単発text01_5_2
此処に眠る。
| -( |
抱合 |
| <5.-カカシとイルカ;前- |
| 鋭角の殻 自滅する百合 |
6.-カカシとイルカ;後- やがて沈黙を破り、話し始めたのは、今度はカカシの方だった。マスクを下ろすと端正な素顔が半分、顕わになる。 「イルカ先生。」 まず、断っておくべきなのか、それとも敢えて告げるのは愚の骨頂なのかという二択で迷い、それから、切り出すにしたってどのタイミングが適切なのかで再び迷い、事ここに到るまで打開を試みずに結局ズルズルと引き延ばしている問題を彼は抱えていた。 「俺、アンタのことが好きだから、やっぱりそのアンタには嫌われたくないんだよ。」 イルカは深く頷き、同意した。 (分かります、俺も、好きな人に突き放されるかもしれないという凄まじい恐怖を味わっているところですから。しかも前半は死の香り付き!) ばつが悪そうに話す立場は、先程までとはまるっきり逆転してしまった。 「それで、自分が不利になることをわざわざ言うのは嫌だし、それこそ一々言うことでもないと思ってた。けど、最近は……。」 カカシは気分が悪くて吐きそうになっている。 (なんて疲れる感情だろう!) 「……だ…………、」 彼の愛読書は恋愛小説だった。ところが、そうした物語にある心理描写は、己の被っている実際のものとかけ離れていた。この不一致に一体何度打ちのめされたことか、自身が主人公になってしまった彼は、愛するなんて一番疲れる感情だという解に行き着いた。自滅への第一歩だと、危惧さえした。なのに、イルカへの思慕を消滅させることは不可能だったのだ。 そのおかげで彼の毎日は、心の束が散らばって狂ってしまったらどうしようという不安に塗れている。彼自身がどうにかなるのは別に構わない。カカシは、そうなった自分にイルカが何かをされたらどうしようという心もとない気持ちを持て余しているのだった。 「……大事? に……したいんだったら、話しておいた方がいいような気もしてた。だから、言うよ。」 「は、はい。」 イルカはなんとなく居住いを正した。 「俺、両手を縛って……さらに片足も縛ってしまう時もあるんですが、それに目隠しをした状態でしかやったことがないんだよ。」 「……、……、……、……はい?」 カカシはボサボサの髪に手を突っ込んでいっそうぐちゃぐちゃにしながら解けない難問に挑む人のように、視線はイルカの膝頭のあたりに固定してぶちまけた。 「相手の、状態です。言葉にして表わすと、こう、非道な感じになるけど……アー……あ、無論合意だよ。」 「あ、はい。」 「金もちゃんと払ってます。」 「か?」 「料金。」 「……、」 「店の。」 「あ、ああ……。」 「あ、そういう店なんですよ、初めから。ああ、えっと、だから、金を積んで無理を通している訳ではなくて、」 「あ、大丈夫です、ええ、理解しました。」 こんな話題の時に何故か懇切丁寧になるカカシの説明が相変わらず超個人的なツボに入ってしまうイルカは一番笑ってはいけない場面で吹き出しそうになり、慌てて口を挟んで危うい局面を乗り切った。 イルカは、これまでカカシが途中でやめるのは、同性という前提も含めて、例えば顔形だとか、感じ方だとか、どちらかといえば己の側に原因があるからだと思っていた。そして、ネックになっている項目のうち取り除くことが可能なものについては、その数を減らせば減らしただけ互いの仲は好転すると考えていた。けれども、どうやらカカシは主に、自身の抱える悩みに進展を阻まれていたらしい。 「マァ、それで……ですね。」 「ええ。」 「ここをこうしたらこうなるとか、どこがどうなっていくとかいう、生体の反応を収集しがてら俺が抜ければ、気持ち良くなかろうが不満しか残らなかろうが、向こうのことはどうでもいいと思っていたもんですから……。」 「ああ……。」 信じられないとも、酷いともイルカは声を上げなかった。これまでの付き合い方を顧みている自分だって、明らかに詰られる側に属している。 「……幾らでも、代えが効く関係性だったんでしょう、カカシさんにとって。」 「それが、人から見れば最低だということは分かります。」 イルカはただ苦笑した。 己を見失うことを恐れるカカシは、それでも自分がどうかなるくらいならまだましだと考えていた。 「そういう訳で、……。」 真に回避したいのは、形体のいかんに拘らず、自分のせいでイルカを失う結末だった。 