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此処に眠る。
| side I | +Y | 余談 |
| <1.〜3. |
| 無視してさしつかえない話 |
4. イルカが任務に就いて九日目。夜陰に紛れて来客があった。良く知る取引相手だと言ってアサカは応接間に招き入れ、イルカが傍らに立つビロードの赤いソファで商談をした。どちらの着物も上品に整えられていたが、商いについて素人の少年がおざなりに耳に入れているというに過ぎないにも係わらず、その内容はとても堅気の商売と思われなかった。 (あー……、ヤダ、ヤダ。) 輝く天井のシャンデリアも、彼の心にはちっとも綺麗に映らない。その晩は蝋燭で手元を照らし、報告書作成の際に活用される日誌をしたためた。翌日の彼は、納屋の前で汗だくになって斧を振り上げ、振り下ろし、猛烈な勢いで薪割りをした。 イルカが任務に就いて十一日目。本来の目的が日に日に薄れてゆき、別段することのない時間が膨大に出来てしまった彼は、庭を掃いたり、窓を拭いたり、自ら進んで家事の手伝いに勤しんでいた。使用人たちを見付けては積極的に挨拶してもみた。ところが、皆一様に口が重い。交流は悉く失敗に終わった。今回の任務に全体的に漂っている、そうした鬱屈した空気が大変詰まらなかった。 (あーあ、俺も遊びに行きたかったなあ!) 忍の出番があるような異変は何も起こらない。 「おりゃあ!」 ギッギと頭上の滑車を勢い良く回して、彼は井戸からの水汲みを全力でした。 イルカが任務に就いて十三日目。五月の二十六日だった。 彼は、売春宿の一階で十五の誕生日を迎えていた。 (最悪だ。そしてこの生殺し。生殺し、生殺し、……生殺し!) 「待たせたね。」 やることをやって二階の個室から下りてきた、下卑た中年男がニヤッと笑うと金色に縁取られた前歯が見える。それは、健康な歯に金の被せを付けたもので、成金のあいだで流行っているお洒落だった。愛想笑いを返した思春期の艶やかな頬は引き攣っていた。 そうこうして二週間が経つ間に、張り込みの暗殺部隊は、さてどう対処したものかと頭を捻っていた。 何故、標的と女が二分したのか。何故、抜け忍の側にたった一人の、それも下忍が残ったのか。外からでは暴けない事情も、隙を突いて小隊と接触することができればその諸々をつぶさに知れるだろう。だが、公にしたくない任務を秘密裡に遂行するのが裏方の基本だ。暗部装束に身を固めた彼等の作戦に、隊服を着た本隊系統との連携は想定されていない。 あちらの任務を中止させて直ちにこちらが実行に移すべきか。それとも裏での動きは伝えずおくべきか。里長の判断を仰ぎ、併せて状況の鳥瞰図を得るべく、いつもおちゃらけている風な先輩が南へ疾駆した。口の悪いもう一人は夫人組の動向を探りに北へ向かった。そして、退屈な見張りは最年少のテンゾウが続けていた。 「ただいま。」 「首尾は。」 「どうも俺達、舐められてるね。」 通称を暗部と言う暗殺戦術特殊部隊は、里長である火影の直属部隊だ。 カサリと音がして、背後で紙の受け渡しが行われた。振り向こうとした後輩は意地悪な注意をされる。 「お前は屋敷から目を離すな。」 「う。ハイ。」 「里に用意させた、あの小隊の任務依頼書の写しね。見て、これ。」 「『身辺警護、一カ月』――成程な。裏から殺されるのを、表に阻止させていやがるのか。“表”の奴等の任務中に依頼主をぽっくり逝かせる訳にもいかないが、何をしてるのかと思ったらよりによってその任務内容が護衛とはね。はは。」 「でも、延びる余命ってどうせひと月じゃん。」 「俺達の仕事の成功率を知らんのかっていう。」 「極秘なだけにね、ってやかましいわ。」 謎の盛り上がりを見せる二人の掛け合いに、テンゾウは忌ま忌ましい館を向いたまま口を挟んだ。 「火影様はなんと?」 「ああ、それが……って、なァに、優等生ぶっちゃって。今の、聞いた?」 動物面は首を捻じって横の動物面に感想を求めた。「言い方まで似てたんだけど、カカシの影響かな。」 「あの野郎、こまっしゃくれてるからな。」 「カカシ先輩の悪口は止めて下さい。」 「どこが悪口だ、耳クソ詰まってんのかアンポンタン。」 「ほ、か、げ、さ、ま、は?!」 「そうカリカリするなって。“表”の任務完了を待つよう、指示が出た。」 見事な内輪揉め状態だ。 暗部の介入で事が表沙汰になるのは避けたい。そうして外聞を憚るのと、正規契約の取り分をきっちり頂いてからというのが理由だった。 