいよ。」
ザック。
「何処に居ようが、俺の勝手だあよ。」
「こんなところで何をしているんですか。」
「畠ですることなんて、農作業以外に何があるのさ。」
ザック。
「土と触れ合っている場合なんかじゃないですよ!」
「馬鹿か。」
ザク、と勢い良く大地に叩き付けた鍬を立てて柄に寄り掛かるようにし腰を伸ばした、ばりばりの現役凄腕忍者は大根役者の演技で澄ました。
「こんな時だからこそ。」
「きりっとした顔なんて作らないでください、もう! こんな時だからこそ、何やってるんですかって言ってるんですよ!」
「俺はのんびり上忍師ライフを満喫するんだ。これ以上俺の精神統一を邪魔したら許さんぞ。」
先輩の不機嫌に付き合っている暇はない。後輩は無視して、自分の用事を切り出した。

「先輩、先輩。僕、さっきまでイルカさんと居たんですけど、」
「おーまーえーかー。」
それまで今にも眠りに落ちそうな目付きで足元を耕していたカカシの手が、耕具の柄からするりと離された。ゆらりと揺れて、眼光が一気に鋭くなる。直前のわざとらしい力強さとは全く異なる、本心から出た険しさだった。
「まさか先輩、それで殺気立ってたんですか。」
凶器を放棄し素手で殴打する気満々とでも言うように拳を握りしめている。
「な、何? 僕は何もしてませんよ?! 取っ捕まったのはむしろ僕の方で……ってそんなことよりも、ちょっとお耳に入れておいた方がいいかと思うことがありまして。余計なお節介だったら本当にすみません、僕も御両人のあいだに立ち入る気などはまったく」
「要点。」
「イルカさん、地下街に行く気です。」
「は?!」
素っ頓狂な声を発してあっけにとられたカカシの口が、開いたままで塞がらない。彼の晒された片目も久しぶりに全開になった。


混乱状態の先輩の頭が思考を取り戻すのを待つあいだ、ヤマトは、恐ろしい決意表明に反しソファで寛いでいたイルカの、目の前のカカシとは対極にある能天気な姿を思い出していた。
「……あの人、どこでも自分のねぐらにしそうですよね〜。」
「アァ?!」
はっとした後輩は、チリチリする己の皮膚でもって先輩の怒り具合を感じ取り、口を結んだ。
(地雷になる項目を誰か纏めて本にしてよ! 四千両までなら出す。)
「俺だって、たかだか三日顔を合わせてなかっただけでこんなことになるなんて思わないだろうが!」
(この物言いよ……。つくづくこの人は恋愛に向いてないと思うな。)
「何が起こってるんだよ、一体! 地下街になんて何しに行くのよ、何か任務でも入ったわけ? 俺なんにも聞いてないけど、お前ほかに何知ってんの。ていうか、なんで俺が何も知らされてないんだよ、なんなのこの状況。何やってんのあの人。だってもうさあ、ねえ、野良じゃないだろうが!」
「……。」
「クソ、あの大型犬野郎、なに好き勝手なことしてんの? ああ、もう、苛苛するわ、ほんっと胸糞悪い、アー……頭痛い。」
カカシが多弁になりだしている。共に任務に就くことが多々あった十年近くのあいだに先輩の色々な顔を見てきた後輩は、非常な危機感を募らせた。

「その……自分の……、あの……体を、開発? するつもりらしいです。」
こめかみをぐりぐりと押さえていたカカシの指がぴたりと止まった。
(かいはつ……開発? 開発って、何を……何を開発するって? ……、……、……体、だと?)
「どういうことなの。」
すっと腕を下ろして静かに訊ねる、後輩の方を見たカカシの目は完全にいかれている時のものだった。ヤマトに向かって話している意識があるのかどうか疑わしい。姿の見えない誰かとのあいだで成立している会話のように、ヤマトとは視線が合っていないのだ。きっと脳内の音楽はすっかり止んでしまっているだろう。
「えっと、ですね。」
(僕が自軍側だってことは、分かってくれているのかな。)
長閑な郷里の畠にいながらヤマトは冷や汗をかいていた。
「だから、地下街で必要な物を買い揃えて、ですね、その……受け身になる準備を、お始めになられる、ようです、よ。」
「……。」
泣きそうになりながらヤマトは報告をする。この時、〈世界で最も関わりたくないカップルランキング〉の第一位が彼の中で決定した。ぶっちぎりで選ばれた御両人は言うまでもなくカカシとイルカだ。
「僕、この爆弾情報を胸に秘めて生きて行くなんてまっぴら御免だったので、告げ口しに来ちゃったんです。」
「でかした――、テンゾウ……。」
(ああ、まだ良かった、一応僕を認識してくれている……多分。)
暗部時代のコードネームで呼ばれたヤマトは、意識が朦朧としているみたいに異常にゆっくりと喋るようになったふらふら揺れるカカシから目が放せなかった。隙を作ったら動脈を掻き切られるかもしれないという警戒心を解けないまま、それでも態度だけはなるべく普通に接し続けた。
「毎晩安眠したいんです。」
「で――、その――、イルカサントカイウヒトノ――、現在地――、わかる……?」
「さあ。事務棟で別れましたから。三十分は経っちゃってると思います。」

目を閉じ。
息を吸い。
ゆっくりと吐いてから。
早春の土の匂いに包まれてしていた精神統一を止め、
「――クソがァ!!」
ぶち切れたカカシは滅多に発しない怒声を残して瞬身を使いあっという間に消えてしまった。


可視化するなら尖った氷柱が相応な殺気から解放されて、ヤマトはほっとした。
(……なんなの、あの人たち。)
「しかし先輩、私生活であの状態になることあったんだ。……怖。」
(……いや、ない。やっぱりないよ、そんなこと。先輩はそんな人じゃない。)
「とすれば、やっぱりイルカさん絡みだからなのかな〜。でもあんなに怒ることないよね。」
(……ある? あるの、普通?)
先輩の継いだはたけ家先祖代々のだだっ広い畠にぽつんと取り残された後輩は、じわじわと不安になってきた。
「だ、大丈夫だよね。相手のことは好きな訳なんだし……愛ゆえに、っていうやつなんでしょ? 本気だからっていう、あれでしょ、そうだよね?」
彼は、主にイルカの身を案じているのだ。
「え、でも愛って何? 怒りの源なの?」
(……逆に? 逆に、愛ゆえに及んだ凶行的な結末も有り? 第一分隊出動要請しておいた方がいい感じ? ていうか……だから……愛ってなんだよ……、何それ美味しいの?)
「い、いけない、また暗部に帰りたくなってきた。僕だって表部隊ライフを満喫するんだからね!」
ヤマトは落ちていた鍬を拾い上げると先輩の耕した部分をお手本に、無心で畑を起こし始めた。そうして黙々と土を混ぜ返していたが畝の作り方など知るはずもなく、しまいには飽きて帰った。










-続-
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