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此処に眠る。
| 視点:K | デート(映画) |
| <1.〜3. |
| 芽吹いて根付いた君への思慕は |
4. 二人で食事をした翌週だったろうか、かったるい呼び出しを食らい火影室へ向かっていた俺は、道中で突然イルカ先生に襲われた。その言い分が、可笑しい。俺を驚かす積りだったと言う。自分と年の違わぬ男の言動とは思えなかった。図体こそ大人だが中身はまるで悪戯小僧だ。呆れる、しかしあの人のそんなところに好感を持っていた。そして、自発的に接触しておいて特に用が無いと本人が白状したものだから、俺はその機を逃さず付け込んだ。 (この際、無計画に対する信憑性は考慮しない。) 先ずは火影様に責っ付いた。煙管に伸びる手は諫言ぶって止め、直截な受け答えをし、面談時間は十五分にまで短縮した。そこから私生活では極力忍術を使わないという自分で決めた縛りを破って瞬身の術を使い、早速待ち合わせ場所に移動した。それもこれも得られるものを度外視した行動ではない。肉を切られても、俺は必ず骨を断つ。 彼にはそうして、正攻法の手本を示した。所謂一途さ、それの体現だ。故意であっても決して嘘は混じっていない。彼に向かって已まないこの実情が、紛い物でないことが伝われば良い。そして、俺の一等適っていることをとっとと見定めて欲しい。 さて、イルカ先生は、持てる。急いで合流を果たした後に連れて行ってくれた、一楽という行き付けのラーメン屋の店主から零れ出た話はそのことを裏付けていた。此所の主人とは、常連客の親しさを超えた長い付き合いがあるらしい。 厨房からの証言に拠ると、どうやら彼が自身の活動範囲に相手を案内することはないようだから、アカデミー教師と二足の草鞋で実は動物面を装着て暗躍していたなんて落ちでもない限り、やはり遊び方に抜かりがない。 あの人の背中には黒い羽根が生えていてもおかしくないと思う。しかし羽根の色が何色だろうが、どうせ痛い目に遭い、泣きをみる。いつかは敗北を喫するのだ。策士策に溺れると謂う。 (誰でも好いなら、俺にしておけばいいのに。) 結果的には次から次へと彼の秘密を暴露してゆくテウチさんの惜し気も無い皮肉混じりな冗談は、俺にとって大層な収穫となった。 「何処に住んでいる誰でもうちへは一人も連れて来てくれねえんだもんなあ。旦那が初めてですよ、うちへ来た。」 俺はそこから導き出される意味を、麺を啜りながら考えていた。 (この店は危険ですよ。) そんな事くらい承知の筈だ。 (そうなんでしょう、イルカ先生。) 並んで麺を啜る横の人にとっては不利な結果しか生まれない、其所への同伴を敢えて断らなかった理由の答え合わせを直ぐにしたかった。 焦れったい。 家に帰ると始まった頭痛がますます苛立ちを刺激し、整頓された部屋が己の力の作用で崩れてゆくのを堪能する、趣味というのか一種の癖が出る。床に引っ繰り返った雑貨を一つずつ、足を使ってより散り散りにする。本棚に残っていた書籍の背に指を掛けてゆっくりと引く。列の不規則になった様を見届ける。或は昨日から絶壁の縁でどうにか立っているようなのに、最後の力を加える。目に付いた机上の物を、手の甲でそっと払い落す。ここのところ治まらない。俺はまた少し乱された部屋に沈んだ。 5. 本を開く回数が、近ごろ減った。以前なら飽きない小説の好きな箇所をしつこく読んで潰していたその時間は徐徐にイルカ先生に乗っ取られていった。 四月が過ぎて五月に入る。川岸の桜の木はすっかり葉桜となり、花水木が街で平たく色付いていた。 世界の膿みたいな一隅では人間が仕返しに金を使って標的の命を盗る。 最近受けた、と云っても第七班としてではなく一個の上忍として遂行した、暗殺の任務でフォーマンセルを組んだくノ一が、あの人のことを知っていた。