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此処に眠る。
| 視点:I | デート(公園) |
| <1.〜4. |
| 恋は浸透する |
5. 「そうだ。過去にでも行きましょうか。」 「カコ?」 「ね、カカシ少年。」 「イルカ先生、何を言い出してるの。気を確かに持って下さい。」 「そうだなあ、忍者学校の生徒時代にでも。」 「生徒時代?」 「そう。どんな生徒だったんでしょう。」 にこりともしない生徒という勝手な想像を膨らましていると、 「アー、思い出話、ですか。」 心持ち冷めた言い方で正解した彼は、横目遣いで俺を見た。「それで? 教師の目線で以て改めて慈愛に満ちた評価でもして頂けるんですか。」 こんなに露骨な皮肉を吐いて挑発する彼は珍しい。「一年しか在籍していなかったし、話す程の事なんて特に無いですよ。」 「ふむ。」 その様子から察するに、これ迄の事よりもこれからの事を語り合いたいと考える人なのか、若しくは自分の話をしたがらない人なのかもしれない。ならば強いて答える必要は無い。攻守交代だ。重要なのは、聞いたところで共有出来ない事象ではない。 「俺の――……父はね。」 「チチ?」 「俺にもいたんですよ。」 (何故かな、カカシさんには色んな事を話している。) 今日が好い日和だからだろうか。否、何時ぞやの雨模様の夜だって楽しかった。 (何故かな。) 彼と居ると、父や母が生きていた、幼い頃の情景がゆらゆらと揺れて出てくる時がある。 「父が忍者学校の生徒だった頃の話では、火薬調合の実験中に、教師の目を盗んで、性質を良く知りもしないのに興味本位で集めた成分同士を、無断で混ぜて、それが手元でボンと爆発するという大問題を起こしたんですって。」 「ふ。」 「其の時にさ、負った怪我が原因で、指の中で一番長い筈の中指が自分の場合は片手だけ、両脇に生えている人差指、薬指と同じ長さしかないんだって言ってました。」 「それ、本当? 爪は?」 「ちゃんと有りましたよ、俺の記憶が確かなら。だから眉唾。」 「ふうん。」 「今じゃ記憶の其の手とそっくり、ほら、こんな爪の形でした。俺も大きくなったもんだよ。」 「似てるんだね。イルカ少年の話をもっとしてよ。親父さんの話も良いけどね。」 「それは簡単には口外出来ませんよ。なんたって里の最高機密事項なんですから。」 「そうだったの。」 子どもでも見抜ける馬鹿げた嘘に、カカシさんは笑い乍ら引っ掛かって呉れる。そうして遊ばれると極自然な仕合わせを感じて仕舞うから、俺はどんどん弱ってゆくのだ。 「或る日なんか、泥だらけでびしょびしょになって家へ帰って来てさ。驚く我が子に向かって、何て主張したと思います。『河童に川に引っ張り込まれた』って、真顔で言ったんですよ。」 「はは! ……いてて。」 声を上げて笑う彼を、初めて見たかもしれない。 「俺は『河童なんていない、そんなの嘘だ』って、信じませんでした。親父はそれでも一貫して河童存在説を唱えて、退きませんでしたね。母は、否定も肯定もしてなかったなあ。」 「面白いね、イルカ先生の御両親。」 「そりゃあ、この俺の親ですからねえ。」 父は作り話の抽斗を山ほど持っていた。そして、今にして思えば母は、人の話を聞いている振りの達人だった。 哀切な懐古のする手招きに見惚れ、生々しい瞬刻の連続から剥離しそうになっていたら、 「…………二階の、」という声がした。 「隅から二番目の教室。後ろから三列目の窓際の席に、いつも座っていました。」 生い立ちを語るのは好きではないのかと思われた彼が、おもむろに口を開いたのだった。 「斯ういう、如何でもいい話を聞く気がありますか。」 「ふふ、今日は特にそんな気分。毎日大きな声で講釈を垂れている身だけど、仕事じゃなければ、俺は話をするよりも聴く方が好きなんですよ。」 「ああ、俺も貴方の、人の話に耳を傾ける姿勢は好き。」 その科白に、我が目は彼の銀髪へと導かれた。 「俺の頭に何か付いていますか。」 ふとした弾みで浮かぶ小さな点が一つ、此の時にもポワンと浮かんでは来たが相手の話の腰を折るのは失礼だと思い「否」と短く返事した。 こうして俺たちはゆっくりと流れる時間の中で、小さな話を色々と出し合った。