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此処に眠る。

視点:K 出会い

<1.〜4.
純潔デストロイヤー



5.

座敷の襖を引くと毎度御馴染み、一対大多数の図式に嵌り注目を一身に浴びる。
(遅刻者が背負う宿命だあね。)
対象者を定めず空間の真ん中辺に「やあどうも、今晩は」と声を送っている内にこの体はグングン誘導されていき、空いていた隙間に収められるとすぐさま杯を握らされ、矢継ぎ早に挨拶と乾杯の儀が執り行われて俺の飲み会の態勢は万全となった。そのチームワークには感心してやってもいい。

(二個中隊くらいあるんじゃないの。)
喋り掛けてくる分を「ええ」とか「まあ」とか言う適当な相槌で流し、主には会場を見渡して顔ぶれを確かめる方に意識を置いた。出入り口側の一番端に、あの人の姿があった。部屋に這入ってすぐの足元で俺に背を向け座っていた位置だ。
そんなら部屋の空中になんぞ挨拶しないで足元に落とせば良かった。
俺は初っ端からのしくじりと、据えられた距離とを存外残念がる己の心に小首を傾げた。


口に放り込むだけでいい食べ物がないかと並ぶ料理を吟味しつつ、珍しい場に顔を出した我が身への好奇心を掴みどころの無い返事を繰り返して一通り払い除ける。他人に興味を持たれるのが、余り好きではない。
まるで斥候の様な出方でくる探りに対し鉄壁を築き終えた頃、この飲み会に俺を誘った幹事は、と上座に目を遣ると奥の方に居座って清酒を水のように呑んでいた。
(ま、あの巨体にウロウロされても迷惑だ。)
その熊みたいな男から一番遠くで、もう一方の幹事はちょこちょこと常に動き回っていた。

その様子を、俺は何となく傍観していた。


時刻的にここいらが会の折り返しかという段になって、間延びしていた俺は驚いた。
僅かばかり目を離していた隙に、ズラリと長い宴席の半ばで相変わらず朗らかに幹事の仕事をしている筈の人が、不図目を向けると物凄い速度で麦酒をグビグビ呷っていたからだ。
其処に腰を落ち着けたのを境に働くことから飲むことへ切り替えたのだということが如実に分かる。切っ掛けを知り損なった人間にはいきなりとしか思えなかったけれど、辺りの面々はそれを和気藹々とした雰囲気で歓迎していた。
「お前も飲め、飲め。お疲れさーん、ハイ、かんぱーい!」
「そうそう、後は其々勝手にやるって。おお、いい飲みっぷり!」
「此処でゆっくりしていって下さい。焼酎でよければ私が作りますから。」
「わあ、有難うございます、じゃあロックで。頂きます!」

みるみるうちにあの人の頬は紅潮していく。何時もこんな飲み方をしているのだろうか。呆気に取られ、視線が釘付けになる。
その一刹那、俺は偶然発見してしまった。皆と楽しそうに盛り上がる、そうした熱の底流に、殺伐とした正反対の温度があることを。
はっちゃける彼は荒む感情を誰かに見咎められる寸前で黒い目の深淵に沈め、巧みに押し殺している。経緯が判然しないが兎に角、彼が口を大きく開けて笑い酒をちゃんぽんしているのは裏に潜む蟠りの反動だ。
初めて、声を掛けたいなと思った。





6.

(遠いな。)

接触を試みる気になったはいいが如何せん距離がある。
(あの輪に入っていく方法か。)
何時までも減らない麦酒杯の円い縁を指先でツーとなぞりながら彼是思案するも、良策は一向に浮かばない。如何なる手順を踏んでも不自然になる。手っ取り早くという条件を捨てれば辿り着けなくもないが、大胆な動きに見合う対価が得られるかどうかは甚だ疑わしい。
まあいいか、と一度は物臭が勝って、左右一本ずつ握った箸の先で手元の料理の分解作業に着手した。余談になるが、何と何が重なって完成しているのか判らない品や、中に何が入っているのか見た目では判定不能な料理が俺は苦手だ。


机の上に、停滞する料理と酒が目立ち始めた頃、彼が立ち上がって席を外した。廊下へ出て行く背中を見て又、如何しようかなという迷いが生まれる。
ぼちぼち飲み会に飽きがきていた俺としては帰ろうかなという気持ちもあって、束の間逡巡すると今度は動くと決めて立ち、自分も座敷を後にした。

左右に首を振って見る。
「どなたかをお探しですか。」
「ああ、幹事さんを。」
「イルカ先生の方だったら、さっき下に降りて行かれましたよ。」
廊下に居たくノ一が気軽に教えてくれた。
このまま帰るなら靴、イルカ先生に近づくなら、履くのは店の下駄だ。俺は店の下駄をカラカラ鳴らして階段を下りた。先ずは厠だろうと、一階隅の暖簾を潜る。
果たして、彼は居た。

