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置いては往かない。

泉+三 阿←三 錯綜

<1.
愛しているのは君だけだ



2.

「で、どうだった? 阿部とのデエトは。」
泉が首を左右に一度ずつ傾けてボキ、ボキと鳴らすと、春からほったらかしていたせいで伸びた分の髪が揺れた。
「え、……う、ん……とね、楽しかった、よ……。」
隣で同じようにロッカーの前に立ち、ボタンを外し始めた三橋は俯いたままで答えた。
「へー。」
その声の弾まないのを泉が気に留めない訳がない。「の、割には元気ねえな。楽しくなかったのか? 阿部のせいで。」
最後の一言は彼が意図的に混ぜた起爆剤だ。今度は三橋が、相手の台詞に待ったを掛ける番となる。
「あ、ち、違うんだ。阿部くんは……、いい人……だよ……っ。」
「なんんじゃそら。」
入学式から数ヶ月のあいだで彼の持つ世界にみごとに順応してみせた泉は、簡単にそうツッコむとそれを相槌に代えて、きれいに受け流した。「で、じゃあ、映画は面白かったのかよ?」
「うぅー……と、……。」
着替える手を止めてしまった三橋は、部室の天井を仰ぎ見る角度で数回、目を泳がせると、力なくゆっくりとまた伏せて、それから級友の方をおずおずと見た。「……、泉くん。」
カバンの中身を引っ掻き回して、帰りのシャツを探していた彼も動きを休めて向き直る。
「何、三橋。」
「あのね、」
ずっと二人きりだったにも関わらず、そこで三橋はなぜかキョロキョロと部室内を見回して他人の気配を警戒する素振りをみせた。
(なんだ、なんだ、ぶっちゃけトークか?)
一体どんな進展があったのかと、聞き手も思わず間近に詰めてゆく。すると、彼はいささか跋が悪そうに、いつもよりもさらに小声でボソボソと話し始めた。

「だ、誰にも言わないでね?」
「おう。」
「阿部くんにも……。」
「当たり前だ。」
「ぜったいぜったい、誰にも内緒、だよ?」
「信じていいぜ、三橋。あ、なんなら指きりすっか?」
「お……あ……おオレ、信じる! 信じてる……よっ! いい泉くんの……ことっ! オレっ、」
「よし、」
至近距離で向かい合っている左肩にポフンと右手を載せると、分かり易いよう若干誇張した期待の眼差しを向けて、
「んじゃ、話してくれ。」
一語ずつ力強い発声で喋り、泉は話の流れを本筋へと誘導した。
「うんっ。」
どうやら彼は、三橋のおかしなスイッチが作動したなと思っても冷静にコンセントを引き抜いて、その高揚モードを迅速に根元から断ち切ってリセットしてしまえる男のようだった。この点では阿部をも凌ぐ高みにいると言っていいだろう。
三橋も、いつでも優しい気遣いをしてくれて、いつでもこちらの側に立って自分の想いを応援してくれる彼に対しては何かと些細な報告や相談をするのが常になりつつあるらしかった。

「じ、実はオレ、映画の内容、全然覚えて……ないんだ……。」
「え?」
「えっとね、オレ、あんまり、ああいう映画って興味ない……んだ……ホントは。」
「え、だってお前、え? 確か……『観たい映画ある』っつって……。」
「ウン。阿部くんの……観たそうなの……一生懸命探して、それで選んだんだ。オレは、オレには難しい……から、ああいう映画。」
「三橋……。」
(お前……なんでそんなに健気なの……。お前が幸せにならずして誰が幸せになるっつーんだよ。)
泉は涙が出そうになるのをクッと堪えた。その反面、阿部を憎たらしく思う気持ちはまたプクプクと肚の内で増幅してしまった。

「オ、オレもがんばろうって思ってたんだけどね、着いたら、阿部くんは『字幕がいい』って言ってね、オレは吹き替えがよかったんだけど、阿部くんが字幕がいいからね、うえ……と、字幕、字幕にしたら、始まってすぐにオレ、付いていけなくなっちゃって、そいで、そいで、」
「……っ!」
聞かされている胸はもう一杯で、頷くのも忘れるほど打ち明け話に夢中になっていた。
「そいで、……全然覚えてないん……です……。」
バッサリと話は最高潮で突然打ち切られてしまったが、泉にとってはもう十分だった。
「そっかあ……!」と当たり障りない受け答えでおいたが、実際は親指を突き立ててウインクの一つでも飛ばしながら「グッジョブ!」なんて言ってやりたい心境にいた。
(お前はよくやったよ、三橋!)
そしてやはり同時に、
(阿部よ、三橋に跪け!)
と思うことも忘れなかった。

「でも、ホントに楽しかったんだ! 阿部くんもね、映画のパンフレット、買ってた……よ。」
「へえ、そうなんだ。よかったな。」
「うんっ。」
頷いた友の顔を見ていると、泉にもなんだか良いことがあったような気持ちになれた。
「オレ、あの映画のDVDが出たら……買うんだ。それで、ちゃんと……話……観るんだ。」
「三橋っ。」
(努力の人……!)
そこへ、ガチャリとドアノブを回す音がして、急いだ様子の栄口が現れた。
感極まって三橋の手を取りブンブン握手している泉が目に飛び込んできた栄口は、その状況はよく飲み込めなかったものの、なぜだか先程の浜田と自分が思い返されたという。



余談だが、五年後、阿部の下宿先の本棚の片隅には、この時から彼が収集することを始めた映画のパンフレット群があった。その一番左端に、埃を被ってやや色褪せてしまっていたが忘れるはずのない表紙のそれを、三橋は偶然見つけることになる。
さらにその三年後、懐かしい三橋の部屋の、依然ごちゃごちゃしているベッドの下から、阿部は偶然にも一枚のDVDを拾い上げることになる。










-続-
3.>
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