企画text03_3
此処に眠る。

- 子供化

<2.
困らされる



―― (二) ――

3.

朝になると、すっぽんぽんのカカシが目を覚ました。手足が伸びている。それによってぱつんぱつんになった寝巻を、寝ぼけながら脱ぎ捨てていたらしい。拾い上げて体に当ててみる。洗濯の仕方を間違えたように縮んで見えたが、布が縮んだのではない。眠っているあいだに、体が成長を遂げていたのである。
どういうふうに力を入れても開かなかった左の瞼もぱっちりと開いた。開くやいなや、赤い瞳がさっそくチャクラを吸い取り始めた。生々しい痛みと記憶に襲われて呻くカカシの気配で、イルカも起きた。
「お、おおおお……うぐほア!」
手刀を胸で交差させたカカシが飛び掛かり、朝っぱらから叫ぶ男を黙らせた。
「うるさい。」
「ごほ、お……、カ、カカシさん……その体! でかく……!」
「うん。」
「え、い、いつのまに。」
「寝てるあいだだろうね。」
「でかく……は、なってる……けど……。」
昨日までがアカデミーの初級生だとすれば、今日の彼は卒業間近の生徒に見える。それを、戻っていないと否定的に捉えてしまう己の落胆が怖くなってイルカは、「やっ」と殊更元気よく起き上がった。それから普段カカシが着ていた服を着せて間に合わせ、余った袖口を巻くのを手伝った。

「二十六には。なれなかったみたいだね。」
「二十六だったことは思い出したんですか。」
カカシが首を横に振る。
「思い出すとかそういう感覚にはなれない。けど、俺に流れてる時間と、周りの時間が合ってないって状況はちゃんと頭に残ってる。昨日までの七歳は、二回目の七歳だったんでしょ。……なら……これも、二回目?」
「今の貴方、自分で幾つくらいだか、分かりますか。」
「―― 十二。」
「十二……。好転、してるんだよな。どうなんだろう。その術って、こう、歳を刻んでいく感じなんですか。」
「さあ。俺に訊かないでよ。ま、なんにしても、火影様に報告しないと。」
「そっか。それもそうだ。」
じっくりあれこれと考察している余裕が朝にはない。

「それが一番ですね。じゃあ、報告が終わったら昨日みたいに保健室へ……。」
「断る。無駄な時間は苦痛だ。日没をめどにしてここへ帰って来ればいいんでしょ。日中は自由に行動したい。」
「そう、ううん、カカシさんがそう言うなら……ううん、けどなあ……。」
「何よ。」
「本当に大丈夫かな。寂しくなんねえかなあと思って。」
「誰に向かって言ってんの。」
「済み……あ、車輪眼! 左目、開いたんですか!」
「良かったあ」と単純に、我がことのように喜んだ男の気持ちを、にこりともしない少年は厳しい言葉付きで言下に否定した。
「何も知らないくせに。」

嬉しいことなんて、何も起こらなかった。
「……。」
言いたい。
言えない。
他人に聞かせる類の話ではない、天眼と畏懼される瞳を移植されるに至った、現場での一部始終は。

気分を害したに違いないイルカの次の一手に耐えられなかったカカシは、遅刻するよと注意を残してさっさと家を出た。子供用はもう入らないしと、大人用に足を通したがそれはそれでまだ大きすぎて、癇癪を起した彼は履物をかなぐり捨てるや裸足で走った。





「痛み止めを打ってもらえますか。動いたら、顔面の傷が痛くて。」
中途半端に成長して止まった姿と記憶の取り返し具合から、五代火影はシカクの緊急召集を即断した。
奈良シカクは、薬学に精通した名家の当主であるとともに上忍の筆頭という格も併せ持った才人である。そして、一級の上忍でもあったカカシの戦力を検討することにでもなった場合、その万一の評定には顔を出していなければおかしい人物とも言い得た。


