単発text02_1
此処に眠る。
| sideK | 酒の肴 |
| 蓼喰う虫の休日 |
1. 部下として率いることになった第七班の三人をアカデミーで教えていた、元担任である男のことがカカシは嫌いであった。 元々教師という生き物とは考え方がどうにも合わない。彼らの頭の中に詰まっている理想論が鼻に付く。爛々と輝く目が映しているのはユートピアなのか。出所不明の意欲に支えられて立っている様を見ると、頭のネジでも緩んでいるのかと疑ってしまう。役に立たない理念や矛盾する道徳を教えるくらいなら、何が起こっても狼狽えずに行動する冷静さを身に付けさせて欲しいと専ら現場の任務に当たっているカカシは思っている。 そして、そんな彼の嫌う教師像を絵に描いたような男が最近知り合ったアカデミー教師、うみのイルカなのであった。 「カカシ先生、この後、何かご予定は?」 任務の報告書を提出に行き、兼務で座っている受付のイルカに出くわすと必ずこうして話し掛けられる。 最初にこの質問を受けた時に、どうしてそんなことを聞くんですと理由を訊ねたら飯でも食いながら貴方とゆっくり話してみたいんですと返された、カカシのこめかみには青筋が立った。ずかずかと人の領域に入ってくる馴れ馴れしさも、アカデミーでは素直だの社交的だのとまるで長所のように評価するのであろうが俺には虫唾が走るだけだ。そう思い、お前と親しくやるつもりはないという壁を作ってにべも無く断った。ところが、イルカはその仕打ちに全く懲りなかったのである。 会う度に、お時間は、と人が好い笑顔を振り撒いてくる。 「暇ですけど、アンタの為に使う時間はありません。」 「そうですか。じゃあ、また今度。」 いくらつれない態度であしらっても不屈の精神を持っているのか、へこたれる様子がちっともない。 そのうち、言葉を交わす機会や姿を見掛けることが不本意ながら度重なるにつれて、カカシは、枠に嵌った教師という相手に対する認識を改めさせられた。あれほど型通りらしく見えた第一印象も近頃では幻であったかと思われる。今では図太い神経がどうとかいう一部分の問題ではなく、すっかりイルカ自体が全体的にいかれた造りをしているという捉え方になっていた。 (俺の垂れ流す『寄ってくるな』のオーラを完全に無視して何度でも近付いてくるのは、ガイかこいつくらいのものだな。) ガイというのは、カカシとは昔馴染みの熱血漢である。大昔に一方的にライバルだと認定されてから、どちらも共に暇なし上忍に昇格した現在に至るまで、カカシは何遍も何遍も、一時期などは日課の如く、最早数えていられないほど繰り返ししつこくこの人物に絡まれ続けている。それを心の底から鬱陶しがるのもしょっちゅうであったが、だからといって彼を嫌っているのかといえばそうでもなく、カカシはガイの人生哲学を暑苦しいと思いながらもそれはそれとして、己にはない良い観点であると認めていたから毎回適当にかわしたり付き合ったりしていた。 実際、人間嫌いで有名なカカシと長年付き合いがあるのは、どんな態度の彼にも構い掛けてゆける突き抜けた度量というのか、挑戦し続ける根気というのか、そういったある種の個性が備わった者である。当然そんな人間は滅多にいない。いてもすぐに死んでしまう、それがカカシの生きている世界であった。 ある日、受付所のドアを開けて長机の向こうに座るイルカを見てげんなりとなった折に一つの考えがカカシに浮かんだ。 (毎回断り続けるのも時間の無駄だから、心の交流会とやらに一回付き合ってやって、黙らせようか。) 「カカシ先生、今度お暇な日を教えてください。」 「構いませんけど、俺は外でマスクを下ろす気はありませんよ。」 「ああ、そうか。それじゃ、うちはどうです? 汚いけど、人を呼べるくらいには片付けておきますから。」 「どこだっていいですよ。」 「よっしゃア! 心の交流会、遂に開催、決定!」 「恥ずかしいからあまり大きな声を出さないでもらえますか。」 済みませんと恐縮して然るべきこの瞬間、 「ふぃー。」 