「なるべく……ああ、肉体的にも精神的にもです、傷付けないようにはしたいんだけど、やったことがないから、こう、自信がないとは言いたくないんだけど、懸念が先立つというか……。」 「俺、最初から拘束はちょっと勘弁して欲しいんですけど。」 「分かってるよ。」 なぜかむっとしたように即答したカカシの様子一つで、これまで緊張を残していたイルカの気持ちは完全に、簡単に弛んでしまった。怒った彼は怖くても、臍を曲げた子どもみたいな彼はチャーミングだ。 (本当に、この身を活かすも殺すも彼次第なんだなあ。) それが恋心なのかどうかは分からないが、何であったところで悪いものではないから収まるカテゴリは何でもいいだろうと彼は思っている。 「カカシさん。」 「……。」 「俺、頑丈ですよ。」 そう言ったのを聞いた刹那に歪んだカカシの、高い高い空中で初めて綱渡りをさせられている少年のような表情を見たイルカは、彼の代わりに泣いてやりたくなった。 「触って、確認してみますか?」 微笑みかけながらイルカはもう一度言った。 「俺、頑丈ですよ。」 「……。」 「抱き締めても、強く掴んでも。柔らかさを求められると困っちまうんですが。」 「……。」 「柔らかくはないですけど、丈夫です。」 「……。」 「カカシさん。それと、俺は大丈夫な時にしか大丈夫だと言いませんから、このことを覚えていてくださいね。」 発言者は、述べた内容が嘘になる主観的事実はこのさき生じないという確信を持っていた。 「それに、もし触られるのが嫌だから縛っていたというのであればその理由を俺は教えてもらって納得したから、ベタベタ触りません。それなら、拘束の必要はないんじゃないですか。どっちにしろ、腕が自由だからって縋り付きゃしねえだろうし、相手の動きを読む自分の働きに疲れるというのも分かりましたが、それだって、俺はそもそも貴方にはなんの危害も加えませんよ。そこは信じくれとしか言えません、が!」 カカシが急に抱き付いてきたからイルカの言葉尻は跳ねた。 小さく震えながら物凄い力で締め付けてくる。肩に顔を埋められ、押し付けられた口から洩れる息が熱っぽい。 (……泣かせちまったのかな。) イルカは、天才と謳われた一流の忍であってもシンパシー能力には乏しいと思われるあのカカシに、意外と影響を及ぼしていたことを自覚した。 その背中にそっと手を当てて、 「これも、嫌ですか。」 そう聞きながら軽くポン、ポンとゆっくり叩いてみた。そしたら、 「餓鬼じゃないんで。」 というくぐもった声が返ってきた。それは、やっぱり泣いているようだった。 「嫌かどうかを聞いているんです。」 さする動きは止めずに繰り返すと、嫌じゃないと小さい返事が返ってきた。 顔を逸らしているくせに頬はイルカの肩にくっ付けて、離れるでもなくイルカを緩く腕で囲ったままカカシはぼそぼそと喋った。 「……俺……気分が亢進して、イルカ先生を酷い目に遭わせて、後からそれを知ったとしたら、……里の為には死ねないかもしれない。」 イルカの心裏に地下街でのことが蘇った。 「カカシさん。」 多分、服を脱いだら痣が数カ所できているだろう。 「イルカ先生を、壊したいわけじゃ、ないんだよ。」 「カカシさん、俺の方がね、アンタのことを好きなんですよ。」 「……は?」 頬を離してイルカの顔を確かめに、カカシが正面に戻ってきた。イルカは、今はもうすっかり怖くない彼がした瞬きを可愛く思った。 「アンタが俺のことを好きな度合いよりも、俺がアンタを好きな度合いの方が大きいってこと。俺の愛は、アンタが『これくらい想われてるかな』と踏んでいる域なんかより遥かに広大ってこと。要するに俺の勝ちってこと。俺の方が凄いってこと。」 「それはどうかな。」 「俺の愛をなめるなよってこと。」 イルカは、カカシの為なら羞恥心も捨てられる。その自分を全力で抱き締める彼と、両想いだという奇跡に感じ入った。 「とにかく、もうアンタ一人の身体じゃないんだから、俺になんの断りもなくこの身体に変なことをするのはやめてよね。」 カカシは念の為に釘を刺しておいた。 「分かった?」 「俺は身重か何かですか。」 「人のもんに勝手するなっつってんだよ。」 茶化したイルカに、カカシはまたちょっと御冠になる。 「俺が俺のもんを大事に扱おうとしてるのに、アンタがそれを傷付けるようなことが許されるとでも思ってるんですか。