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此処に眠る。

視点:K 出会い

純潔デストロイヤー



1.

「暇だ……。」
とりわけ任務中毒ということでもないけれど平時のこの、手持無沙汰になる合間が苦手だ。任務遂行の為の一時待機や潜伏でなければ、これといってする事も持たず何時までも一所に留まっているのは如何にもナンセンスではないか。
「……、暇だ。」
「ルセェな。」
上忍待機所の長椅子に半分ずり落ちる様にして座っていた俺の前に、熊みたいな大柄の男が立った。口から吐き出された煙は顔の辺り一帯を真っ白に覆ってどこに目鼻があるのだか判らなくしている。アスマは愛煙家だ。
「いつもの本はどうした。」
「疲れ目。」
「ああそう。おいカカシ、お前プリント取りに行ってこいよ。」
「なあにプリントって。どこへさ。」
「アカデミー。」

アカデミー。アカデミーか。
(何かしら色々と教えてくれる所だよね。)
ずっと昔の記憶を手繰り寄せてみても、この単語に関する思い出は殆んど見当たらない。好い印象も、悪い印象もない。唯、面白い事がない場所だっけ、と当時の校舎の外観がぼんやり一つ浮かんだ限だった。

「プリントって、なんの。」
「上忍師委託に関しての。お前、こないだの説明会二回とも出なかっただろう。」
「出られなかったの。」
「ああそう、兎に角そういう奴は自分でアカデミーに行かなきゃいけねえんだ。」
「ハア? 何それ、面倒臭い。」
「だから、普通は都合をつけて二回のうちのどっちかに出席して済ますんだよ。」
俺は大きな溜め息を吐いた。アスマは、灰皿に煙草を押し付け火を消していた。

この日から遡ること一月、俺は火影室に呼び出されて今年度から上忍師を兼ねろとの御達しを受けていた。その際、いつといつに一斉説明会を開くから、日取りを見てどちらか都合の良い方に出て詳細を知るようにとも申し渡されていた。
皆日程も内容もバラバラの任務に就いている上忍達だから、この二回の機会も、御達しから十日、一回目から十日と間を空けて設けられている。それにさえ顔を出せていればたとえ寝ていても全体の前でなされる説明は続き、終わるところ迄くれば自動的に終了するという運びのものだったらしい。俺はその両日にもろに別個の任務が被っており、結局どちらにも出席出来なかったのだ。
だからと云って、こんな風に待機所でウダウダとしていても埒は明かない。いつかはそのプリントを取りに行かねばならんのだ。実のところ上忍師兼務の辞令を受けて乗り気になる筈もなく、説明会を二度とも逃した時点でどこからも突っ込まれなかったのを好い事にこの件を放置して既に幾日か経つ。とは云え、此のまま無視を決め込んでいたところで立ち消えになる事柄でも当然ない。
「来る時が来たか――。」
俺は観念した様に呟くと重い腰を上げた。そもそも此方には端っから拒否権など無いのだから、この観念だってポーズに過ぎない。
「おー、行ってこい。あ、此処に戻って来んなら珈琲買って来てくれ。」
「断る。」
「ああ、そう。」





2.

アカデミーで適当に大人を捉まえ用件を告げると、「担当者が今は授業中だから小一時間待つように」と返された。職員室隅の来客椅子に通され掛けたので、後でまた来る旨だけ伝えると俺は慌てて校舎から退散した。
あんな、する事が何もない室内に一時間も凝っとしているのは窮屈で退屈だ。同じくする事がないにしても、何処かもっと人気の無い場所を探して其処で時間を潰した方が余っ程気楽に思う。
(俺が居たら向こうも仕事に集中出来ないだろうし。)
そんな事を考えながら歩き出して、直ぐに問題点に気が付いた。
(あ。)
アカデミー。アカデミーか。
そうか。人気の無い場所なんて、此処にはないのかもしれない。

運動場には子ども等が一面に散開している。非常にうるさいと云うかやかましいと云うか……、賑やかだ。校舎の横一列に整然と連なる窓は健康的に開け放たれ、子どもの声や大人の声、色んな無機質の物音が、絶えず聞こえてくる。此処は、人の活発に動き回る気配が密集している施設だなと思う。
運動場を見渡すと、笑い合い走り転げ皆一様に元気そうで、何より楽しそうだ。アカデミーは面白い事がない場所、という一行が自分の中には辛うじて残っているだけだったが、そう云えば周りにある顔はこんなだったかしらんという気がして、号令の元に集合してゆく雛の一団を少しの間眺めていた。