謝るどころか変な声を出し、ぐっと拳を握り締めるイルカは明後日の方を振り仰いで朗々と独り言を述べていた。 「長い道のりだったぜー。待ってろ、第七班!」 カカシは、我が耳を疑った。 「あいつらも呼ぶつもりですか。」 「いえいえ、話題ですよ、話題!」 ほんの数秒前まで、心の交流と言うからには里でも一等の忍である自分と懇意になりたいのだとばかり思っていたカカシはその魂胆が気に入らず、覆面の下で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ところが今の言葉からすると、彼の率いる班の話、もっと踏み込めば率いる上官の人物像よりも元生徒らの近況の方にこそ興味があるらしい。それを察知したカカシは次の台詞を聞いて、猶更イルカの脳内を読み切れなくなった。 「あ、うち貧乏だから、上忍さんに肴の持参をお願いしても宜しいですか。」 「そんな馬鹿な。マァいいけども。」 「いいのか、なんだ良かった。」 「……。」 「どうしました?」 「あのさ、前から思ってたけど、アンタ頭おかしいよね?」 歯に衣着せぬこの物言いも手伝って、カカシは自らが他人を寄せ付けないのと同じ分だけ周りからも距離を置かれていた。本人は毒を吐いているつもりも嫌味を浴びせているつもりもなく純然たる思いを口に出しているにすぎないのであったが、顔色を変えずにそのことを受け入れ対等に言葉のキャッチボールをしてくれる人間などそうそういないものである。その名を轟かせる車輪眼のカカシという天才忍者は、故郷の木ノ葉においてはきつい性格でおまけに無神経な男として有名であった。 一方、イルカという中忍のアカデミー教師は、黙って立っていれば中の上でも下でもなく、まさに中の中たるがゆえの中忍らしく思われた。それが実は、初対面でも話して小一時間後には個性的な人ですねと言われてしまうのは何故なのかという悩みを抱えているような男だったのである。 「他の部署の人からテンションがおかしいとは言われますけど……。でも、アカデミー教師は基本的に皆こんなノリですから、周囲からは浮いてませんよ。……多分、……きっと。」 「浮いてると思うよ。」 「そんな馬鹿な!」 「うざい。」 「へへ、忍法そんな馬鹿な返し。」 「んー……、人を苛付かせるのが上手いのかね。」 「そうですかあ? 照れますよお。」 「誉めてないことだけは確かだ。」 「はは! カカシ先生って面白いですねえ。皆、俺とはあんまりまともに会話してくれないんですよ。長く話してくれないっていうか……悉く会話することを放棄して逃げて行くんです。やあ、嬉しいなあ!」 「ホラ見ろ、やっぱり浮いてるんじゃないか!」 「ぬははは、ほんとだ。カカシ先生と喋っていると発見があって楽しいですね。」 この時点で気付くべきであった。カカシは既に、突っ込んではいけない世界に片足を突っ込んでしまっていた。しかしそのことを彼自身が悟ったのはかなり後になってからである。 2. 初夏の夕べ。日中は上がった気温も太陽が傾くにつれて涼しくなってきていた。夕陽を背に立つカカシはワンダーランドの扉を叩く。見た目は何の変哲もないアパートのありきたりなドアである。 「いらっしゃい。」 「遠い。」 イルカが先日書いて渡した住所の紙切れをその胸に突き返し、カカシは挨拶をすっ飛ばして不平を口にした。彼は誰にでも同じ態度を取る。 古くからの友人ならばそれで済むかもしれないが、さほど親交のない人間には不遜に感じられても仕方のない言い掛かりである。ところが、イルカもイルカであった。それはどうもわざわざ遠い所を御足労頂きましてとか何とか、労いの意を表していいはずのこの場面で目上の客に気を遣う素振りも見せない。 「そうでした? お風呂にします? 飯にします? それともオ、レ? なーんつって……まあどうぞ。」 と、軽く受け流してしまったのである。慇懃に出迎えるどころか初めて訪問したカカシをもう何度も来ているかのように扱い、さっさと奥へと引っ込む背中を見せてイルカは喋る。 