「ッチ。やだねえ、貧乏な“実家”はさあ。」 「まあ、警護にしちゃあ破格の報酬額ですもんねえ。」 テンゾウは回ってきた写しをパシンと手の甲で叩いた。「これだって、怪しまれないぎりぎりの上限を計算した末の提示だったんでしょうね。」 「随分儲けていらっしゃるようで。抜けた“実家”は、火の車だっつうのに。」 こうして粛清班は、影から小隊の働きを静観することになった。 5. 「うがあー!」 裏庭へ走り出て来た下忍は、メタセコイヤの太い幹まで一直線に進むと乾いた木肌に思いっ切り拳を叩き付けた。 「問題発生。」 「ああ、あの小僧……また荒れてやがる。」 依頼主に対するイルカの不快感は解消される見込みもなく、募ってゆく一方だった。 そして、実は、 「雲隠れではなく木ノ葉の忍を選んだ理由を尋ねてきたわ」という共謀者の話を耳にした時からアサカが集中的に気を付ける相手は決まっていた。自分を疑う人間にこそ敢えて一般人であることを見せ付けたい。その気持ちが、非道徳な欲と絡まり合ってイルカを手元に留め置かせていた。 暗部は現状、アサカを刃に掛けられない。表部隊の任務の失敗は個々人に負の履歴が付くに留まらず、それは即ち里の実績に傷を付けることにもなるからだ。 アサカの必死さを把握しながら手を出せない暗部達は、目に見えて溜まってゆく下忍の不平にハラハラしていた。彼が護衛ごっこをさせられているのは虚偽に塗れた忍なのだ。暗部に言わせれば、この一字の頭に「元」という字は付かない。たとえ抜け忍になっても、忍は忍であり続ける。それが変わることはない。転身なら来世でどうぞという訳だ。しかし、その鉄則に抗おうとする感情を刺激し過ぎると、見境を失くした抜け忍は生に対する執念を燃やし、培った忍術で目障りな人間を葬り去るという暴挙にも出かねないから厄介だった。 「あの下忍はいったい何なんだよ。依頼人と不仲になるのが任務なのか、え?」 正式な手続き機関を経由した上でなされている方の任務が終わり、あちらの木ノ葉が撤収するまで密かに待機することになった暗部の忍耐に水をさすような不安の種が日に日に目立つようになっていった。我欲の肉塊の元に残った下忍の拒否反応が、つまりは過剰なのだ。 「ご注目あれ、小僧と標的に緊張関係が生まれてら。」 「抑制訓練受けてないんですかね。」 この頃にはアサカも、巡視と称しては館の内外をしょっちゅう移動する、反発的なイルカに抱いた不信感をじょじょに膨らませていた。 「豚を疑心暗鬼の状態にされると相当面倒なんだが。」 少年がむざむざ殺されるのを影から見ているのも後味が悪いし、かといって飛び出して助ければ、今までの自分達の働きはパアになってしまう。 「だよね。標的を不安定にするだけして帰られても、後始末をするのは俺達だよ。」 暗部は再び里へと飛んで火影に事情を説明し、表部隊の人間は自重するよう伝えるのが賢明だと進言した。 火影の返事は、「任務中の小隊との接触、許可」だった。 公式任務は続行。その期間が明けるまで、残り一週間。そして、忠言伝達の役に抜擢されたのがテンゾウだった。 「なんで僕なんですか。」 「少年よ、大志を抱け。」 「そして吾等が屍を越え、飛翔せよ。」 「いやまったく意味が分かりません。」 「早く行け。」 「わ、分かりやすい! でも非道さが露呈した。」 「つべこべ言わず早く行け。」 「先輩方は、あれと絡みたくないだけでしょ。」 「うん。あいつ、ややこしい臭いがプンプンするもの。危険回避して何が悪いの。」 「あ。ほれ、噂をすれば。出て来たぞ、行ってこい。俺は温泉地遊行組の張り込みと連絡してくる。」 火影が一応と、北の現場に向かわせた増員が一名いるはずだった。 「ずるい、俺が行くよう。」 「もう、二人とも、ついでに温泉に浸かってくる気満々じゃないですか。」 兎にも角にも面倒臭い仕事はこうして後輩に押し付けられたのだった。真剣味を欠いた会話を交わし合う仮面の奥の目は、誰のも笑っていなかった。 6. 「もし、そこの少年。」 「うん?」 玄関を掃き終わったイルカは箒を持って、次なる時間潰しの場所を求めて旅に出ていた。掃いて、掃いて、掃きまくるというこの日の目標を達成する為に館の外をうろうろしていたのだ。しかし、彼の周りには誰も居ない。 「んん?」 「そうそう、もうちょっと近付いて。」 声の出所を探して進むと、どうも近くにあった切り株から聞こえてくるようだった。 「き、切り株が、しゃ、しゃしゃ、喋った?!」 「シー!」 