アカデミー時代の同級生なのだそうだ。帰還の途次、茶屋の床几で休んでいた時に分かったことだった。 諸国の情勢を入口にした御喋りが我が里の近況に移りゆき、年代を遡りながら取り留めのない話題が紡がれて、果ては各人の子どもの時分に流行った遊びに行き着いた。そこで、彼女が友人の一人に教師になったのがいると言い出して判明したのだった。其迄の会話を聞き流していた俺は云うまでもなく飛び入り参加した。 「その教師の名前は。」 「え、あ、イルカ、えっと、うみの、です。」 「イルカ先生?」 「え、あ、そうです、はい。カカシ上忍、御存じなんですか。」 「うん。」 向かいの席で、サ、サ、と左右に首を振りながら俺と隣の、口を開いている方の顔に注目を振り分けていた二人も口を挟んできた。 「誰それ、俺知らない。女?」 「可愛い?」 彼等は瓜二つで、双子なのだか影分身なのだかはっきりしない。何れにしたって構わないから俺は一度もそこに言及せずにいる。 「男だし可愛くない。」 同級生は声を上げて笑った。 「なんだ男か、解散。」 「へー、お前とだったらどっちのが美男子?」 「俺じゃない?」 小柄な同級生の首が見上げる角度に傾き、上目遣いで俺の眉目を確認する気配がした。見られたところで、相手から見える左半面は布地で覆われている。 「あ。そう云えばカカシ上忍、聞きましたよ、上忍師もされているって。なんでも、今年が初めてだとか。」 「……。」 「卒業したての下忍を預かるんですよね。その関係ですか。」 「まーね。」 一切面識のない人間から一方的に知られているという状況に身を置くのは余り気分の良いものではない。積極的に求めて得た名声であるなら鼻高々に振る舞うのも自由だが、後から付加されたに過ぎないそれは忌ま忌ましい程に邪魔だ。けれど、あの人を構築するのに揃っていない部品は寡しであっても手中に収めておきたかった。 この任務に向かうより前に会った日には、広大な公園のベンチで彼が昔語りを聞かせてくれた。その影響は多大にあって目下のところ俺の関心事項は、家族や家庭についてだった。 俺は一人だから、どう生きようと迷惑を掛ける存在が無い。それで失念していたとも云える、外殻的だが、纏まった一つの基盤の上で生活するには重要な要素だ。イルカ先生の背景は彼を攻略するにあたり、遅かれ早かれ浮上してくる問題点でもあると思う。 (泣き崩れる母、二度と家の敷居を跨ぐなと怒鳴り散らす父、劇的に殴られる俺、飛ぶ折り菓子、カカシ先生大丈夫ですかと言いつつ折り菓子に救いの手を伸ばすイルカ先生――そんな最終回も有り得るのかしらん。) 尽きない強烈な興味と込み上げる厭倦の感は俺を真っ二つに引き裂こうとする。悩ましい。こんなに気になる人間は初めてだ。 「あの人の家系って代々教育者だったりするのかね。」 「え、え?」 それにしても私情を除けた人並みの、部下の元担任に対する興味という、程度の制約には難渋する。俺は、話術はからっきし駄目だ。 「専門職を代々継ぐ家も多いから、あの人もそういう家庭で育ったのかなと思ってさ。」 「うー、えっと、教育に携わっているのは……どうだったかしら。ううん、済みません、全く……覚えていないというか、殆ど何も知らないです、私。」 「ふうん。特別仲が良かったという訳ではないってことかな。」 「え、あ、仲は良いですよ。今でも顔を合わせたら普通に話をして、盛り上がるんですから。まあ、イルカは誰とでもそうなんですけど。」 「ああ、あの人、交友関係広そうだよね。」 「カカシは狭そうだな。」 「ハイハイそうだねー、お前等もだけどねー、友達皆無でしょ。」 「一緒にすんなー。」 「一緒にすんなー。」 「あー、あー、えっと、えっと、……そう云えば、アカデミー生の頃から、万遍なく色んな子と遊んでましたよ。ううん、でも……秘密主義、とは言い過ぎかもしれませんが、自分の事は何も話さない子、でしたね、うん、そうだった、そうだった。」 