text16_2
此処に眠る。
| side Y | +Y | 紹介 |
| <1.〜2. |
| 樹形図は語れない |
3. 平常心に戻ったヤマトは、寝耳に水の一大事を手早く了承し、受け流した。しばしば予測不能となる環境に身を置いていた御蔭で、事が勃発しようが進展しようが、それが僥倖であれ不幸であれ、大きく心は動かないのだ。さもなければ回復の追い付かない勢いで精神は摩耗していく。迎える結末はたった一つだ。そのことを弁えている彼の喜怒哀楽は、生きることの犠牲となって殆どが潰えた。歓びでさえ、一定状態からの変化という意味において疲れる。 さて、取り分け重大な筈の出来事が比較的あっさり一段落したところで、ヤマトはふと甘い物を口に入れたくなった。 「むむ。」 彼にとってはこちらの方がずっと重要な問題とばかりに腕組みをして、本格的に悩み出す。 「苺のパフエを二つか、それとも初志貫徹のタンシチューか。ああ、どうしよう。」 「全然違うじゃねえか。」 「え、だからでしょ。」 「ヤマトよ、お前もか……!」 イルカの指摘に付いていけないヤマトは、右に助けを求める。 「『も』って何。普通そうですよね?」 「ああ、うん。けど、俺はイルカ先生の肩を持つから、俺からの同意は得られないよ。たとえその解が誤謬でも、完璧でも関係無いの。」 「ううわあ、完膚なきまでに依怙贔屓。」 「正に代名詞。」 「何のですか。」 「……、帰り際に尚もお前が覚えていたら答えてやるよ。」 これは物臭のカカシが使う常套句だった。そして、森羅万象の概ねがどういう真でも構わない後輩は、先輩の狙い通りに大抵再び聞き返さない。 「ヤマトよ。お前も『いま食べたいやつをただ選んだだけ』って言いたいんだろう、俺はそんな気がしているんだが、どうだ。」 「勿論です。食べたくない物を選ぶ人っているんですか。」 「そうじゃなくて、食事というからには飯物の中から決めた方が一般受けするという話だよ。朝昼晩の飯としてパフエ二つは、候補に上がらねえって。」 「へえ、そんなもんですか」と助言を受けている側で、カカシは「おおおお」と震えていた。この男がどの感情の作用で何の心境に突入しているのだか、その答えは昔からヤマトの理解の外にあった。 一歩外へ出れば北風がぴゅうぴゅう吹いていることを考え合わせて、家を出た最初の気持ちを貫き選んだ特製タンシチューをやっと注文し終えた、ヤマトをイルカが改めてまじまじと見ていた。 「しっかし、大きくなって、まあ!」 「見ろ。イルカ先生が、昔から実家の裏に住む小母さんが久しぶりに帰省した主人公を目撃したときのようだ。」 「よくスッと出ましたね、その設定。俺達、同い年なんだよな。カカシさん、知ってました?」 「へー。」 「食い付き悪いなあ、もう。凄い記憶力ですね。そうだった、そうだった。」 「けど、あの時はもっと背が低くてヒョロヒョロだったのに。今じゃ俺とそう変わらねえよな。」 「う……、食べても食べても何故か成長に活かされなかったんだよ、うう……。ああ、思い出した。そう言えば君は、周りが結構な緊張状態だったなかで、暇だからとか余裕ぶっこいてやたらと無駄話を持ち掛けてきたよね。アレいい迷惑だったわ〜。」 「うん、暇だったから。ほら、屋敷にいると鬱憤が爆発しそうだったし。」 「だからってねえ。……て、いうか。そう。そんなことよりも。なんで僕が判ったの?」 「ああ。確かに、そっちはずっと面付きだったもんな。でも、その動きはあの時の暗部にしか見たことがなかったからさ。」 その動きとは、五指を動かすヤマトの癖のことだった。爪を他の指の腹で弄る奇妙なもので、指先同士を擦り合わせてまるで何かを粉々に擦り潰したり、はたまた縒ったりしている風に爪と皮膚の境目を触る。あるいは痒いのかと思わせるような、少し不気味な仕草で両手の指がちょこちょこと動くのだ。 暗部装束の手甲は鉤爪が付いているから、それで猶更個性的に映ったのだと言う。イルカがその特徴的な癖を見出したのは、あの時の暗部と、大事な人の後輩として登場したヤマトにだけだった。 