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置いては往かない。

阿+栄 阿←三 水栄 錯綜

<2.
愛しているのは君だけだ



3.

阿部と三橋が二人で映画を観に行った日から、数ヶ月が過ぎていた。
「聞いてくれよ、栄口ー!」
朝錬のためフェンスの内側へと登校してきた姿に気付いた阿部が、大声で話し掛けながらそれに走り寄って行く。
「おはよ……わ!?」
加速した勢いを緩めずにドンと無遠慮に正面から飛び付くとそのまま腕を回して、抱き締めるというよりは聞き役の逃亡を許さない力加減で、彼はまだ少し眠そうだった友を捕獲した。
三橋相手ならまず繰り出されないこんなふうな行動も、今のようにそれが栄口となった場合には、むしろよく見掛ける光景に変わるのだった。それに、当初こそ傍目を意識して恥ずかしさの拭えなかった栄口だが、この頃ではその激突に慣れてしまって別段抗う姿勢もみせずにいる。

「ミハシが! あ、こないだ話した方の、な!? そっちのミハシがさあ、さらに叩き売られてたんだよ!」
「ああ、あの、育ちすぎたっていうウサギ?」
映画を観た翌日の月曜日にも、朝っぱらから同じ調子で「聞いてくれよ!」と阿部は、登校してきたばかりの栄口をひとまず元気よく羽交い絞めにしておいて、ペットショップで見つけたウサギのことを半ば一方的に話して聞かせていたのだった。
「ああ! ソイツがさ、ついに千九百八十円にまで値下がりしたんだ! それまでなかったスタッフの『いい子です』みたいな一言アピールまで付いてたよ! 必死だよ! 必死に売り払われようとしてるんだよ!」
「あー、ハイハイ。」
報告を受けている方は可笑しかった。それで、「オレに話してくれて以降も、そうやってちょくちょく様子を見に行ってたわけだね?」と暗にからかいを入れてやったが、
「だって気になるんだもん!」
と、意外なほど素直な答えが返ってきた。
よっぽどそのウサギのことが心配なのかなんなのか、阿部はさらに熱弁を振るう。
「そんで、それがさあ! いつ行っても売れてねえわけだよ! 居んだよ! ミハシの野郎が! もう俺、どうしよう! すげえもどかしいっつうか……もう、どうしよう!」
両肩をガクガク揺さぶられている栄口は呆れ顔で、ハイハイと返事をしてやっている。「ミハシなんて名付けなきゃよかったよ、ちくしょう!」
阿部はまた、わっと彼を掻き抱いた。「不幸すぎねえか、アイツ! うっ、俺もう、ちょっと泣きそうになっちゃったんだよ、ついに昨日のそれを見て!」
そこまで彼が喋りきった時、それまで悠悠と付き合っていた栄口が、どうしたことか突然そんな友を自身から引き剥がしに掛かった。
「あ! ちょっと阿部、離れて! ……離して!」
なんだよ急に、と不平がる阿部の耳に、
「水谷が、水谷が来る! ヤバイヤバイ、阿部、これはヤバイよ!」
と焦りながら自分をグイグイ遠くへ押しやろうとする栄口の乾いた声が届いた。
その意味を理解した阿部が、大人しく距離を取ってくれるわけがない。それまでとはまるで別人のような笑みをニヤリと浮かべて、
「栄口いいいい!!」などと取って付けた調子で彼にギュウと抱き付いた。
わざとらしいその所業に業の煮え切った栄口も、それまでとはまるで違う表情になる。
「あべええええええ!!」
血管が浮き上がるかと思われる力の入れ様で阿部を拒みだした。
ところが予想に反して、
「……はよ……、仲良いねえ……。」
まだ半分寝ているような目にちょっと両人を映しただけで、さして興味もなさそうに呟いた水谷は立ち止まることもなく、そのままフラフラと朝から賑やかな現場の前を通り過ぎて行ってしまった。
「……?」
「朝の水谷って、クラゲみたいじゃねえ?」
クラゲのような男の背中を見送る阿部が、詰まらなさそうに言う。
その阿部に肩を組まれて横並びに密着した状態のまま、栄口も拍子抜けした様子で頷いた。



それから日を置かずして、阿部は再び「聞いてくれよ、栄口!」と朝からその胸に駆け込む羽目になった。とうとうミハシがどこかへ嫁いで行ってしまったのだという。
この日の部活の帰り道に、「理由は分からないが阿部の覇気が欠けている」と、こちらはこちらで沈み込んだ様子の三橋からも、栄口は相談を受けていた。










終.
栄口溺愛主義。
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