個室から出てきたところだった。中座の足取りはしっかりして見えたのに、扉から出てきた彼はフラフラだった。
(何時もこんな飲み方なのか?)
次々と一気に杯を空けていく彼を目撃した時はその表層に対してそう思った。今はこの、裏側に対して同じ文面の感想を抱いている。水道で手を洗って口を漱いでから嗽をする姿を、両手をズボンのポケットに突っ込み戸口に凭れ掛かって見詰めた。袖口でゴシゴシと口元を拭き、手水場の白い陶器の縁に手を付いて呼吸を整えている。飲み過ぎだ。

「吐いたんですか。」
彼に向けて発した、初めての科白が是だった。
「おや、見付かりましたか。内緒ですよ。でも、全部出たからこれでもう一回、一から入れられますね、ははは!」
貰った作り笑顔が、完璧だった。

当たり前だけど俺の事を彼は知らない。一般と同じだけ知っていても、それ以上には知らない。俺の方では一年前から〈イルカ先生〉を特定していても、彼の方では違う。その初対面の人間に、これ程人懐こい態度で接してくるのは彼が酔っ払っているからか、人見知りしない性格だからか。
どちらにしても、この人が相手を見て返事を選んだのでないことは分かる。俺が仲居でも同僚でも通りすがりの客でも、若しかしたら蛙であっても何の抵抗感も示さずに今の問答をやっているだろう。


座敷へ戻る彼に並んで、俺も再び宴席へと階段を上がる。カラカラと、二人分の下駄の音が響く。
「飲まれてますか。」
この人は、厠へ来て用も足さず自分にくっ付いて帰る男を不審がりもせず気さくに話し掛けてくる。相当、酔っている。
「あー、マァ。」
「む、余り飲まれていませんね? お好きじゃないんですか。」
「んー、いや、そういうこともなく……普通です。」
「普通! 俺もフツーです。」
「そうですか。」
「じゃあ、お腹は一杯ですか。」
「……。」
これは、〈俺〉に聞いている訳ではないなと改めて思う。幹事が〈参加者〉に聞いているのだ。
(つくづく面倒見の良い男。)
「そこそこね。」
「俺はさっき全部出たから、余裕です!」
「……そうですか。」

「そうですよー、まあまあ、座りましょうよ。」
自分と相手を頭の中で俯瞰してこの取り留めのない会話で何処まで行けるのかなと思い付き、試しに自分からは離れず従っていたらその儘すんなりと彼の隣へ促された。座布団を俺に寄越し、彼は頓着無い様子で畳に胡坐を掻く。元々この人と飲んでいた連中は一様にきょとんとした。
「お帰りなさ……い?」
それでも、他の者だって入れ替わり立ち替わりで自由にあちこちへ移動しているし会場の雰囲気は俺が到着した時点で既に砕けていたから、今更俺が一人、此処に居付いたところで大して怪訝がる奴は居ない。但し、〈カカシ上忍〉とは何の接点もなくて然りの彼が俺をくっ付けて帰って来たことに関しては、矢張り意外そうだった。
「カカシさん……?」
着座すると改めて挨拶し合う空気に傾きそうになるのを手で制し、
「仲間に入れて頂戴。」
と申し出てそれで済ませた。


「ただいまー!」
元気良く輪に溶け込むと彼は卓上で余っていた桃色の酒を引き寄せ、厠でなど何事もなかったかの様に一息で飲み干し、注文表を見て御替わりする様子をみせた。「また吐く気か」と言ってやりたいところを「まだ飲む気なの?」という表現で我慢して小声で聞いた。
そうしたら、含みのある目で俺を見た。その視線をスッと手元に落とし、相手を沈黙させる時に使う、吐く息に乗せて出すシーの音を、僅かに尖らせた口先から極極密かに洩らして酒を選んでいる。唇を元の形にして口角をにゅっと上げた彼の横顔が、俺に「内緒ですよ」と囁いていた。

危なっかしい人だなと思った。
この時、初めてこの人にぴったりな形容を見付けた。
危なっかしい。これだ。
(俺じゃなければ、相手は今のでイチコロだあよ。)





7.