結局のところ俺の落ち着き先は、銀杏の巨木の上だった。優に一尋ある幹の太さがその樹齢を表わしている。かつての太古の森を思い返そうと試みる日がこの株にもあるだろうか。
立派な枝枝は緩やかに空に向かう。それに比べれば平らに曲がるように伸びている箇所を見付け、そこまで登った。そしてどっしりした枝に踵を載せて俺は器用に寛いだ。収まりの良い場所がこんな所だなんて真っ当な人間としては失格なのだろうけれど、忍だから問題ない。

銀杏はちょうど校舎の窓とは面していない位置に根を張っていた。運動場の方から見ても他の木々より奥まってある。この高さなら目立つこともない。
それに、乾いた水道場がひっそりとあるが、昇降口の脇にも蛇口が並んでいたから、昼日中に影が被る是は旧の物で、もしかすると現在では使われていないのかもしれない。
それから、人の気配と音も幾つかのパターンにある程度まとめられそうだ。何時もある大まかな数と種類にさえ慣れれば案外此処は上忍待機所よりのんびり出来るかもしれない等と積極的に思考して暇の徒然を紛らわした。
が、それにも限度がある。持て余す時間、春らしい日差しと、物影の涼しい気温に微風という条件下。俺はとうとう昼寝の態勢に入った。


サヤサヤと草葉を鳴かせ、可愛らしい花々を揺らし、雲を流して等しくこの頬をも撫でて去る風に慰められ、まどろんでいたら、子どもが一人、泣きながら走って来て眼下の根元でシクシクやり出した。
(前言撤回。)
わざわざ慣れる必要がどこにある。それにしても、本当に目まぐるしい状況変化を起こす場所だ。
俺は午後の空の薄青色を眺め、欠伸をして、早々に場を移すのが賢明な判断か、自分は動かずに遣り過ごすべきかを推し量っていた。その時だ。下に居るのが子どもだけならまだしも大人まで登場とくれば気配は絶つしかないだろう。誰とか何故とか、こんな所で何を、とかいう自己紹介を余儀無くされる事態は避けたい。成人男性の声がした。スンスンやっている生徒の名を呼んだらしい。
(教師。)
足音を抑えて近づいて来たのにどんな狙いがあるのか定かでないが、態とか。
それから暫く、俺は彼等の会話を聞いていた。
直ぐに消えても良かったけれどこんな事でチャクラを練るのも、居場所探しをまた始めるのも億劫だったし、教師は生徒を連れ戻す為に来たんだろうから下の二人がじきに帰る可能性は高いと踏んだのだ。ところが、教師の出方を窺っているといやに悠然とした態度でいて、二人は一向に帰らない。授業中なのか疑わしいほど、男は他に何の用も抱えていない素振りで地べたに腰を下ろしてしまった。

穏やかな口調と優しい声で生徒に話し掛け、返事を待っては拙い言葉の沼から真意を丁寧に掬い上げている。容易に根気強い人であることが知れる。また、諭すのに出してくる喩えが具体的で解り易く、妙絶だ。
偶々、何となく、俺はその場を動かなかった。
(こんな話をする人は、一体どんな人なのか。)
ちょいと地面を見下ろしてみたものの、彼等は自分のほぼ真下に陣取っているから案の定頭頂部しか判らない。
以降はもう、話の間も二人が去ってからも、授業が終わる迄ずっと視覚器官を休ませていた。
(まーいーや、覚え易い声だから。興味が持続するなら、後からでもこの特徴だけで人物の特定は可能だ。)
教師の声色は、働き者の聴覚が蒐集していた。


