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此処に眠る。
| side Y | +Y | 紹介 |
| 樹形図は語れない |
1. 人相の隠された位置からでも分かる。角度を変えたところで、どうせこちらから見える左半分は覆面だ。逆立つ銀髪が目に飛び込んできただけでヤマトは、瞬時に諸々の特徴を総合してその人物を識別した。彼曰く、里に居る時には最も会いたくない御仁。 「げ、先輩。」 暗殺戦術特殊部隊に所属していた先輩だ。ズボンのポケットに両手を仕舞い込み、傾いて座っている。活躍の舞台を変えた現在は、正規部隊の隊服を身に纏っていた。 通称暗部は掲げられた名称に負けず劣らず、構成している人間も洩れなくおっかなかった。頭の螺子が多かれ少なかれ吹っ飛んでいる。大半が若死にだ。「平平凡凡」は、誰しもが一度は憧れる四文字で、遥か頭上に煌めく一等星ほども遠い。長年在籍していたそこを自らも最近抜けたヤマトだったが、彼は暗部に居た頃から、自分はそんな中でも奇跡的な正常さを保っていると主張して憚らない青年だった。その上、自身をとても優秀な人材だと言い張るこの男の頭には、只今の状況にぴったりな先人の教えが浮かぶ。 (君子危うきに近寄らず。) 彼がこの大衆食堂へやって来たのは、ここの看板料理を目当てにしてのことだった。木ノ葉の里広しと雖も美味いタンシチューを味わえるのは、この一軒を措いて他にない。 それはそうと、こうした外食先に出没するなど思いも寄らないその人に、事実いまだ嘗て遭遇したことのなかった彼はすっかり油断の内にいた。 (あのカカシ先輩が、外で食事? それも、誰かの同席を許しているなんて。) こんな様に意外がるより前に、彼は即刻退散を閃き、脊髄反射に匹敵する素早さで実行すべきだったのだ。ところが、余っ程な付き合いなのか、覆面男の素顔が曝け出される真正面に陣取っている、黒髪の青年の方と目が合ってしまった。 結い上げた黒髪を微かに揺らした青年は、自分達を見て硬直した新客の妙な動きを視界の端に捉えていた。店が空いている時間帯だから人のちょっとした動きもよく目立つ。促されるように、ヤマトが先輩と呼ぶ男の首も大きく回る。相手の注目した的を、唯一晒されている右目で自身も捉えんとする為だ。 「あ。」 と気付くカカシに、 「え?」 と返した黒髪の青年。両者からの視線を一斉に浴びてヤマトは思わず、 「う。」 と呻き声を上げた。彼は、踵を返し損なっていた。 「おーい、後輩。」 人付き合いの悪さが絶望的なカカシとつるんでいる、見知らぬ存在に、ほんの一瞬でも気を取られたのが命取りになってしまった。 「うう。」 (あーあ、見付かっちゃった。) ヤマトはがっくりと肩を落とし、頭を抱えた。そこで同年代と思しき青年が、面識のない闖入者に興味津津と瞬きを送るのは然るべき流れだった。 ヤマトは、背後に付いていた店の娘に振り向いて手近な空き卓を指し、盆に載せた御絞やら献立表やらを取り敢えずそこへ置かせて一旦退がらせた。 (もっと目立つ、窓辺にでも座っていてくれたら絶対に入らなかったのに。) そんな恨み事を胸に抱え最奥の席まで近付き、休めの姿勢を取る。後ろ手に組んだ腕は胴囲背骨の位置、足は肩幅。暗部の間では、呼ぶ先輩の元へ集合したらこの形を取るのが基本だ。これが長年のうち身に染み付いて、中々取れない。カカシも見慣れた光景なものだから極自然にそれを解かせた。 「姿勢崩して。」 「あ。はい……。ご無沙汰しております、私に何か御用でしょうか、カカシ上忍。」 早速ぼろを見せて、これだから身内に出会すのは嫌なんだと辟易しつつ、彼は白々しい他人行儀な挨拶をする。里では薄暗い全ての物から解放されていたい。陰惨の感と結び付いてゆく物とは成るべく関係を持ちたくなかった。 「カカシさん、お知り合いですか。」 「うん。後輩。」 (即答か。気遣い一切無しだな。) 隠密活動の内容が内容だけに、他の仲間は互いの繋がりを滅多に口外しない。心証が悪いから、転属してからも出身者は古巣を伏せる。 「へえ、何の?」 (そら来た、順当な質問だ。先輩の分からず屋、だからこの人と関わるのは嫌なんだ、もう旅に出たい。) 立たされた苦境を覆すことができる確率の低さ、それが分からぬヤマトではなかったが、かといって何もせずに諦める男でも彼はなかった。 「ええと、……そう、……ど、同好会、です。」 カカシに答えさせない早さで兎にも角にも口を開く。 (野を越え山越え国境越えて、道なき道を進んで戦闘に明け暮れ、腕を磨きながら、各地の権力者の依頼に振り回された、揚句僕等は――得た報酬で、消費した忍具を補給する。これは一体、何であれば良かったのだろう。) 「ぼ、冒険とか? そういう類の。」 悪が魔王なら良かった。 「こう、酒場で仲間を募りフォーマンセルを組んで。伝説の武具を揃えて、最終的には火山に投げ込む、ことを目的と……しているような、いないような。」 (花火の上がる城で、舞踏会に出るんだ。踊れないけど。) 「ぷあ……ははは!」 初対面の人間に思い切り笑われた、その原因を作ってくれた張本人は、 「はあ?」と怪訝な表情を己の後輩に向ける。 (こっちの台詞だわ。) 一刻も早くこの場を辞したいとヤマトは思った。貴重な安息の刻がどんどん削られていってしまう。 (先輩は経歴が露呈してもいいんですか?) 「カカシさん、差し支えなければ同席願ったらどうです。何だったら、俺は外します。」 「いえ、いえ、そんな!」 「イルカ先生が帰るこたァないよ。」 焦ったヤマトは、内心で誰の所為かと罵りながら「そうですとも」と大きく頷いた。血みどろの任務現場でたびたび愛すべき後輩を地獄に突き落とすような要求をしてくる先輩だ。何度後から鬼畜生と詰ったか知れない。そんな悪魔と二人きりの食卓など、そう易々と引き継げるものではなかった。 「僕はこれで失礼しますので。」 「何でよ、食事に来たんでしょ。テンゾウ、お前、ここに座りな。」 使っていなかった左手の椅子を引いてカカシが大様に迎え入れる。その、さも気さくな雰囲気にヤマトの腸は凄まじく煮えくり返った。後生だからそっとしておいて欲しい。 「……。」 「お座り。」 静かな口調は、反抗的な態度の兆候さえも許さない。 「あの、良ければ、どうぞ。」 「……はい。」 (貴方に勧められるまでもなく、自分には断る権限などないのですよ、イルカセンセーさん。) とうとう己の心の折れる音がボッキリと聞こえたヤマトは逃げられないことを悟り、ぽつんとあった御絞と献立表ともども彼等の席へと移動したのだった。 2. 「では、お邪魔します。」 「こいつは、俺が特に買ってる後輩。こっちは、イルカセンセー。」 「ヤマトです、宜しくどうぞ。イルカセンセーさん。」 「テンゾ、あのね。本当は、イルカまでが名前なんだよ。」 迷いなく誤解したヤマトと、「本当は」と付けて教えるカカシの遣り取りを聞いていたイルカは向かいで軽い戸惑いの表情を浮かべたものの、確認したい事項を寄り抜いて優先した。 「アカデミーで教師をしています、イルカです。お名前は、ヤマトさんでいいんですかね。」 「ああ、はい。この人の呼び方は気にしないで下さい。センセイか、先生ね。」 「はは、了解しました。きっとカカシさんと最初に会った時がテンゾーさんだったんでしょう。違うかな。俺は、イルカセンセーだったから未だにイルカセンセー、だと思うんです。だから、例えば配置換えで教職を離れてそこから何十年経っていても、この人の中での俺の名はきっとずっとイルカセンセー。」 「あ。なんか今、やけに腑に落ちた。」 「ん、お前達、俺に文句でもあるのかい。」 「いいええー。」 「あっても聞いちゃくれないでしょ。」 ヤマトはそう不平がってから特に見る必要もない献立表を開いて、疲れた心を休ませる一時に充てた。 「あ!」 いきなり声を発したのは、アカデミーの先生だった。吃驚して面を上げたヤマトとは視線が交わらず、両目はその手元を穴が開くほど凝視している。何事かと思い次の科白を待っていると、とんでもない一言を彼が放った。 「あの……。貴方、もしかして、暗部の方?」 「な。ど、なん、……え?」 たったの一発が見事に己の核心に直撃した元暗部が余りの急な展開に狼狽しているのを余所に、イルカは横一文字に走る自身の鼻の傷を人差し指でツイ、ツイと撫でてみせた。 「俺のこと、見覚えありませんか。人違いでしたら済みません。」 何拍か空いた後、 「ああ!」 ヤマトははたと思い出した。それは、十年も昔の記憶だった。 「あ〜……ううん?! え、え、本当に? あの、時の……。」 「あのー、暗部も別件で動いてたっていう。」 「……そう! 今だから言えるけど、こっちは抜け忍暗殺だった。」 「やっぱりそうだ! 俺はD級任務だったけど。」 「君、……あの時に僕が接触してた木ノ葉?!」 「いかにも! うん、そうだ、やっぱりあの時の切り株お化けだ。」 