飲酒を再開した彼は、あっという間に出来上がった。
「アー、しっかし、あれですねー、ほんっと、ねえ、どう思いますか。」
「何が。」
机の模様が料理と酒から、酒と甘味に様変わりし始めた頃には、俺は彼に絡まれていた。口直しの甘味を頼んで、酒に預けていた分別をぼつぼつ取り戻していた周りの大人は血の気の引いた顔で正座している。
「俺ねー、他人の良く分からん価値観を押し付けられるの、ほんっと嫌いなんですよねー! だから何だよっていうか、お前何様だよっていうか!」
「はあ。」
「ちょ、イルカ! ……おーい。あの……済みませ……、」
客観的にみて俺に向かい「お前何様だよ」は不味い。本人に対する文句ではないにしても、その反骨精神を俺に晒すのは宜しくないだろう。けれど主観的には何の気にもならないから好きにさせておく。
(良かったねえ、カカシ上忍が変人で。)
「……あれですよねー、余計なお世話っつうか、何でそうじゃなきゃ不可ないの?! っつうか、……あれですよー、ねえ? あれ、理解不能ですよ。飲んでます?!」
「ああ。」
「いや、理解不能って、解ってるんですよ? …………解ってる……。」
「うん。」
「ただ、苛っとするもんは苛っとするじゃないですか!」
「……飲み過ぎじゃない?」
「全然素面ですよ!」
泥酔している人間がビシと親指を立ててこう主張した時には、流石に俺も心持ち〈苛っと〉きた。
それでも、飲み会は恙無くお開きを迎えた。


前後不覚の状態で、彼は残りの幹事の仕事を務めた。
「ハーイ、いいかー、全員速やかに外に出るようにー!」
正体を失くした癖に教師然とし出したところが何とも不思議だった。
「忘れ物ないかー、机の中、確認なー。」
「中?」「中……」「中なんてない」「言うなら下よね」と口々に突っ込まれている。
「コラそこー! ぺちゃくちゃとやってないで帰る! ハイそこー、きびきび動くー。さーあ、出てった、出てった! もう教室閉めるぞー!」
(おいおい、終いにゃ教室とか言い出したよ。)

酔っ払いから中忍も上忍も老若男女一切関係なしの扱いを受けて、よく騒ぎが起きないなと思う。あの人の人徳なのか参加者達が大人なのか、多分後者……いや、マァ半々にしておいてやるか。殊に上忍は、懐かしいとか何とか呟いて半分生徒ごっこの気分でいる様に見受けられた。
「センセー、左様ならー。」
「イルカセンセー、バイバーイ。」
「気を付けてなー! 月夜だぞー! 己の影、注意なー!」

(木の葉はいい里だなあ。)
これから暗殺に出動するのでもなかろうに、と先生の的外れな注意を背面で聞きながら俺は暖簾の仕舞われた店先の外から顔だけ一寸差し入れて、近くに立つ銜え煙草の男に一声掛けた。
「うぃー、お疲れー、幹事さん。」
「おう、お疲れさん、お前が最後まで居るとはなあ。どうだった。感想は?」
アスマが清算をしていた。最後に会を〆たのもこの熊だ。何だかんだで、しっかりしている。
「そうね、……新しい一面が、面白かったよ。」
「はあ? 何の……誰の?」
「秘密。」
「ああそう。気持ち悪い顔すんな。」
俺は覆面だ。
「……、生まれ付きです。それじゃあ、お休み。」
「おう。」

格子戸を閉てて振り返る。
最後の集団を見送り終えたあの人は残った五、六人にペコリと頭を下げ、「お疲れ様でした!」と自身も挨拶を済ませると稲妻形に歩き始めた。
「皆お前と一緒の方向の人たちだ、馬鹿!」
知り合いらしい青年のこの叫びが合図になったように、一緒の方向の人たちも皆して馬鹿の後に続いて動き出した。





8.

あの人が、先頭をフラフラ進む。それを、間に四人挟んだ最後尾から漫然と見た。
このまま生きても、あんな風に、恐らくそれなりに人生を前進してゆくだろうけど。
きっと最期は襤褸襤褸になって死ぬだろう、とぼんやり思った。
虫の鳴く音も絶えた深更を歩く脳裡に、無茶な飲み方で誰にも覚られず気を散らしていた彼が甦る。
(誰にも気付かせないで。)
(内側を襤褸襤褸にさせ。)
死ぬ時に笑う彼を、想像した。

人には言えない想像をして、俺は群れの殿から千鳥足のあの人を見守っていた。
「大丈夫か、イルカ?!」
暫く行った処で、あの人がいきなりビタリと立ち止まり、側溝にゲーゲーやりだした。
「きゃあ! ……せ、先生……。」
「ヤダ、これは酷いわ。」
「どれだけ飲んだんだ、お前!」
「……ップ! ……アー……大丈夫、大丈夫! もう皆は早く帰って。お休みぃ!」
思いの外粗野な所作で唾を吐いて口元をゴシゴシ擦りユラリと一番初めに動き出したが、今の一幕で気力が尽きたのだろう、数歩前進したところでその場に膝から崩れ落ちた。そして、彼は最後の力を振り絞って高らかに宣言したのだった。
「もう此処で寝る!」
示し合わせたように、全員が天を仰いだ。

