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此処に眠る。
| - | 掃除 |
| <5.〜6. | 8.〜9.> |
| 蜜しるべ | |
―― (阿吽門) ―― 7. 残暑を野分が蹴散らして過ぎ、秋風に戦ぐこんじきの実りが刈り取られると、周囲の山脈は色付き始める。この時節に各地で行われる収穫祭は、火ノ国の年中行事である。広大な森を抜けた遠地も、その風俗の勢力下にあった。隠れ里と云っても忍稼業が生業の十割ではない。祭事の運営は、農家の人々が音頭を取っていた。 年に一度だけ埃を払われ納戸から門戸へ引っ張り出される装飾と、店頭の季節品で徐徐に浮かれ出す一般街の街並に自里の豊穣を感じながら、里の表玄関である阿吽門へと足を運ぶ青年の、一歩毎の歩幅は大きい。すたすた歩くので、高い位置で引っ詰められたこわい黒髪もそれに合わせて揺れている。体付きは中肉中背であるが、使い古した肩掛け鞄や、毎日同じである髪型や、鼻を跨いでつらに走る一文字の傷跡が彼を特徴付けていた。 「あ、あ、イルカ先生発見!」 「あら、本当。先生、こんな所で何してるんですか。」 「同感。」 教え子であったナルト、サクラ、サスケの顔を、イルカはウンウンと点頭し乍ら順に見ていく。 「よ、元気か、御前等。良し、良し、……変わりなし!」 それから目線を元まで高くした。三人の後ろには、大人が一人立っていた。 「カカシ先生、今日は。」 「これは、どうも。」 数年前、イルカが教職に就いた前後に当時のカカシは表部隊へ移籍し、一個の忍として世に出たばかりの次世代を育てるという役回りを里から任されていた。 「イルカ先生ってば、俺の武勇伝を聞きに来たのか?!」 「何よアンタ。任務ったって皆で飯盒炊爨してた丈でしょ。」 四名は郊外の森に天幕を設営し、一泊二日の野営実習を行っていたのである。 「ああ、武勇伝な。どっかのウスラトンカチが慥かに猪に追われていたな。」 「黙れよ戦力外。」 「ナルト! アンタ、サスケ君になんてこと言うのよ!」 「ハーイ、そのへんで止めようかー。」 目前の教師の学級を巣立った三人を春に引き継ぎ、監督する立場にいる上忍師は唯一見えている片目を態とらしく莞爾曲げてみせた。三人が一斉に、はたと口を噤んだ。その短い顛末から、 (此奴等どっかで一遍こってり絞られたな。) と察して、元担任は控え目にくすりと笑った。 「んでは、七班、これにて解散。次の集合は……、アー……掲示板に貼り出しておくから各自確認のこと、以上。御疲れ。では、イルカ先生。」 「はい。」 こくりと合点する彼に、カカシはぎこちなく頭を下げた。 「また今度。」 「何故そうなる!」 てっきり「行きましょう」の合図であると思い、元気良く首を縦に振って仕舞ったイルカは勢い其の儘で驚いた。 「今日は貴方に会いに来たんですよ。」 「ああ、……矢っ張り。」 一手一手、予期する正答の裏をかいて盤上に打たれる駒の様な受け答えをするカカシは、なんだか不機嫌に見えた。彼の喜怒哀楽の表出は、まま調子外れなのである。 「矢っ張りってことは覚えてたんですよね、第七班帰還予定時刻、阿吽門に集合って約束。」 「俺はね。でも相手もそうだとは限らないから……、本当に来たんですね。」 「そりゃ私だって守りますよ。約束ってそういうものだと思いますし、一カ月後の予定くらいは忘れずおりますが、私のことを馬鹿にしてらっしゃるんですか。」 今度いついつ会おうという類の甘い口約束は平気で反故にしてきたし、そんな自分と比べれば彼の方が余っ程の真人間で、人を誑かす性悪ではなく、これは所謂変人の科白なのであるということは承知していたが、生徒の手前、今のイルカは教師の衣を纏っていた。要するに、もっと人に伝わる言い方を考えましょうと述べているのである。 「解散して可いんだな」というサスケの念押しに、カカシは首肯いた。 イルカは、「又な」と声を掛けた。 「先生、左様なら。」 何方に対してと決めず二人に向けて御辞儀をすると少女は、早くも後ろ姿になっていた片想いの彼に小走りで駆け寄っていった。 