その身体は俺のもんなんですよ。」 この文句を聞いた彼は、どこかのくだりであった「余計なお世話です」という発言にやっと合点がいった。 イルカの方では伺いを立てずに何かしていたということに腹を立てられたと思っていたのだが、どうやら相談の有無が重点ではないらしい。 カカシの視点で今回の事件を見れば、確かに無断であることについても物申したいが、なにより持ち主があえてそのままにしてある物に他人の手が加えられようとしている、それは許せない、ということだ。つまり彼にとってはイルカ本人でさえ、イルカのことを大事に思う自分から見た自分以外の人間、という捉え方になる。 (……や、ややこしい感性だな。) イルカはしかし、そんなカカシが好きだった。人の成長はどこかの歳で頭打ちするものではない。 (この人の傍で、俺はもっと賢くなれる。) そして、俺ならこの人の心を必ず安定させられる。己の未熟さが足を引っ張ることもあるだろう。取り零してしまう喜怒哀楽もあるだろう。だけど、二人で生きれば互いによりよい明日がくる、と彼は思った。 ふと、明日のことはさておいて、とイルカはあることを考え付いた。 (カカシさんのロジックはこっちにも使えるのか?) イルカの体は俺のものだと言い放っていた。その点についてだ。 「あの。じゃあ、カカシさんの体は、」 「俺のものです。」 「え!」 きっぱりした返答ぶりに思わず声が出た。「……え?」 もう一度窺いますが、という前置きとおまけに咳払いを一つして相手にしっかり再考の時間を与えてから、イルカは導くようにゆっくりと確認する。 「俺の体は、カカシさんのものでしたね。では、カカシさんの体は、」 「俺のものです。」 下唇を噛んで聞き間違いではないことを認めざるを得なかったイルカは直後、憤慨した。 「傲慢じゃねえ?!」 「うるさい。」 「堂々たる理不尽ぶりじゃねえか!」 「そんなことも知らなかったんですか。」 「知ってましたけど!」 「なら問題ないですね。」 「そうですね……あ? あれ、違う、こんなのはまやかしだ、問題はどこかに絶対あったはずなんだ!」 その都度からくりの不明な玩具を眺める気分になるカカシは、こうして騒ぐイルカが好きだった。 「ちくしょう、なんなんだ、この腑に落ちない感。」 イルカは喉がカラカラだったことを思い出して台所へと立った。後から付いてきたカカシが言った。 「腑に落ちないといえば、まだこちらにも二、三、聞きたいことが残っています。」 イルカが水道に手を伸ばすと、背後に貼り付いていたカカシは流れ始めた水をその手の上から止めて、もう片方でもイルカの手ごとコップを掴むとシンクに一旦下ろさせた。こんな時に手甲を外して直に触りたいと思う自分に慣れずにいたが、そうしたいという欲望はいつでも随分手強い相手だった。 「ねえ、俺の手甲、外して。」 首元で喋られると、イルカはくすぐったい。 「自分で外せよ、甘えんな。」 「外して。」 カカシの指先は冷たく、部屋も寒い。今は、まだ春が来ない季節のせいだ。湯を沸かして、何か温かい物を飲むことにしよう。イルカは勝手知ったる部屋のシンク下から片手鍋を取り出して水を汲み、コンロに掛け始めた。 「聞いてる?」 「そこで喋るな。邪魔。喉が潤ってから。」 「むかつく。」 「すぐ拗ねる。」 「使ったことなかったの?」 「……は?」 間近で目が合うとイルカは抱きすくめられて、カカシは捕われた人に自然の流れで口付けた。一頻り繰り返すと舌を入れだす前にカカシの方が唇を離し、でたらめな順序で注意した。 「教師にしては、言葉遣いが汚いですね。」 「はあ?」 「なんでもいいけど、色気がなさすぎる。」 「……。」 イルカは漸く話題の在り処に気が付いた。 相手の抗弁が始まるより前にカカシは、ひらりと細流を飛び越える軽やかさで次の追及事項へ移る。 「三日間、どこへ行っていたのかも尋問しなきゃねえ。」 「質問でいいでしょう。」 「尋問。」 「あれ、もしかして……まだ怒って、ま」 「す。」 へへ、へへへと誤魔化すようにイルカが笑うと、カカシも妖艶に口の端を上げた、そのとき同時に細められた目ばかり少々意地悪く光った。 「カカシさん、言っときますがね、俺は痛かったら痛い、痛いと喚きますからね。」 「猿轡を用意しろということですか。」 「馬鹿か。」 「……いい度胸だ。」 こうして、二人の仲は密になってゆく。 終. |
| (2012.05) |