俺は思わず意外の声を上げるところだった。 「未だにそうかも。今は、はぐらかすのが上手いのかしら。」 「何も、話さない?」 「言われてみたら私、はっきりとした家族構成も……どこに住んでたのかも知りませんでしたね。今も、何処に住んでいるのやら……。」 「そうなの?」 「アカデミー以外でのこととなると、何も知りませんね。あの鼻傷とか、うん、よく笑ってる子だったとか、そうした面影はばっちり印象に残ってるんですけど、……おかしいですよね。無口な訳でもなく馬鹿みたいなことばっかり言って元気が有り余ってるのかってくらい活発だったのに、踏み込んでどんな子だったかと訊かれてみると……。」 「あのさ、例えばなんだけど、じゃあ、例えば家族の話をするイルカ先生なんか想像出来ない?」 「家族って……。」 その声はぐっと曇って小さくなった。 「イルカは、……、……アレは、私達が十三の歳でしたけど、」 こう言えば、木ノ葉の里の人間同士であれば、暈かされたものが故郷を蹂躙し壊滅の危機に追い遣った厄災であることと了解される。 「アレの一件以来、一人ですから。」 「……。」 俺は、絶句した。 「考えられない話です。」 「両親、共に?」 コクリと彼女は頷いた。 「そう。」 (イルカ先生――。) 「聞こえなーい。なあ、俺、裏手の沢で遊んできていい?」 「賛成ー。発つことになったら『帰りますよー』つって、お迎えに来て。」 「え、あ、え?」 「もう出るさ。」 (ねえ、イルカ先生。) 「えー、日没までまだ時間あるじゃん。」 「余裕で着くぞ、全員が本気を出して走れば。」 「私、全力疾走は嫌です。」 「任務中に遊ぶな。行くぞ。」 (アンタも独りだったの。) 何となく、俺の妄想を蝕み、勝手に描いたあの人の体内を台無しにしているものの一端に触れた気がした。 (ねえイルカ先生、貴方、いい加減に俺を試すのは止めにしなよ。) 一つのベンチに腰掛けて、木陰の鹿や遊歩する里の人々を見るともなしに見ながら駄弁っていた前回、彼はそんな時間の使い方が好きだと言っていた。 (如何して俺には色々な話をするの。) 俺に色々な話を聞かせて呉れる彼は、天涯孤独の人だった。 (如何して、もう居ない人のことをあんな表情で俺に語ったの。) てっきり家族は健在だと思っていた。笑う雰囲気のどこにも陰りがなかったから。もっと慎重に、真剣に耳を傾けていたなら気付けたのか。ならば迂闊と言う他ない。この耳にはとても楽しそうな彼の口振りが残っているだけだった。 (あの時、俺は何に頭を使っていたんだろう。) とっくにその場所に飽きていた俺は体を動かし違う所へ行きたくなりながらも、彼が至福だと言う一時に付き合い、それを体験した。 その時の二人の間には距離があった。それは、並んで座る際に取られる極めて平均的な幅でしかなかったのかもしれないのに、この目には其処が妙にぽっかりと開いたように見えた。何も無い、何でもないその空間が、何故だか目立って映ったのだった。 俺の方では自らの力の及ばない次元で、他のどの人間よりも近しい存在になりたいという望みが確かに膨らんでいる。けれど、イルカ先生だって着実に此方に傾いてきているように思われた。 (ねえ、イルカ先生。アンタも独りだったの。) (如何して俺には色々な話をするの。如何して、もう居ない人のことをあんな表情で俺に語ったの。) (そのくせに出し惜しみをしているのは、俺と同じ理由かい。) (いい加減に俺を試すのは止めにしなよ、きりが無いから。) 暫定的に恋慕と仮定しておいたこの想いは馳せれば馳せるほど、目眩からくるのに似た吐き気と、苛立ちの募る頭痛を伴った。 (弱ったな。) ときめきや楽しさや嫉妬よりも、枯渇と疲弊を感じさせられる、処し方に困る、恋とはほとほと厄介な代物だ。 -続- |
| 6.〜8.> |