「こりゃまた、えらいことになりましたな。」
火影室に馳せ参じたシカクは冷静に感想を述べつつ、いたく懐かしい姿形をした少年に懐の包み紙を渡した。
「ほらよ。即効性のあるものだ。」
鎮痛作用の家伝薬である。
「うむ、術のせいで十二になってる。全容の解説を求められると、私でも不可能だ。段階的に変化するという事例は論文ででもお目に掛かったことがなくってね。まあ飲みな。私も詳しく調べたいんだが、あいにく今日はずらせない会合が入ってるんだよ。今すぐ発たなきゃ間に合わない。だから後はこう、雰囲気で。分かるな。」
「はあ。うちのと変わらねえ有り様になっちまって、まあ。なんて挨拶したもんか。久しぶりだな、が、無難か。」
「大人のときの無沙汰は知れませんが、主観的に言えば先週の金曜に会いました。若い、貴方に。」
「……肉体だけじゃねえのか。ふうん、……ざっと見積もって、五千百日ぶりって言われてる感じか、お前さんにとっちゃ七日ぶりのところを。」
「十四年経ってるんですよね、……ええ、俺の『先週の金曜』は、シカクさんの五千百八十八日前です。」
「ああ、ああ、オイ、あのな、なんだか酔いそうな会話が弾みだしたところへ水をさすようで悪いが、私は急ぐから、そんな感じで後はよしなにやってくれ、いいな。じゃ。発つぞ、シズネ。」
「は。里を離れますので、現場の判断でお願いします。それでは、我々はこれで。」
綱手様がやっぱり新色を試すとか言いだすからこんなにバタバタするんですよ。お前だって間際になって頬紅ちょっとのせたいとか言いだしてたじゃないか。思ったより激務が顔に出てたんですもん。水影はちゃんと四四で組んでんだろうね。籤引き幹事ですからねえ。
言い合う声とピンヒールの硬い音は、廊下にこだましながら小さくなっていった。

里長の執務室で子守をすることになったシカクは、ひとまずどっかと長椅子に寛いだ。
「強力な痛み止めと暇潰しの道具を持って火影室に大至急って書いてあるから、何事かと思ったぜ。」
「心身もろとも巻き戻ってしまったらしくて、最初は七歳だったのが、昨日寝て、今朝起きて、そしたらなんの予兆もなく今度は十二になって……ご覧の通りです。」
「七つってこたァ、十九年も遡ったのか。俺なら……。」
十八と数字を呟いたところで彼は一度、口を噤んだ。

「カカシ。思い出は、どうなったんだ。保持されているのか。それとも、直近のに上書きされちまったのか。」
「上手く言えませんが、分厚くなってます。元々の七歳の頃を思い出すと、二回目の七歳の記憶が重なってあって……。一本に混じり合わずにぞれぞれが、二本ある状態で、でも、引き剥がせない。どっちもひっついてくる。」
「術を解く方法は、未解明なのか。」
「いえ。しこりを解消できたら、とかなんとか。けど、これをすればいいとか、ああすればいいっていう目星が、自分ではさっぱり。」
ほう、と短く答えた上忍長は髭を蓄えた顎に手を遣り、視線を円い天井に投げた。

「……しっかし、暇な一日になりそうだなあ。アー、とりあえずタッパに合った服でも調達するか? イルカ先生には買ってもらえなかったのかよ。」
「昨日までの服は小さすぎて無理ですよ。」
「朝忙しいのか、教師って。」
「……今日の朝は、ちょっと、ごたごたして……。」
言葉尻を濁したカカシの腹が、クウウウとしおらしく引き継いだ。
「おう。そっちも朝飯、まだだったか。俺も空き腹だ。仕出し屋にたのむか。」
「やっぱり食堂よりもそうするのが、手っ取り早いでしょうか。」
「そうさなア、第一に、……動き回ると面倒臭いわな。」
「まあ、そっちのほうが大ごとかな」と同意してカカシは、法外な量を注文した。
「なるほど。その数を運ぶのは一苦労だろうな。」


岡持ちより先に服が到着し、寸法の件は早々に落着した。残ったのは、食べ始めて半時を過ぎてもなお最初の笊蕎麦から衰えない、育ち盛りの食欲であった。
「術の影響か。チョウジに並ぶ食いっぷりだな。」
「誰ですか。」
胃袋のどこに収まってゆくのだか、笊蕎麦五枚、柿の葉寿司二人前、厚焼き玉子、酢の物と進んで、カカシは蒲鉾に手を伸ばしている。
「ああ。秋道家の坊主だ。うちの小倅としょっちゅうツルんでてな。それに、お前さんの部下の三人も。そのあたりはみんな十二になる。奇しくも今日のその姿とは同い年だな。」
「部下……、俺が上忍師って話の。」
「そうだ。信じられないか?」
「と、いうか興味がありません。」
肩を竦めて己の将来を言い捨てた少年は、次々と牛肉に歯を立てては串から根こそぎ引き抜いていった。