席に着いてから献立表を開き、陥った事態の整理を頭の中でつけていたヤマトは、無意識に親指の爪で他の指の腹を連続して弾いていた。 「カチャカチャ鳴るから止めなさいって言われてたでしょうに。」 「まあまあ」とイルカがその場を取り成しているうちに、熱々のタンシチューは運ばれてきた。 「さ、食いな、食いな!」 「それは……親戚の集まりで寿司桶を毎回大量に手配する……伯父!」 「ふは。カカシさん、貴方いま、一体どんな小説読んでるんです。」 「勧めてくる威勢のよさが、童話に出てくる森の魔女の迫力に似ています。」 「そっちの席は言いたい放題軍の陣地なのかよ。」 「そんなところばっかり先輩に似て」とヤマトに言っているイルカの眉間の皺に、「そんなところばっかり父さんに似て」と眉間に皺を寄せて息子を見る典型的な母親像を浮かべたカカシは、本当に、何にでもなる人だなと改めて思っていた。 それに、元々顔が広いというのもある。その人が「後輩の知り合い」という役柄を持ち出してきたところで、今更それが大打撃にはなりようもないと続けて思った。 「ところで、その魔女って良い人? 悪逆無道?」 「食事を与えて丸々と肥えさせた上で、愈々自分がそいつらを食べるんですよ。」 「ハ……! カカシさん、やばい。彼、鋭い。俺の正体に、気が付かれています。」 「そうでしょ、俺が一押しする後輩だからね。」 「え、え? 僕、食べられちゃうんですか? 怖いことをひそめかないで下さいよ、食べても美味しくなんてないんだからね。」 (先輩の手の施しようがないことは百も承知だけど、ひょっとして、いや間違いなく、この人も変だぞ。) そこで、この二人がどういった経緯で一緒に居るのかという好奇心がヤマトに芽生えた。 「あの、立ち入ったことをお伺いしますが、お二方はどういった御関係で?」 「……どう?」 イルカの首がゆっくり傾くと、釣られるようにしてカカシもおもむろに首を傾げた。 「さてねえ。」 「押し掛け中忍、ですかねえ。」 「だ、そうです。」 「なんで伝聞なんですか。敬語にまで釣られちゃってるじゃないですか。両方ふわふわしたその感じは、一体どういうことなんですか。」 「どうもこうもないよ。」 お手上げの雰囲気でカカシが答え、イルカの方も、これ以上は知らないといった調子で肩を竦めてみせる。 どうやら深入りは禁物らしい。立込める濃霧に遭難の危険性を感じるのと同種の怖気がついたヤマトは、さっさと食べてここから離脱すべく、シチューを全力でフウフウし始めた。彼は、何より不即不離の二人が作り出す不思議な空間で和んでいる自分自身にはっとしていた。 「一人だけ食べるのは落ち着かないだろう。どれ、俺も何か、デザートでも頼むか」と言いながら係の娘を呼んで、イルカが追加したのは唐揚げだった。ヤマトは食べていた手を止め、法則をお復習いした。 「デザートと言うからにはデザートの中から決めるもの、じゃなかったっけ?!」 「はは! いいの、いいの。鶏肉なんかデザートみたいなもんだろ。肉と名乗るのはおこがましいって。」 「引くよね。この人、さっき豚カツ定食平らげたところなんだよ。」 「それは……、あっぱれなこと山の如しですね。」 「ヤマト、ヤマト。じゃあ、この人が何を食べたのか、聞いてみて。」 「え、先輩、なに食べました?」 「コーンポタージュ。」 「うげ。行軍中にあれだけ缶ポタ食べてて、よくわざわざ選びますね。」 「抜かった、そういう視点か。」 「僕は駄目です。」 「ああ、同じ理由で、俺は天ぷらが無理。」 「あ〜、それも分かります! 現地調達した食材は取り敢えずブッ込んで火を通しとけ、みたいな。あの考え方ね。揚げたら揚げたまんまでもう、衣がベットベトなんですよね。油はどんどん劣悪になっていくし。」 「そう……、うえっぷ。」 壁に貼られた背凭れに身を預け、イルカは愉快気に顔を綻ばせている。ヤマトは握り拳からピンと突き出る親指で匙を固定し余分な力を込めて使っていた。