彼は時折、一所に留まっているのに飽きている素振りを見せていた。それなのに、俺がもう少し斯うしていたいと意地悪を言う度、渋々それに応じて呉れた。此方に合わせて我慢している其の様子が大層いじらしかった。世界からの同意が皆無でも、俺はこの主張を引っ込めない。己とさして変わらぬ体躯の男が此の目には、可憐に映ったのだ。 そんな彼の傾向とは逆に、一杯の珈琲で喫茶店を一時間は楽しめる性格をしているのが俺という人間で、一旦何処かに落ち着くと尻に根っこが生えたように動かない。休日ともなると殆ど蒲団から出ずに惰眠を貪っていることも多い。 晴れ渡る五月、余暇の午後、郷の瑞々しい景色、そして隣に、とても魅力的な人。俺が先に座ると彼が続いた。その時に設けられた二人の間の幅を不自然に感じた、其が、依然として縮まっていない。俺にはそれが惜しかった、少しの身動きで体が触れる位に近く座って欲しかった、その隙間に、彼の無垢が詰まって見えた。 彼は一向縮まらない空隙を互いの間に挟んだ儘で、半ば強請る形で俺が促した子どもの頃の話をぽつり、ぽつりと話して呉れた。それを聴いているのが楽しかった。だから自分は何時迄でも其処に居たかった。そうして、流れる雲を、人の往来を、新樹のざわめきと、万緑の中の小鹿を、其の時の、刻々と移ろう景色を唯、ずっと眺めて居たかった。動きたくないから、自分からは席を立とうと誘い掛けずにいた。しかし、これ以上彼を苦痛に縛り付けておくのは流石に手酷い所業かと思われた時、俺は漸く相手の提案を飲んで移動することにしたのだった。 6. もう太陽が西にある。賑やかな方へ向かい歩いていると、人力車の前で客待ちをしている若い衆が声を掛けて来た。適当な遣り取りで相好を崩さない儘に通り過ぎる。広い通りの交差点に並ぶ屋台からの銅鑼声と甘い匂いに釣られて、焼き上がりの品が入った袋に一寸目を留める。売り文句には当たり障りのない反応と笑顔を返す。手の平に御菓子を一つ乗せて貰ったがそれへのお礼だけを落として店を後にした。それから、擦れ違う時に目が合った柔やかな婆さんとは何方からともなく会釈を交わした。 不図、無口に付いて来ていたカカシさんは至って真面目そうに面白い事を言った。 「知り合いですか。」 「え、誰がです。」 「誰……というか、通りすがりの人達全般ですよ。」 「いいえ、全く。」 「そう。何時も貴方から何かするんですか、それとも向こうが話し掛けて来るんですか。」 「はは。話し掛けるって、相手は商売人ですよ。黙ってちゃ売れる物も売れやしねえ。」 「それにしてはおかしいな、俺はあんな風に気安く声を掛けられない。」 「ぷふ、今は特にね。」 「言うな。」 「失敬。」 それから、 「前から思っていたことだけど、貴方は他人とあっという間に仲良くなりますね」という感想を貰った。 「ああ、そうかもしれません。俺は暇が出来ると湯治に行くんですが、毎回全然知らない爺さん達と世間話に花が咲いちゃって。」 「俺には考えられないな。」 彼を見ると、今日の輪郭は何度見ても矢っ張りジャガ芋みたいだった。俺は稍視線を上げて、痛痛しい形よりも光る銀髪の方に意識を向けた。 「そう云えば、カカシ先生。一つ、質問が有るんです。」 「どうぞ。」 ひょっこり浮かんでは何時の間にか消えて忘れられることを繰り返している、酩酊状態を彼に介抱されるよりも更に前の記憶が一つ、俺には有った。 「貴方、忍者学校の隅の大木に停留っていた事がありませんか。人違いということも大いに有り得る話なんですが。」 其の肩はぴくりと跳ねて、足が止まった。 「それは、何時頃の話?」 再びぎこちない挙動で歩き出した彼が問う。 「ううん、と、初めて同じ飲み会に出ていて、俺が介抱された晩があったでしょう。あれより以前の、本当に全く面識の無かった頃です。」 「……。」 「飲み会の、一年位前だったかなあ。」 「……。」 「マア別にあの人が誰でも俺が取った行動は変わらなかったし、態態突き止めることもしないでいたんですがね。」 「……。」 「カカシ先生の髪の色を見ると、偶に其の時の事を思い出すものですから。」 「……。」 「そして又、何時の間にか忘れっちまっているんですよね。」 「……子どもが、泣き乍ら走って来た事があります、俺が休憩していた木の根元に。」 