閉め切られた窓と相手の口の動きが読み易い位置に潜む、テンゾウが声を送る。 「ええと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……そうそう、なるべく自然な感じでしゃがんでいてね。」 イルカは切り株の前にしゃがむと、じっと年輪を見詰めた。 「いきなりのことで驚いたかもしれないけど、僕は、」 「このへんが頬っぺか? ここか? ここ、痛い?」 「ちょ、痛くはないけど、つつくのを止めて。」 テンゾウは、何人も扱えない木遁という特殊な属性の使い手だ。その属性を活かし、切り株を出口と狙い定めて巧みにそこへ音声を響かせていたが、本人は離れた木の陰にいる。 「どのへんが頬っぺでもいいから、今から言うことをしっかり聞いて。」 手早く伝達事項を伝えなければならない彼は最初から敬語を使わない。 「おたくを雇ってる人物ね。あの男に関しては、僕たち暗部も一枚噛んでるんだ。」 「……暗……部? ……それって……、……木ノ葉の?」 「そう。火影様の判断により、そちらの任務完了後、我々の任務が遂行されることになったから。だから、余計な態度で標的を刺激せずに必要最低限の行動で、残りの期間も大人しく任務をこなしてね。」 「ひょ、標的って……。」 「そっちにとっては、依頼主だね。我々側の情報を詳しく明かすことはしないよ。でも、何かあったら隙を見て報告して。こうして外から常に視てるから。あ、来た。」 裏口の木戸がガチャリと開いた。 「え、話し掛けていいんですか。」 「え?」と聞き返したいのは山々だったが、戻りの遅い少年の様子を見てくるよう主人に言い付かった使用人が近付いてきたので、白い動物面はすっと茂みに引っ込んだ。 「やった!」 「何をしておいでかな。」 暗部たちの調べによると、この初老は商人クルの使用人ではなく、ここを隠れ家にしているアサカの手下の一人と表現するのが正しい。温泉に出掛けている夫人も一味。子供役の二人は、路地裏ででも拾って金を握らせたのだろう。 イルカは立ち上がり、適当に誤魔化した。 「いやっははは、ナナホシを見付けたもので。春だな、オイ、調子はどうだいって話し掛けてたです、んははは。」 彼が人差し指を立てると、本当にいた天道虫が、登り切った爪の先からブーンと飛び立っていった。 「虫に話し掛けるとは、変わった子じゃの。」 「屋敷の人達は皆、無口だし。」 「……。」 少年から寂しげな本音を聞かされ、僅かに警戒を解いた男は腰に差した手拭で眼鏡を拭いてから掛け直し、無愛想ながらも持ち場への去り際に二、三言、口を利いてくれた。 「ありゃあ、幸せを呼ぶんだ。」 「え。……あ、天道虫が、ですか。」 「この国では、な。」 「へえ、面白い。」 次の日、イルカは辺りを見回し安全を確かめてから昨日と同じ様に切り株の端にしゃがむと、年輪のある平らな面を撫で付け始めた。それを遠くから窺っていた暗部は、隣にいる後輩をちらっと見て半信半疑の科白を吐いた。 「おい、あれはお前を呼び出してんじゃないのか、もしかして。」 「内で何かあったんでしょうか。好い機会だから、夫人の件も聞いてきます。」 テンゾウはなるべく切り株の近くまで回り込んで、意識を集中させた。 「どうかした?」 「あ、起きた。こんにちは。今日もすげえいい天気ですね。」 「僕ならずっと起き……、まさか……いや、気付いてると思うけど、一応言っておくと、それは、僕の本体じゃないからね。」 「……。……し、……知ってましたとも! はは、あははは。」 「……。」 真っ黒な目をきょろきょろと辺りに彷徨わせる動揺振りを木々の暗がりから眺めて、テンゾウの集中力は切れかけた。 「……で?」 「やあ、暇だから、話し掛けちった。」 「はあ?! 用もないのに接触して来ないで――でも、今回は好都合、こっちには聞いておきたいことがあるんだ。教えて欲しいんだけど、夫人やらおたくの隊長やらは、あそこで何をしてるの?」 「ああ、行楽組? そりゃ、温泉に浸かったり山の幸に舌鼓を打ったりして遊んでるんでしょうよ。」 「なんだ、それは。楽しそう。」 「ですよね。俺もそう思う、あっちは絶対に楽しい、と。」 嘆息混じりにイルカは続けた。「なんでも旦那には付き合ってられねえって、奥様が。あ、あと、恐らく隊長は、奥様の好みのど真ん中です。」 「そ、そっか。」 最後の情報は要るのか、と思いつつテンゾウは念を押しておいた。「ありがとう。くれぐれも連絡事項がないなら呼び出さないで。」 -続- |
| 7.〜8.> |