「皆お休みぃ、気を付けて帰るようにー、家に着く迄が……あれ、……ウン? うん……そうだぞお。」
「馬鹿野郎、起きろ! こんな所で止まるんじゃない!」
「先生、大丈夫ですか。しっかりして下さい。」
「俺はもお……此処で大丈、夫……。」
「寝るなー! 寝たら死ぬぞ! 目を開けろー! コラ、てめ……うーごーけー!」
「どうするのよこれ……私、こんなのに付き合ってられないわ。」
一人の女が心配し、隣の女は帰路を急ぎたそうにし、中肉中背の青年があの人を引っ張り上げようと懸命になり、この中で一番年長の恰幅のいい男が、
「俺が送るよ。」
と言い出した。

「それは俺がやるよ。」
何故だか分からないけれど、俺はそう言って人の間を抜け前へ進み出た。


「え、カカシさんが、ですか。」
「カカシさんの御宅って同じ方向だったんですか。」
「そんなの悪いです! 俺達で何とかしますんで、ホント済みません! コラ、起きろって! イルカ! 頼むから動いて!」
「ずっと思ってたんだけど、カカシの家って逆方向じゃないか?」
(ずっと思ってるだけで口にしなかった事を、なあんでここのピンポイントで披露するのかね。)
「あーらら、バレてた?」
送るよと言い出した男に返事をする。俺の直感が働く。男の言葉には間違いなく、牽制の意図が隠されている。
(何の為の牽制なんだか。)
「物珍しくて面白いからつい、付いて来ちゃったの。」
しゃがんで、転がる酔漢の顔を覗き込む。
「ンアー……。」
眠そうな薄目を此方に向けたけれど、その眼に映るのが誰かは分かっていないかもしれない。それくらい、酒臭い。
(危なっかしいねえ、御前さん。)

「まあ、確かにこんだけベロンベロンになってたら面白いけどな。お前、送るっても逆なんだから無理だろうが。俺が連れて帰るぞ?」
「この人の家?」
「いや、家は知らん。この有り様じゃ本人からも聞けないだろうし、俺は一人暮らしだから、其処に。」
(あーらら、食われるね、こりゃ。)
「俺も、こいつの家の場所、大体の所までしか分からないんですよねえ」「何でもいいから早くして頂戴。どうするか決めて呉れなきゃ帰れないじゃない」「困りましたね……」という他の意見は聞き流して如何しようかなと迷う。

(競売の乗りで挙手しちまったけど、この儘こいつに引き渡そうか? ただでは済まないことは目に見えてるけど。)
「ウウ……。」
危なっかしい人が、未だ吐き切れていないのか苦悶している。
最後一人になった背中を見届けて適当な所で自分も帰路に着く、という別れ計りを描いていた頭には、これは想定外の事態だった。
(だからまだ飲む気なのって聞いてやったじゃない。飲み過ぎじゃない? とも言ったよ、俺は。迷うなあ。こいつの言う通り家も逆だし。この様は本人も悪いだろう、自業自得だ。)
けれど、表情だけで内緒ですよと囁き掛けてきた横顔を、思い出す。
陰で吐いて、戻った席で馬鹿みたいに笑って無理して飲んでいた姿を、思い出す。
襤褸襤褸な中身を容れた彼の亡骸を、また想像してしまう。
(どうしようかなあ。)
もう一度その顔を覗きこみ、俺は当人に聞いてみることにした。


「帰る?」
「んあい。」
「俺と帰る?」
「んー。」
「帰るそうだよ。」
決まり。

「帰るったって……。」
誘導尋問の何が悪い、諦めの悪い男だな。
(お前の手際じゃ俺には勝てない。)
「はい、じゃあ、行くよー。起きられるか?」
「アー……いい……、もう……、」
此処で寝る、と無意味に繰り返すのがやっとなのだろう、どうせ。俺の声掛けだって形式的なものだ、御前の現状が如何でも関係ない。唯、分捕った手前、この場面で、俺を拒む科白だけは発させない。
「ああハイハイ、そうだねー、良かったねー、ウンウン。そいじゃ、お疲れさん。」
「え」という戸惑いの空気をよそにズリズリと彼を引き摺って集団から抜け、広がった空間でおもむろに獲物を背負うと、俺は用の無くなった夜道からさっさと立ち去った。










-続-
9.〜12.>