「おや、俺は、級友と揉めた生徒を探しに行った事があります。」 「…………後から……、後からやって来た教師が、如何いう意図だか、気配を絶っていたのを覚えています。」 「俺はその時、遠目で生徒の真上に何故か人が居るのを発見して不審に思ったので気配を絶って近寄りました。」 「声で一人増えた事を知って下を窺うと、黒髪の、恐らく同年代の青年で、教師が、居たんです。」 「生徒を探しに校舎の脇に周ったら、ちょうど彼奴が立ち止まった木の上に忍ですよ、そりゃ警戒します。でも、あの頃は未だ木ノ葉の人間と分かるだけで絶大の信頼感を抱いていましたし、それに、隊服に加えて逆立つ銀髪に見覚えもあったものですから。木の上と下を交互に見てさ、その人は何かを企んでいる風でもなかったから警戒は解いて自然に近づくことにしたんです。」 (あれは、カカシさんだったのか。) そう思いはしたものの其れ以上の気持ちは生まれてこなかった。あの時の影が例えば大きな鳥だったとしても、事の真相は今の俺に何等の影響も与えない。 「……俺に……気付いていたのか。」 「あはは、そりゃあね。視野の狭い生徒ならいざ知らず、一応、俺だって中忍なんですよ。」 「ああ、別に侮っていた訳じゃなーいよ。目立たない所になら居ても可いかと思ったの。教員室の片隅に押し込められるなんて真っ平御免だったから。」 「まあ、木に停留って休んでいるのが変わり者なら、不審と見咎められる方が可能性としては低いかもしれませんね。それか、もっと葉が繁る季節になっていれば見付かりにくかったかも。」 彼は、それからふっつりと静かになって了った。俺も何も喋らずに、或る一箇所を目指して黙々と歩いた。 久しぶりに口を利いた彼は、俺が何時気付かれるかと計りながら隠していた、現在の二人の行方に触れた。 「ねえ、ところで、俺たちは何所へ向かっているんだろう。」 「何所って、」 「俺の嫌いな建物が見えてきて、さっきから其がどんどん迫って来てるんだよね。」 行き先が、とうとうばれた。 「俺達が近付いてますからね、其所に向かって。」 「……帰る。」 「駄目です。」 「嫌だ。」 「行って下さい。」 「自分で決めます。」 「分かりました、では、今日は此処で解散にしましょう。俺は、カカシ先生はその足で診察を受けに行って呉れると思い乍ら帰ります。」 「小癪な……。行ったところで、俺には利益が一つも無い。」 「利益って……。」 彼を説き伏せるのに必要な切り口を考えていると、意外にも向こうから条件を出してきた。 「イルカ先生。」 「何ですか。」 「イルカ先生は、俺に病院に行って欲しいんですか。」 「そう言ってるでしょう。」 「そんなに病院に行って欲しいなら、行って遣っても可い。けれど、それなら俺に見返りを下さい。」 「自分の体の検査をしに行くのに随分な物言いですね。何か欲しい物でも有るんですか。」 「え。アァ、ええ、ありますとも、……欲しい……。何も、物とは限りませんよね。有るよ、俺にも、色々と……。」 頭を掻いて望みを探す人を見て、無欲だなと思う。と云うより、万物に対して関心が無さ過ぎるのだ。 「無いんでしょう、特に。無いなら仕方ありません。もう諦めて大人しく、」 「今度映画を、俺と一緒に観に行って。」 慌てた様な早口の提案に俺は言葉を詰まらせた。是は計算尽くの流れなのか、咄嗟に思い付いた単語だったのか、何れにしても彼の斯うした箇所が、人に恋をするよう仕向けるのだろう。 俺は最低限の遠慮しかしない。 何かを欲しいと望む時には、手を出さなければ貰えない。良い子で膝の上に手をやったまま行儀良く座っていても、求めるものは空からは降って来ない。それどころか自分の前をあっけなく通り過ぎて往って終う。そしてそれは物でも愛でもそうなのだという事を、知ったからだ。 だから俺は、手を伸ばす。その先に有るものを得る為には、遠慮無く。そうして欲に塗れた意気地無しは、厚顔無恥へと変態する。映画への誘いに、 「いいですよ。」 と快諾をした。 俺は、自ら手を伸ばした。縦令彼から嫌われて、この想いが破れても、やり直せないのが人生だ、残す悔いは少ない方がいい。 俺は、彼を好きになっている。 終. |
| (2012.07) |