「でも、シカクさんと会えて、少しほっとできたというか、良かったです。周りにいる人間が相当入れ変わっていて、ええと、当時、とは。見知った人間が殆どないから、居場所もなくて。」
「人の移り変わりに関しては無常観を打ち出すくらいしか俺にはできんが。」
「シカクさんは歳をとってもあんまり変わらないんですね。」
「おいおい、よく見てくれよ。二十三の若造よりも渋味が増してるだろう。大人の色気っつうか、風格っつうか。」
「……。」
「よし、今のは忘れろ。まあ、なんだ、お前さんも、一刻も早く大人に戻れるといいんだがな。」
「二十六に? 戻ったところで……今と変わらないと思います。」
カカシは資料を思い返していた。「結婚もしてないんでしょう。思った通りの人生しか送っていない。」
「そいつァどうかな」と受けながら席を立って、シカクは給湯室へ入った。「大人はいいぞォ。」
「そうは思わない。」
間仕切りの奥へ言葉を返すと、
「弱さが弱さじゃなくなるんだからな」という声だけがした。
「……。」
少年は、里芋の煮っ転がしに箸を付けた。



「それで、と言ったもんか、ところでと言ったもんか。」
シカクの運ぶ盆には茶のお替わりが六杯も載っていた。
「イルカ先生の厄介になってるってことには相違ねえんだろう。なら、居場所がないってこたァないだろうがよ。」
「あいつと、どういう関係があるんですか、俺。」
「どう……。」
「そちらには、前もって監護役がイルカだと伝わっていましたか。すんなり名前が出てきたのは、だからですか。」
「どちらが質問者をやるか、殴り合いでもして決めますか。」
「……。食器が、あるんです。」
「あ?」
「俺の。反りが合わないのに、あいつの家に俺の食器があったんです。どう考えてもイルカは俺の好きな人間性をしていない。つまり、うるさくって、お節介で。言動が予測不能だわ、たまに失礼だわ。どうして大人の自分があんなところにいたのか。甚だ疑問です。」
「悪し様に言うねえ。」
「自分の意思でいたのかどうか。」
「ふうむ。――カアちゃんの裁量になるが、どうしてもイルカ先生の家を出たいってんなら、掛け合ってやろうか。」
「いえ、そういう催促ではなく……、居場所がないというのは、違ったかもしれません。居心地が悪いんです。よく知らない奴と一緒にいるのは……奇妙だし、他人と一緒にいるということに慣れないというか……。」
そうして考えの整理に努めながら一折目の折詰を開けた時であった。「そうだ。」
ここでようやく一度、カカシは割り箸を擱いた。「礼を。言いたかったんです、俺。」
「礼?」
「五年……じゃなくて、ええと、シカクさんには十九年前。荼毘に付すのに、手を貸してくれたこと。」
それは言わずと知れたある忍の密葬のことであったが、さしたる前置きもなしに軽くない話題を振られたシカクは、思わず硬直した。

「その節は。どうもありがとうございました。」
「……。」
「今日もそうだけど、あの時も、親切に……。」
「……、……。」
「誰も来ない式で申し訳なかったけど、段取りを全部つけてもらえて、助かりました。」
肉団子を摘まんで食った少年は、ごしごしと顔じゅうを手の平で拭くようにこすった大人の心理を差し置いて、
「それにしては変だな」と呟き、指先のとろみを舐めた。「これ七歳の時の思い残しだから、体が戻るとしたら達成した今こそふさわしいと思うけど。なんでもう脱してるんだろう。ううん、やっぱりきっかけが分からない。」
「……ああー、畜生ー。」
シカクが嘆息し、カカシは片目をぱちぱちさせた。
「えげつねえ術だなまったく。」
そして暫く沈黙が流れ、やがてシカクが口を開いた。
「カカシ。親父さんのことが、嫌いか。」

「好きとか嫌いとかそういう気持ちは、ない。ただ、敗北者は惨めだと評価して、ました。」
「敗北。」
「世間に。」
「あの人は何にも負けてないぞ。――ただ完全な日が、来てしまったんだ。」
「何それ。」
「な。俺にもずっと分からねえよ。」
「なんにしても身勝手だ。……俺でも泣けなかったのに、そういえば泣いてましたね、シカクさんは。」
「……。あのとき俺が泣いたのは、自分自身があの人よりも愚鈍だっつう事実の明白さが悔しくってな。あらゆる法則を超えたところに到達しちまったんだ、あの人は。俺じゃ全然間に合わなかった。指弾された、あの一件の時点でそうだった。人命がどうだ、仲間の批判がどうだっつう次元に引き落とすのは、理解とは最も縁遠い行為だぜ。見掛け上の辻褄がたまたま合っただけで的外れだから、その結論は何も語っちゃいないのさ。」
「……あの人と長いこと話し込むような客は、そうはいませんでした。物心ついた頃からよく見てたから、貴方の顔は一番古い記憶にあります。」
「淋しいよ。邪魔臭い部分は抜きで有意義な話だけを展開していられた。といってもしょせん俺の程度じゃ、サクモさんにとっては分かり切ったことをなぞる苦行だったかもしれんがな。これはってことを閃くたびに喜び勇んで話しに行くのに、すぐさま甘い箇所を見抜かれて、加えられる向こうの意見に、目から鱗で――ハ、指摘が鋭すぎて、いつも帰り道はトボトボよ。」
栄える里の町並みを窓越しに眺める横顔には恐竜に食われそうになった爪痕みたいな傷がある。黒髪を高く一つに束ねているところも変わらない。けれども、そのしみじみとした語り口や往時を偲ぶ目の縁に、時の確実に流れていることをカカシは実感した。