「まあまあ、その辺に、適当に座って下さいな。」 玄関口で取り残されそうな雰囲気に慌てて足首を振り振り、サンダルを脱ぎ払うとカカシは家の主を追い掛けるようにして後に続いた。 「さあ、じゃあ、さっそく飲みますか!」 きょろきょろと辺りを見回しまずは妥当と思われる場所に座った客の手にビールを一缶握らせると、イルカ自身も手元で景気のいい音を出した。 「お疲れさんでーす、ようこそ我が家へー、乾杯ー。」 全く改まる気のない口上をあっさり終えたこの会の発起人はぐびぐびと喉を鳴らし、プハアとさも満足気に声を上げた。そんなホストの態度より何より目前に広がる光景に、招かれた方は気を取られていた。 「乾杯……イルカ先生、今日って他に誰か来るんですか。」 正方形の机に所狭しと並ぶ、大皿に盛られた炒飯や豚キムチ、山盛りの鶏の唐揚げに筑前煮、角ぎりぎりに収まっている鍋一杯のおでんを眺めるカカシが聞いた。 「いいえ、二人きりですよ。別に誰を呼んでも構いませんが。誰か呼びますか。」 「いや。……この、どう考えても大人数を想定したとしか思えない飯の量が、引っ掛かったものですから。」 「そうですか。いえね、ホラ、カカシ先生は食が細そうだし、」 「ハ?」 「今日、うちで一杯食って帰ってもらおうと思って。」 「俺のどこを見てそう言うんですか。」 「んー、こう、全体的にシュッとしてるから。」 「屈辱的だ。」 「はは、そんな意図はありませんよ。」 悪意の無いことは言い方で分かる。彼には、謝らないイルカが好印象であった。なぜなら、カカシは雑談というものが上手く出来ない男だったからである。その自分がイルカとは普通に会話が続けられているということに、彼は気が付いていた。 カカシは談笑というものが大の苦手である。ふわふわとした浮き雲のごとく自在に形を変えて流れゆき着地点などなくて良い話の、仕方が分からないと言う。だからおのずと、それの相手をした者が洩らす声の大半も、非凡な存在から発せられる全くオブラートに包まれない言は近寄りがたく、内容が紛れもない事実であってもそれを赤裸々に放たれるのは耳が痛いこともあり、覆面で表情が削ぎ落とされていることも相まって何となく怖い、という類のものとなる。そうしたカカシと誰かの会話は、彼にしてみれば何故だか知れないが、何往復目かで相手の方が「済みません」と謝って気まずい空気になり終わってしまうという形が非常に多かった。 愛想笑いも通じないエリート忍者を前にすると話し相手は次第に返答に詰まる。そうなると早々に退席したくなるか、もしくは当たらず触らずの距離を置いて関わろうとするために、お手上げかそうでなければ無難に切り上げたくて帳尻を無理矢理合わせる言葉が、自然と口から零れて出るのである。しかし、あちらにはどこにも非がないしこちらも何かされた訳ではないのに出てくる、この「済みません」の意味がカカシにはいまいち理解されていない。ただ、これまでの経験から、彼にとってはここで行き止まりですよという知らせになっている。 偶に年上の知り合いである紅あたりから「同じ言うでも、言い方ってもんがあるでしょう」と窘められることから察するに、こちら側が「済みません」と言わせるまでに追い込んでいるのであろうが、定まった焦点の無いお喋りの態度を変えるなど一朝一夕で実現できるものではなく、無益な遣り取りが弾むよう努力し一々慎重になるなんて考えただけでくらくらするほど煩わしいものだから自分からは話し掛けることもなくなり、場数も踏まず解決策も見付からぬうちに彼はまた、味方のハンドシグナルに無言で応答する、感情の機微も場の空気も邪魔にしかならない特化した情報処理が行われる任務生活へと戻ってゆく人生を送っていたのであった。 3. (そういえば、他人の家に上がるのは初めてだな。) カカシは、イルカの生活空間に座りながら部屋の主に対する興味を高めていた。そしてそんな気持ちになることを不思議がってもいた。彼は、自分をも含めて人間という種を嫌っていたからである。 