掘削作業のような手付きで掬われて減るとろとろのシチューを、カカシは頬杖をついてぼんやり眺めていた。 「良かったら、また一緒に飯食おうな。」 イルカの誘い掛けに虚を衝かれて些か混乱したヤマトは、言葉を探しながら先輩の見えない顔色をぎこちなく窺った。 「お邪魔じゃ、なければ。」 そう小さく答えた後輩にカカシは、 「うん、いつでもおいで。」 と快諾を示してから正面に対して、 「俺が居ないときでも遊んでやって。」 と付け加えた。 その人ではなく、にこりとしたイルカはヤマトに向かって返事した。 「こちらこそ、宜しくな。」 4. 勘定場には、カカシが立っていた。 彼は昔から財布を持たない。ズボンのポケットから両手を出すと、その片方はぞんざいに二つ折された幾らかの札を握っていた。それを出す時に、札の間に挟まっていた小銭がチリンと足元の床に落ちる。 「また。」 慣れているのか、慌てずに拾い上げたイルカが、落とし主の手の平にすっと戻していた。 「先輩。お金は財布に入れて使いましょうよ。」 「そうだそうだ。いまヤマトはとても良い提案をした。」 「ん、気が向いたらね。」 「向かないんだな、これが。」 「向かないんだよね、あれ。」 ぼそりと零したイルカと、同調したヤマトは声を揃えて、 「御馳走様でした。」 と大きめに礼を述べ、一足先に大通りへ出た。瞬く間に冷たい風が襲ってくる。イルカに柔らかく巻き付いていた眠気は根こそぎ攫われてなくなった。 ヤマトは空を見上げた。夕映えの雲が、美しかった。 そう間を置かず、扉に付いた小さな鈴の音は冴え冴えする冬の外気にまたカランと響いた。 「ヤマト、今度、麻雀やろうぜ!」 「麻雀? う、うん。でも、僕、したことないよ。」 「大丈夫、俺も、一式持ってるけど持ってるだけで本気で触ったことねえから。特訓だ!」 「は……い。あ、先輩。」 ヤマトは会計を終えたカカシに近寄る。 「答えは?」 カカシは造作無く、短い二文字をぼそっと発音して終えた。 「愛。」 唖然として先輩ではなくイルカを見返すと、彼は顔を背けて笑いを噛み殺していたから、ヤマトが握らされた回答は益々釈然としないものになった。 なんだか途轍もなく大きな塊を誤飲した気分になって、満腹の腹をさすりながら帰ったヤマトは、自分が別れた後の二人の会話を知らない。 序でにいってしまえば、一年ほど前にカカシが話していた意中の人こそイルカだったと彼が知る日は、ここから遠くない。 ポケットに両手を仕舞い込んで、小さくなる後輩の背を見送りながらカカシが聞いた。 「アンタ、麻雀道具一式持ってるの。」 イルカは楽しそうに両腕を広げて伸びをしている。 「持ってませんよお、今から買いに行くんですよお。」 「信じられない。」 「ふぁっふぁっふぁ。」 「あいつのこと、気に入ったの?」 「これが俺の口説き方、なんつって。」 「言っておきますが、あいつは俺の後輩ですよ。」 「俺は人付き合いの一つも許されないんですか、貴方の戯れ言に乗っただけでしょう。少なくとも、ヤマトとどうにかなんてなりゃしませんよ。やるならもっと、物理的にも心理的にも疎遠なところでします、俺からもカカシさんからも。足が付く恐れの格段に跳ね上がる近場で済ますなんて危険は冒しませんよ。」 「それは同感。拗れたときにややこしいしね。」 「そ、そ。」 「ただ。」 「……?」 「イルカ先生。」 そう言ったきりカカシが口を開かないから、呼ばれた本人は応答を声に出した。 「はい。」 「俺からの信用を無下にする様な真似をするんなら、そのときは責任と謂う名の命を賭けてしろ。」 知らなかったでは済まされないのでカカシは釘を刺しておく。「と、いうことを、どうか肝に銘じていて下さいね。」 「怖いです、言い方が。」 「当たり前でしょ。」 「まあね。」 「ま、貴方の信用なんて、これくらいのものですがね。」 そうして作られた親指と人差し指の隙間は極々薄く、イルカは苦笑いした。 「こう見えても、俺はカカシさん一筋なんですってば。」 「はいはい。」 カカシは既に歩き始めていた。 終. |
| (2013.02) |