「……俺が最後に会った時、サクモさんは、俺に言ってたよ。――カカシを、宜しく頼むって。」
「……『宜しく頼む』?」
「可笑しいだろう。真面目な顔をして、といってもあの人はいつも同じ顔だったが、真面目に言うから。俺は余計に可笑しかった。あの人がそんなぼんやりしたことを言うなんて。耳を疑ったぜ。」
「……。」
「しかしあれは、実に言葉らしい言葉だった。」
畢竟この人のほうが、父親の本物に会っていたのだろう。カカシはそんな気がした。そしてそれは、目の前の一人だけではない。つい先日大事な片眼を贈ってくれた、友も。友なりに己よりずっと、我が父を理解していたのだろうと息子は改めて思った。

「――さっきの、居心地の話なんですが。今の俺には使い道がないから、そう思うのかも。」
「おいおい、勘弁してくれよ。なんの為に小っ恥ずかしい思いをしてまで昔話を披露したと思ってんだよ。」
「俺は、何一つまともにこなせない。」
左の半面を気にするその仕草からどういう事情を読み取ったところで、シカクにできる手助けは発生した痛みを和らげるところまでであった。
「効きが悪いのか。」
「おかげさまで、薬は大分効いています。」
他者とはこうして、時間を超えて会えることもあるというのに、自らと対面することはどこまでいっても叶わない。「昨日まで古傷同然だったのに。両目が開いたと思ったら、急に痛さも生傷そのままに蘇って。」
(一体俺はどうやってこの苦しみを乗り切ったのか。)
「……それで、人が苛苛してる時に、手放しでイルカが、車輪眼が戻って良かったとか言い出すから……。」
「家出しちゃったのかい。」
いかにも子どもらしいと言わんばかりのからかい調子に、歳こそ十二でも独り立ちして久しい忍は声を荒げた。
「してませんよ!」
「さいですか。にしても、なんだな、文脈を取り違えてなきゃア、しっくりこねえな。イルカ先生、本調子じゃなかったりして。」
「その、センセーってやつ。貴方が先生って呼ぶほどの人なんですか、あれ。」
「無論逸材だ。」
「そうは思えない。変人だとは思うけど。」
「はは。お前が言うか。」
気を取り直してカカシは再び箸を取った。
「おい、まさか、まだ入るのか、その胃袋は。」
「炒飯二人前と餃子を五皿、春巻きを四皿、小籠包と青椒肉絲と八宝菜と、あと胡麻団子を追加します。」
「食い切れなかったら泣きを見るぞ。」
「ご心配には及びません。ま、早食いする気はないので、手持無沙汰だし、将棋でも指しますか。」

結局カカシは将棋盤と睨めくらをしながらダラダラ、ダラダラ、なんと日の入りの刻まで食べ続けた。注文した品は宣言に違わず悉く完食した。そのあいだに、持ち帰る分の鎮痛薬も奈良家より届けられた。
「イルカには、黙っていてもらえますか。」
「そいつァ悪手だぜ。情報を共有しねえ気か。」
「したところで軽減するわけじゃないし、言う必要なんかないかと。」
「容体はどう転ぶか分からんぜ。」
「秘匿ではなく統制です。」
「心配を掛けたくないのかな。」
「そ、そんなんじゃない。」
「どうだかねえ。」
「絶対言わないでよ!」
その時、コンコンコンと扉を叩く者があった。
「どちら様。」
「イルカです。」
まるで地獄耳か第六感でも備わっているかのごとき現れ方である。室内の二人は顔を見合わせた。
「な。逸材だろ。」
ついでにアカデミーへ居所の連絡もしておいた、シカクは笑った。










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