鐘が鳴ったのを聞いて、透明な川上から激流にでも流されて来るのかと思う勢いでバタバタと下校してゆく豆粒たちを次から次へと避けながら再び廊下を歩き、職員室を覗いたけれどあの声は不在で、此の手に渡された物はプリントではなく小冊子だった。
「御手数ですが、御一読下さい。」
(何この厚み、信じられない。)
「プリントじゃ……?」
表題からして誤りでもなさそうだったが一応の確認を入れてみたら、
「ああ、えっと、会場で配ったのはそうでしたが、その時に壇上でした口頭説明や使った資料なんかをこれに、全部載せてありますので若干分厚くなりますけど、出席されなかった方は……申し訳ありませんが。」
と言われた。
「自力ってことね。どうも。」
担当者には何の罪もない。咎め立てされて然る可きは、事前にペラペラの紙を人に想像させてしまった先輩上忍師だ。云うまでもなく、俺は待機所へと疾走した。

すんでのところで入れ違いになるところだった奴の、帰り際を取っ捕まえて小冊子の表をペシペシ叩いて見せ付ける。
「見てよ、これ。この分厚さ。別にズルして出なかったわけじゃないのよ? 公の理由で行けなかった人間に対して、酷い仕打ちだと思わないかい、ええ?」
「珈琲は。」
「あ、忘れた。」
「ったく、何しに行ったんだよ。使えねえな。」
「小冊子を取りに行ってたんだよ! ちなみにこれ、プリントじゃないからね。そんな生易しい薄さじゃないからね。自力で勉強する偉い人のみが持つ、伝説の書物だからね。」
「うるせえ。俺の時はプリントだったんだよ。」
「あーあ。ねえ、個別にもう一回くらい口でちゃちゃっと説明してくれてもいいと思わない? それくらいの優しさを、人は皆持つべきじゃないかな。」
「お前に構ってやる暇なんか、誰も持ち合わせちゃいねえんだよ。」
俺は、大きな溜め息を吐いた。





3.

それから程なくして、あの木の上から聞いていた声の主が判明した。任務報告書を提出しに行った、受付という意外な場所での出来事だった。
あと少し時間が経ってしまっていれば俺は気付かずに過ぎていたと思う。俄かの興味は自分で予想した通りの早さで色褪せており、この時には教師の造型どころか最早そのような人間が居たという存在すらも忘れ掛けていた。ところが、目の前の男が口を開いた瞬間に己の聴覚がその声色を、薄れた記憶の情報と合致させたのだ。
「お預かりします。」
「あ。」
(この人。)
思わず声が洩れる。顔に一文字の傷が走る黒髪の、相手も忍だ。聞き逃す訳もなくチラと俺の顔に視線を上げた。必然的に目が合ったが、逸らすのも不自然だからその儘、
(豆腐を買いに行くの、忘れてた。)
みたいな、彼には無関係のことを思い出している空気を作る。お蔭で、どうしましたの一言も聞かれず済んだ。


声を弁別し、身体的特徴を把握し、名前が判り彼を認識して以来、街の麺麭屋で一度だけ見掛け、彼の話題を二度ほど聞いた。
一度目は、アスマが誰かに「あ、イルカなら任務じゃねえか? こないだ飯屋で鉢合わせした時に、講釈の山場で中一日置くなんて! って、歯軋りして吼えてたぞ」と大声で教えていた。二度目は雨の日の夕暮れだった。火影室で、御遣い役が三代目に「うみのから、開いた瞬間に傘の骨が全部折れたので少々遅れますと伝言されました」と報告していた。「不戯けおって」と零す三代目とは、
「お言葉ですが、とても忙しそうでしたよ。」
「分かっとるわい。」
「うみのに用なら、此方から出向く方が早くて確実です。」
「ワシ以上に忙しい奴など里におらんわ!」
という会話がなされていた。そこに「あの、お取り込み中済みませんが用件を」と割り込んだら俺までとばっちりを受けて「分かっとる!」とどやされた。
然う斯うして季節が一巡する間に、受付で俺の提出と向こうの受理が重なったことは三度あった。この期間と頻度から鑑みるに古木の時が初見ではなく、それより前に何度かはもっと近くで接触していた可能性も推察された。
そんなことがポツリ、ポツリとありながら大体一年が経った或る日に、俺は謎の飲み会が開かれるのを知ることになるのだった。





4.