心に一点の曇りなく居残っているのがナルトである。 「カカシ先生。今日が、期限でしたね。」 「……?」 「そ、う、じ、ですよ。」 「あ……。」 彼はいい歳をして、生活目標を与えられていた。「ああ!」 路次の朝顔がパッ、パッとひらき、『本日から三ヶ月の期間で掃除をしよう』と目標を設定されたのは、校庭にある百葉箱の近くで向日葵が立派に咲いていた頃であった。 「しましたか。」 「いや、そ、そんなこと……!」 虫の音は蜩に代わって草むらの蟋蟀が擡頭し、濃淡様々な秋桜が山裾に咲き乱れる時候となった。 めっきり空が高くなった昨今まで彼等の連絡がふっつり途絶えていたかと云えばそうでもなく、当日にばったり会っていたにも係わらずカカシの誕生日が告知を受けぬ裡に過ぎて終っていたり、彼岸花であけに染まる土手に沿って散策に出たり、ちょくちょく顔を合わせていた。その度に、「一月経ちましたが、如何なってます」、「奇麗に片付けて年が越せると良いですね」等と注意喚起されては一旦横へ置くことを反復していた件を、カカシは再び、たった今思い出したのであった。毎回受け流していたものだから、会う日取りは胸に留め置いてあっても掃除については右の耳から左の耳になっていた。 「そんなこと……突然言うなんて、非道いじゃないですか! なんです行き成り、顔を見せるなり、貴方!」 場当たりの腕白には顔色一つ変えないで些とも踊って呉れない上忍師があたふたしている様は稀有であった。よって少年の、身長が届かぬために上目遣いになってうち守る碧眼はきらきらしていた。 「突然なんかじゃありませんよ。前々からの取り極めです。」 「そんなの、ずっと黙ってるなんて狡いです。忘れていたに決まってるじゃないですか!」 「確かに最近は声を掛けていませんでしたが。カカシ先生、報告書を出したら、ちょっと御時間、宜しいですか。」 帰りを待ち構えられていた今回は、愈愈ごまかせない雰囲気である。 「ははん、カカシ先生ってば、イルカ先生に説教されんだな。ニシシ、こりゃあ説教する気満満のときの顔だってばよ。俺には分かんだもんね〜。」 「オメェじゃあるまいし、カカシ先生に俺がそんな大それた事する訳ねえだろう。カカシ先生は凄い人なんだぞ。」 「……フン、じゃあ、何すんだよ。」 「ここから先は、大人の話。御前にゃ教えん。」 「ぶう、ケチ!」 「餓鬼が首突っ込むんじゃねえの。」 「なァにが大人の話だ。イルカ先生なんかあれだ、えっと、……買ったたこ焼きの中身、全部蛸なしになれ!」 「な……、全部、だと?!」 愕然とする成人男性に、同年代のもう一人がしらっとした視線を投げて何か言いかけると、 「俺だって忙しいんだ、イルカ先生なんかもう構ってやんねえんだからな! 淋しがって泣いたって知んねえぞ!」 ベエと舌を出して、ナルトは街中へ走り去ってしまった。 「あ、テメ、言い逃げすんな、ナルト!」 「想像を、絶する次元の低さ哉。」 (あ、一句、いや、季語がない。) かったるそうに首の後ろをさするカカシは、瞬く間に見えなくなった少年の気持ちをこの男にしてはすんなりと解した。 「拗ねたな。」 その声をイルカが聞いていたのかどうかは定かでない。 そうして、里の玄関口に大人が二人残った。此処でこうして居っても埒が明かぬ。 「イルカ先生。俺は、報告書の作成をこれからやっつけなきゃならないのです。」 「それは、一から?」 「ええ。そこで、提案なんですが、喫茶店にでも入りますか。」 「え、同席しても可いんですか。」 「いーよ。」 教師の顔を脱ぎ捨ててはしゃぐ犬の表情になったイルカは、忍の施設が密集する中枢区に足を向けたカカシに、 「帰れって言ったら帰るんですか」とあげつらわれて自由奔放な猫みた様に唸り乍ら、 「ううん、言われてみないことにはなんとも」という答えを返した。あっけらかんとしたその言葉には、千変万化の一つにあたる、乗りこなそうと挑む輩を振り落とす暴れ馬の無闇はなかった。 -続- |
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| 8.〜9.> | |