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置いては往かない。

浜+栄 水栄 田花 『化石になっても君の傍で』後の話 錯綜

愛しているのは君だけだ



1.

部活終わり。月曜日。皆がそれぞれ部室に引き上げている。
「待って待って、待ってください!」
栄口は小走りで追いかけた。「あの、ちょっと、……は、浜田さん!」
名前を聞いて初めて呼び止められているのが自分であると気付いた人は、本日最終まで助っ人に出た結果、みごとに泥んことなった顔を声の主に向けると、屈託のない笑顔をみせた。
「ん、なにー。告白?」
「こ……ええ? 違、」
「ぶはっ、分かってるよ、されても困っちゃう。アッハッハ。」
瞬時に繰り出される突飛な発想に、思わず怯んだ歩が止まる。それで栄口は、
「あ……はあ、ハハ」と、愛想笑いとしては完璧な反応を返しつつ、
(あれ……なんだろう、この、人懐っこくて明るい面を見ているはずなのに本当は奥底に軽薄さを隠し持っているんじゃないのアナタと一瞬疑ってしまう妙なデジャビューは)と早口で、一度も噛まずに思った。

そんな彼らのずっと後方。ベンチの周辺で、ダラダラと帰り支度をしている連中のなかに、
「えっ、ぐしっ!」と、不意のクシャミに襲われている人物がいた。
「うわ、水谷! きったねえな、人に向かってすんじゃねえよ!」
「うえ〜。花井が冷たい。何これ、夏風邪?」
「知らねえよ!」
「鼻水付けてやる、そんなに冷たくする奴には〜。」
すっと人差し指を立てた彼はその指先を主将に向けて迫いかけ始める。
「おわ、来るな! やめろバカ!」
「ひっどい! そこまで嫌がる? 何も付いてないよ、立てただけじゃん。するわけないでしょ、田島じゃないんだから。」
「それでもイヤだ、俺に触れるな!」
田島じゃないんだから、と言われた時には動かなかった田島の耳が、そこでピクリと動いた。
「よくそんな酷いこと言えんね!? 触りまくってやるよコノヤロ〜!」
「滅せよ!」
科白とともに四番の回し蹴りが水谷の脇腹に決まる。
「ぐあっ、痛……タジマア……ッ!」
水谷はだしぬけの攻撃に思わずちょびっと素の部分を垣間見せた。が、花井とのあいだに立ち塞がった王者は、そんな圧にも怖気付かずに言い放つ。
「花井が『イヤだ』って言ってんだから、お前は花井に触れんじゃねえ。しかも一生!」
「っは! 田島には関係ないね! なんかもう、グッジョグジョになるまで触りまくってやるよ。花井、覚悟!」
「ええー、バカ! お前ら、もう! バカ野郎! バカ野郎だよお前らなんか!」
困惑を罵倒の力に変えつつ、ガチャガチャした場からとっとと離れようと花井は一人歩き出す。
「なんでだよ花井! 俺は守ってやったろう!?」
四番の言葉に敵愾心を刺激された彼は、心底迷惑そうな顔を向けた。
「頼んでねえ。」
「きゃはははは! フラれ田島! ……約束通り、花井は頂いて行くぜ!」
「なんの約束だ! いつした! 待て、来るなっつってんだろ、アホ谷!」
「甘い!」
「させるか! 梓は俺の嫁ー!」
「誰がだー!」
このボルテージのいかれた高さが、逆説的に部員達の心身疲労を示していたことは言うまでもない。


そんなグラウンド組の騒ぎは届かない、部室棟か校門かへの分岐路に立つ栄口は、あと少し浜田に近付くために、校門側へと進み出た。
「浜田さん、あのホラ、こないだ言ってた、あるじゃないですか。」
「ああ、あれ? あれね、うん、あるある、……あったあった……あったよね、えっと……、」
と、応じる目が泳ぐ。「なんだっけ、アメンホテプ三世についてだっけ?」
「ちっ違います! アメ……まさかのファラオ語り!? いや、それはオレじゃありません!」
「だよね、そうだと思った。」
素直に育った子なんだなあと、苦笑いして浜田は謝った。「ごめん、冗談。忘れちゃった、なに話してたっけ?」
「え……、と……。」
相手にとっては忘れるくらいどうでもいい内容だったのだと頭が回った、栄口は、わざわざ呼び止めて悪かったなと思い、感情を急停止させた。

勢いのあるツッコミから一転、一気に尻込みしてしまった様子を見て取った方は、ようやく浮ついた空気を引っ込めた。
「ごめんって、栄口。」
それから言い淀む肩をポンポンと軽く叩き、地面に落ちた視線を自分の顔にまで上げさせると重ねて言った。「そんな顔になんないで。思い出せなくてごめん。」
それは、あやすような雰囲気だった。そして、その不意打ちの豹変に、栄口の心臓は不覚にもドキドキ鳴った。優しい声色でもって語りかけるように話されることにめっぽう弱い。速まる血流に押されるように、詰まっていた言葉が口の外へポンポン排出されてゆく。
「あ、いや、俺は全然! むしろ、浜田さんにとったら『あんなこと本気にしてたの』とか、いまさら言われても迷惑っていう空気なのかなコレとか、思った、だけで……、ですね。」
「うん。……で、もう言ってくれないの? それは。」
「いや、あの、」
心の中では、平仮名の(あ)が最大フォントサイズで次から次へと大量に降って落ちてきていた。
(ああああ、ヤバイヤバイ、何ドキドキしてんだオレ!)
肩口で汗を拭う仕草で己の動揺を誤魔化して、栄口は本題を切り出した。
「ま、前に、安上がりで簡単で美味いレシピの話してて、」
それを聞いた途端、一人暮らしをしている浜田は表情をパッと元に戻すと、手で作ったピストル二丁の銃口を相手に向けて叫んだ。
「あー! してたしてた! 肉食いてえって話してた時っしょ、確か!」
「あ、ああ、そうです、そうそう!」
「ねー、そうだよねー! 覚えてるよ!」
これ覚えてるうちに入るよね? セーフ、セーフ! と主張する一つ歳上だが同学年の男は、最前優しく触れたばかりの肩を今度は容赦なくバシバシ叩いて明るく笑った。
「いやー俺、危うく栄口クンを泣かせちゃうとこだったよ!」
ハハハ、と乾いた笑いで同調する栄口は、内心の波を静めた。
(あれは幻だったのか? さっきの浜田さんは? どこにいっちゃったの?)
豪速で落下してきた(あ)によって穴開き寸前だった心の屋根は、水谷に見つかるより前に大急ぎで修復しておかなければならないだろう。

「こないだ作り方教えてくれるって言ってたよね、その話?」
「あ、そうなんですよ。オレ、今日レシピをメモって来たから、」
「くれんの!? ありがとう!」
有無を言わさぬ素早さで相手の両手を取ると、浜田はそれを自分の両手で包み込むようにギュッと握りしめた。
「い……要るんなら渡そう、かなって。」
「欲しい、要るよ! サンキューなー!」
そうして握手では飽き足らなかったのか、栄口の体の硬直も気にせず彼は思いっきり抱きしめにかかった。


そんな楽しげな抱擁劇を、泉は部室に針路を取るさなか白い目で見ていた。それでいて、背後を辿って同じく部室に帰ろうとしていた三橋には、とびきりの笑顔を向けた。
「三橋。」
「う……ん?」
「一緒に戻って着替えようぜ。」
「う、うん!」










-続-
2.>
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