「あー、カカシ。聞くだけ聞くが、明日の飲み会出ねえよな。」
「興味なーし。」
「こっちの声掛けは以上、と。総勢何名だ。イルカの方はどうなってんだか……。」
「待った。」
「あ?」
待機施設の通路を行き違いながら交わしていた会話の相手の腕を、擦れ違いざま引っ張った。
「飲み会って、何の。明日? 急じゃない?」
「何のって……何ってことはない飲み会だよ、只の。話は先週から決まってんだ、急なのはお前だけ。」
立ち停まったアスマは言う。
「どうせ来ねえんだから、いつ聞かれても別に良いだろう。」
「まあそうなんだけど。そうだけど、なんで幹事の組み合わせがそんななの?」
「なんでって……特に理由なんかねえよ、話の流れでそうなっただけだから。」
「……。何それ?」
「知らねえよ。お前、今日はやけに聞いてくんな?」
「そんなことなーいよ、そっちのホウレンソウが徹底してないんでしょ。」
「はあ? ほうれん草?」
「普段からの習慣付けが大切なのよ。アカデミーでそう習わなかった? 報告、連絡、相談、俺も出る。」
「あ?!」
「俺も出る。」
「なんで!」
「いや、なんとなく。自由そうだから。折角の機会だし。」
「何の!」
余っ程俺の参加表明が珍しいのか、アスマの目は見開かれたまま中々元に戻らない。
「ま、……場を知る? 飲み会の空気っていうか、人の色々っていうか……あ、他に誰が来んの?」
「さあ?」
本当に、謎の飲み会だ。


次の日の夕、店の者に二階座敷へと案内されて俺は正直引いた。もっと小規模な、衝立を払って机を二、三脚続きにして収まるくらいの人数を想定していたからだ。二階には一間しかないらしい。ということは、店の上半分が貸し切り状態になっている。大名屋敷の大広間ほどではないにしろそんなに畳が必要かと、訝しみ階段を上ったがどうやら必要だったらしい。
(何人分の履物だ、一体……。)
襖の手前の下駄箱には見慣れた濃紺の履物がわんさとあった。ついでに云うと遅刻魔の俺は、この日も例に洩れず開始時刻から半刻あまり遅れて会場に到着した。こうした場への参加には元々気が進まないのだ。

飲み会の何が嫌って、先ず各人の席が決まる迄の過程が煩雑なのに参る。上座だとか下座だとか、誰と誰の関係がどうだとか、もうそんならいっそ靴を脱ぐ序でに籤を引いて番号順にでも座っていけばいいのにと思う。
乾杯が終ってからも俺は覆面だから落ち着いて飲み食いが出来ない、おまけに各自で取り分ける食事方式も苦手だ。稀に食べたいなと思う品が置かれていてもどう手を出したら良いのか今一分からない。けれど、食に対する欲が自他共に認める希薄さをしているから、覆面で食えなかろうが大皿料理で食いっぱぐれようがその点はさほど気にしない。問題は腹が膨れる膨れないではなく、口に物を運ぼうとする度に一々人目を盗んで態々素早く動かなければならないという煩わしさにある。
もう一つは、人に気を遣われてしまうことだ。自分に割り当てられた小皿が空であったり、何時までも箸先が箸袋に収まっている状態であったりを見付かると甲斐甲斐しく世話を焼かれる羽目になる。頼んでもいない料理が盛られ、気付くと色んな小皿が俺の前に溜まっているのには閉口する。
酒にしても、誰かの杯が空くのを察知した眼球はクククと巡って他の杯の空き具合を見る。己の視野内の数名が飲み会の間に何遍もそれをする。飛び交う視線のそうした動きを自分もまた目の端で習性的に捉えてしまうから、詰まるところ俺はずっと落ち着かず、忙しない感じを終始受けることになるのだ。
まだある。少しでも黙って手を動かさずにいると詰まらなく映ってしまうのも難儀だ。周囲も迷惑だろうが俺だって、交流の場とはいえ楽しそうにニコニコし続けなければならない決まりでもあるのかと辟易する。
要するに、俺が飲み会に出るメリットは皆無に等しい。

では、何故この場にのこのことやって来たか。ひとえに仕事の時間外である飲み会、あの人、それに堂堂と加われる権利、という滅多に重ならないものが揃った稀有なシチュエーションだったからだ。










-続-
5.〜8.>