「これ、貴方が作ったんですか。」 適当な品を指差してカカシが問うと、イルカは気さくに答えた。 「そう、筑前煮は昨日自炊した残り物です。」 「残り物?」 「あ、でも、味が染みて昨日より今日の方が旨くなってますから。こいつの本番はむしろ今日ですよ。ああ、でも、気が進まないなら唐揚げにしたらいいです。これは買って来ました、油って面倒臭いじゃないですか。」 「さあ、知りません。俺は料理しないんで。」 「必要に駆られたらでいいですよね。まあ、たんと食って帰って下さいよ。」 「アー、そうですね……。」 なるほど美味しそうなのは結構であるが、カカシにはどうしても払拭しきれない違和感があった。 「酒を飲む時って――飯、食います?」 「へあ?」 「酒のアテって、漬け物とか乾き物があれば良いという感じじゃないですか。」 「……、……。」 イルカは先程までの機嫌をすっと引っ込め、はりきって用意した大量の飯を見、おもむろにコトリと箸を擱いた。それから、ふと気付いたように客の手土産に着目した。 「ところで、カカシ先生が持参してくだすった肴って何です。」 「スルメ。」 「え?」 大きなスルメが数枚入った透明の袋が取り出されると、男が提げて来た白いビニール袋はぺちゃんこになった。 「え……、まさか……スルメ、のみ?」 「ウン。」 「うん?!」 「スルメがあればいいかと……。」 「わ、び、し、い!」 大袈裟に有り得ないという顔で眉間に皺を寄せた中忍は激しく異議を唱え出した。 「どこまで飲んでも只ひたすらにスルメのみって! なんだその淡々としたスルメ地獄は!」 (なんだとは何だ、人に持って来させた手土産をボロクソに言いやがる……。) 「悲しい! 侘しい! 飯も食うでしょ、食いましょうよ、食わなきゃ……どうしましょうか、これ!」 「知らなーいよ。」 「ですよねー。」 「ええ……。」 てんこ盛りの料理を指さして大騒ぎする様子にやや困り、続いて、驀進の勢いから急旋回してあっさり同調してきたイルカのころころ変わる調子にカカシは面食らった。 「自分で食うから、いいです。そうだ、職場と近所に御裾分けしようかな。」 そんな独り言を呟きながら小皿に料理をよそう動きを見せたその手首に、マスクを下ろしたカカシはすかさず手刀を入れた。 「いだ!」と鳴いたイルカの手からはスプーンが落ちた。 「勝手に解決するんじゃない。これは俺のモンです、好きに取らないでちょうだい。」 「は……い? たった今、酒を飲む時は飯を食わないって言ったところじゃないですか。それに、俺のモンって……。作ったのは俺ですが。」 「出されたのは俺です。」 「なに子ども染みたこと言ってんですか、二人で食べる為に用意したんだから俺だって食いますよ、当たり前じゃないですか。」 「っく。」 「はは。」 「じゃあ、じゃあ百歩譲ってアンタが食べるのはいいとして、なんで他人に配るわけ。」 カカシは、この限定された空間でたった一人の自分に対して並べられているはずの料理たちを明日は他人が無条件で自分と同じように舌に乗せて味わうのかと思うと、どういう風の吹き回しだか気分が悪くなった。たとえそれが昨日の晩飯の残り物だろうが商店の総菜だろうが、そんなことは関係なかった。 「だって勿体無いでしょう。カカシ先生は要らないって言うし。」 「言ってません。まだ一口も食っていない俺を差し置いて、それに、欲しがっているかどうかも分からない奴に回すなど言語道断、思い上がりも甚だしい。」 「……、要するに召し上がるんですね。」 「当然です。」 それを聞いたイルカの何ともいえない表情が癪に障ったカカシは、持参した肴の袋を投げ付けた。 「アンタはスルメでも食ってなさい。」 「なんてこった、そんな道理がありますか。」 次から次へと無茶苦茶なことを言い出す偏屈者を相手に取って滞りなく会話を織り成してゆくイルカは拾い上げた袋から一枚を出して、食べ物を粗末に扱わないことと自分も食べる旨を伝えつつ台所へ立ち、コンロでそれを軽く炙り始めた。 -続- |
| 4.〜6.> |