イルカは奇遇な縁に興奮を覚えていた。 「な、何、切り株お化けって。僕にそんな渾名付けてたの?」 「ひゃっふふ、すまん、すまん。だってさ、初回の時に、てっきり切り株が喋ったと思ったもんだから、俺。」 「ギィ、この暴発寸前問題小僧が……。」 「はは、まあそう言うなよ、久しぶり。十年振りくらい? 元気だったか? 俺は、そうさな、不死身かもしれないと近頃思い始めている。」 半信半疑だったヤマトは、凡てをさっさと飲み込んでゆく相手のこの順応性の高さと他者に対する垣根の低さに、同じように引いていた覚えがあった。 (間違いない、本当にあの時の木ノ葉だ。) 「なんだ、知り合いなの?」 「ええ、まあ。」 そうしてニンマリ笑う、元暴発寸前問題小僧の顔は見えても、真横にいる先輩の心中は不明で気も漫ろになる。なにしろカカシが寛ぎきった様子で他人と時間を過ごしているという、この場面一つで、彼等の間柄が懇意であると知れる、それくらい隣の男が誰かと時間を共有している姿は珍しい。ヤマトはそこに無駄な波風を立てたくなかった。 だって折角できた、食事までする仲の友人だ。貴重な存在に違いない。彼自身が里での人間関係を築くのに苦慮する性質だから余計にそう思う。 (去年の秋には恋の相談をする相手もいなかった。今なら、僕じゃなくてこの人に打ち明けているだろう。) その先輩と、理解者の間に割って入る気は微塵もない。 (不用意に混じった自分が均衡を脅かす働きでもしたら、最悪だ。) だからただただ安心していて欲しいと、彼はなんだかんだと言って結局は尊敬して已まない先輩の心の、些細な平和を尊重したかった。如何なる微小も存在する限りは有だ。 眼前の青年との距離が先輩を差し置いて縮まることは、ありとあらゆる偶然を掻き集めても起こり得ないし、また先輩より近付くこともない、要するに、嫉妬には及ばない旨を宣言しておきたかった。それが、もしも自分がカカシの立場ならと考えたヤマトが出した結論だった。 (僕なら、横取りされたらどうしよう、自分だけが置いてけぼりにされている隠し事があったらどうしようって、気が狂いそうになるよ。) 「イルカさん。僕達、知り合いと言うほども親しくないでしょ。」 実際に、あった接点はイルカの任務期間の残り一週間で一時的に喋ったというだけで、その後に交流を謀ったわけでもなく、こうしてカカシが間に入る今日までお互い見掛けもしなかった。 「そう。……そうなんだ。」 俯いたカカシの声が、何かを噛み締めているように聞こえた。 「ややこしいんですが、百八十度違う矢印で対象がカチ合っちまったんだよな。」 「そう」と何度も繰り返す、カカシの相槌は落ち着き払ったもので、後輩の杞憂とは逆の謂わば喜びを帯びた感さえあった。その反応を意外と捉えるくらいの関心なら生まれたものの理由を解明したいとまで意識が高まらないヤマトは、聞き流していた。イルカの方はずばりと訊いた。 「さして驚かないんですね。」 「俺には関係無いから。」 「せ、先輩、そんな、関係無いだなんて言い出さないでくださいよ。」 「なんでさ。お前らの驚きは、俺には関係無いもの。俺は俺で、俺の驚きを味わってたあよ。」 「なんだ、それならそうと……どういうことですか?」 ヤマトをして己の先輩がいかれていると言わしめる所以がここにある。ここではイルカが黙っていた。 「意味が分かりません。」 「いや意味は分かるだろ。」 「いや意味が分かっていたら意味が分かりませんとは言ってないじゃないですか、意味からして分からないから意味が分からないって言ってるんじゃないですか。」 「長い。」 「そうですね、別に何でもありません。」 「あら、そう。ま、でも、嬉しいよ。イルカ先生がテンゾウを知っていて、テンゾウがイルカ先生のことを知っていて。いいよね、そういうの。そのことが分かって、俺は嬉しい。」 そして、広がっていく輪を見るのはいいねとカカシが穏やかに述べるから、ヤマトは思い描いていた先輩の器の大きさをこれまでよりも一層大きく描かなければならなくなった。それを素直には認めたくなくて減らず口をたたく。 「気を回して損した。」 「どっちも可愛がってるもんね。仲良くし給え。」 「だってさ」と口にする代わりに凛々しい眉山の片方のみを器用にニュッと上げた、イルカは笑っていた。 (茶目っ気のある人だなあ。) ぼんやりと思ったヤマトはそこで、この人もまた焼き餅を焼くのとは別な次元にいることに気付いたのだった。 -続- |
| 3.〜4.> |